42 ラングレン攻防戦
眼前数キロメートル先に、巨大な砦が立ちふさがる。
ジゼルを出発して数日。
俺たちはそのまま南進して、グレイズが陣を敷いていると予測されているラングレン砦に到着した。
ラングレン砦は、王都・ヘイムガルドの北を流れる大河に架かるラングレン大橋を防衛するための巨大な砦だ。
数千人の人間が一度に往来出来る巨大な橋の両端を、もはや町といっても差し支え無いほどの規模で、石造りの砦が囲っている。
「上を飛び越えるのは……難しそうだな」
「そんなこと出来るのあなただけよ……」
馬上から、レイリィが呆れた声を返す。
腰に細い剣を差し、背中にはいつか見たボロ布に包まれた杖を背負っている。
いつもの野暮ったいローブを羽織って、ツインテールにした黒髪が、大河から吹き付ける強い風で後方に流れている。
「……レイリィのスキルで砦ごと吹き飛ばすのは?」
「橋まで崩れるわよ……。と、いうか、反乱の後のことも考えてできるだけ町や建物に被害は出したくないわね……」
「つまり、正々堂々正面突破ってことか?」
「そうなるわね」
なるほど、と頷いて、砦を見る。
「……あの人数を……?」
「……えぇ」
正面の砦、その前に大きく展開する兵士達。
その数、セシリアの偵察によれば、凡そ8000。
対するこちらは4000弱。
1000対6000の兵力差よりはマシとはいえ、倍の差だ。
「やっぱり、増援を呼んでいたね」
レイリィの隣。
同じく馬上から、ザイオンが苦笑いしながら呟いた。
「それに……左翼に展開している軍は……氷軍だ」
「氷軍?」
初めて聞く単語に、思わずオウム返し。
重く頷いて、ザイオンが髪の毛をかき上げた。
「4将軍の一人、氷のアナスタシアの軍だよ。ほら、あそこ。青い鎧の軍がいるだろう?」
「強いのか?」
「少なくとも、僕よりは。僕の軍で、左翼を抑えよう。正面からぶつかっては勝てないけど、時間くらいなら稼げる。……その間にレイジと姫様で中央を突破。……どうです?」
「えぇ。そうね。それでいきましょう。右翼には探求者部隊とわたしの手勢。正面は……そうね、100もいれば十分よ。……ね、レイジ?」
「……まあ……そうな……」
ウィンクをもらう。
つまり一番厚い部分を俺一人で突破しろってことか……。
まぁ、突破力を重視するなら、正直守る味方の人数が少ないに越したことはないけど……。
「やれやれ……。俺から離れないでくれよ」
「えぇ。頼りにしてるわ」
にこり、と微笑むレイリィ。
ははは、と力ない笑みを返して、気合を入れた。
そこに、しゅた、と二人分の気配が背後に現れる。
「レイシア様」
偵察に行っていたセシリアとフレデリックさんが戻ったらしい。
セシリアはともかく、この翁も気配が希薄だ。
……さすがはセシリアの元上司。
「フレデリック。……どうだった?」
「えぇ。レイシア様の見立て通りですな。攻城戦用の『魔砲』が三機、砦の上部に用意されております。それぞれ聖魔法が込められておりますな。レイジ殿対策かと」
「やっぱり……少なくとも、レイジに聖魔法が有効なことはバレてるってことね」
「……ん? 『魔砲』ってなんだ」
「魔法を、込めた、兵器です。魔力は、食いますが、連射が可能な、そうですね。大きな銃だと思っていただければ」
「……大砲みたいなものか?」
「知って、いるじゃないですか」
「いや、『魔砲』なんてものは知らないよ……。つまり、聖魔法がバカバカ飛んでくるってことか……?」
「そう、なります」
「わたしも障壁でフォローするけれど……気合で避けてね」
「……善処する」
「ほほほ。わたくしとセシリアで破壊に参ります。暫くは耐えていただくほかありませんな」
「そっちは二人に任せるよ」
「しかと承りましたぞ。……レイシア様のことは、お任せいたします」
「あぁ。任された……二人も気を付けて」
「……レイジ殿、も、お気をつけて」
「では、レイシア様。……参ります」
「えぇ。お願い」
頷き、二人が去る。
小さな風切り音だけを残し、一瞬後には二人の姿は見えなくなった。
「いくわよ。準備はいい?」
「あぁ。いつでもいいぞ」
「はい。行きましょう」
俺とザイオンがレイリィに頷きを返す。
腰の剣を引き抜いて、レイリィが天に高く掲げた。
「全軍! ……突撃!!」
剣を振り下ろし、魔力が籠ったレイリィの声が戦場に響く。
鬨の声が上がり、軍勢が猛烈な勢いで突進を開始した。
俺も魔力を体に通し、駆ける。
部隊から突出し、最前線に躍り出た。
背後を馬から降りて、風魔法で速度を強化したレイリィがピタリとついてくる。
迷宮の中を二人で駆けていた時をふと思い出した。
一瞬後、夥しい矢が、俺たちに飛来した。
「レイジ!」
「大丈夫だ! レイリィ達は自分たちの守りを優先してくれ!」
怒号響く戦場の喧騒に負けぬよう、レイリィに怒鳴り返して、全身に魔力を籠める。
俺の背後にはレイリィと、その護衛が100人。
全員分の矢を、素手で弾くのは無理だ。
(だったら……!)
ざざざ、と地面を滑りながら急ブレーキをかける。
大きく腕を振りかぶり、貫手を地面に突き刺した。
魔力を通す。
そしてそのまま大量の土と砂利を引っぺがすように眼前にぶちまけた。
凄まじい土煙と土砂が舞い上がる。
矢の勢いが削がれ、地面に次々と落ちていく。
「よし! 目くらましがきいてる間に……!」
土煙を目隠しに、その中を駆ける。
「レイジ! 下がって!」
一気に敵部隊に駆け寄ろうとした俺に、レイリィの制止が届く。
同時にはるか先から巨大な聖力の気配を感じ、その場から飛びずさった。
直後。
――――ドガァアアアアン!!!
けたたましい破裂音が響き渡り、先ほどまで俺がいた場所の地面が大きく抉れた。
聖力が弾け、その残滓が頬を掠める。
じゅ、と皮膚の表面を焼いて、聖力が散っていった。
「あ……ぶねぇ……!」
あれが『魔砲』か。
直撃したらやばいぞ……!
続けざまに、2発目の気配。
今度は右斜め前方。
だが、今度はレイリィがすでに詠唱を始めている。
「『闇よ、遮る帳、隔絶する檻、隠し、護れ』――『闇領域』!」
俺の周囲を黒塗りの壁が覆い、隔絶する。
『遠見』が機能しなくなり、絶えず響いていた戦場の音も途絶えた。
それもつかの間。
すぐに魔法が解除され、視界が開ける。
頭上から矢の雨。
舌打ちして駆けだす。
「くそ! 厄介ってレベルじゃないぞ!」
脚で地面を抉り、蹴り上げて、矢の雨の軌道を逸らす。
そのまま走る。
遥か右方と左方でほぼ同時に戦端が開かれ剣戟と魔法の炸裂する音が響き始めた。
「あっちもはじまったみたいね……! 『魔砲』はわたしが防ぐわ! とにかくレイジは突っ切って!」
隣に追いつき、俺と並走しながらレイリィが詠唱を始める。
「任せた!」
まっすぐに前を見つめて走る。
回避行動は最小限。とにかく右翼と左翼が抑えられるうちに、俺たちが中央を突破しなければ……!
飛来する『魔砲』の砲弾を、レイリィが先ほどの魔法で防ぐ。
飛来する矢は、後方の騎士や魔法使い達が弾き飛ばしている。
そして、矢と魔法の雨あられを抜け、ようやく正面の大部隊に肉薄した。
「押し通るぞォ!! 怪我したくなかったら退けぇえ!!」
魔力を全身に通し、前方に大きく跳ぶ。
中空で身を捻り、武器を構える黒い軍に向けて蹴りを放った。
――ぐぁあああああ!?
一振りの蹴りで、正面に展開していた10人ほどをまとめて吹き飛ばす。
手応え的には殺してない。大丈夫だ。
鎧が分厚いためか、インパクトの瞬間に魔力を通さなければ骨折程度で済むだろう。
着地する。
敵の真っ只中。
周囲を黒の鎧が埋め尽くす。
武器を油断なく構え、その全員が俺をターゲッティングしている。
……レイリィは無視か。
俺を最優先で排除する構えらしい。
包囲の向こう側、前列で魔法が弾ける。
レイリィの魔法だ。
その爆発を合図に、俺は前に跳んだ。
手近な騎士の頭を掴んで、地面に叩きつける。
兜がひしゃげ、意識を刈り取った手応え。
そのまま全周囲に向けて水面蹴り。
脚を刈り、転げた騎士たちを捨て置いて、その場から跳ぶ。
直後、魔法がその場に着弾。石礫を体中に受けながら、次々と騎士たちを地面に叩き伏せてゆく。
「! 来るぞ! 開けろォ!」
敵が叫ぶ。
聖力を察知する。
俺も大きく飛びずさる。
『魔砲』が地面に着弾し、大きく地面を抉って炸裂した。
(くそ……! 滅茶苦茶精度がいい……! 乱戦になれば撃てないと踏んだけど、こんな精密に狙えるのか……!)
歯を噛んで、再び前に跳ぶ。
いずれにしろ、正面の敵の数を減らさなければ突破できない。
早くセシリアとフレデリックさんが『魔砲』を破壊してくれるのを期待するしかないか……!
剣が振り下ろされる。4方向。
篭手を頭上に掲げて4本全て受ける。
膂力だけで弾き返して、態勢が崩れた4人の騎士それぞれに一撃ずつ拳を見舞う。
滑り込むようにして、敵の正面部隊の足元に突撃して、手近な騎士の足を掴み、その巨体を投げ飛ばした。
仲間の体を受け止めた騎士たちがもんどりうって倒れ、小さな空間ができる。
そこに飛び込みながら回し蹴り。
周囲の敵を薙ぎ払いながらさらに空間を広げる。
「くそ、なんなんだこいつは!?」
「攻撃が当たらないぞ! 『魔砲』はどうなってる!? 弓は!? 援護はないのか!?」
「これだけ敵が近くては、弓も『魔砲』も誤射が……!」
「誰でもいい! 誰かヤツをとめろ! このままじゃあいつ一人に……」
小さく息を吐き、どよめく敵軍に突っ込んでいく。
背後で『魔砲』が弾け、聖力が肌を焼くが、気にしない。
振るわれた剣を篭手で受け止め、開いた胴に掌底を叩き込んだ。
苦しそうにうめきながら騎士が倒れる。
崩された隊列を埋めるように兵士たちが動き、次々と攻撃が繰り出される。
そのすべてを、躱し、いなし、逸らす。
徐々に包囲が緩んでいき、僅かだが、隊列の乱れが出来た。
地面を叩き、土煙を上げる。
そして、頭上に向け魔力を放出した。
吹き荒れる魔力風。
「合図よ! 突っ込みます!『火よ』――!」
包囲の向こう、レイリィ達が俺の魔力を視認して、こちらに向けて突撃をかける。
その援護をするために、小さく開いたその包囲の隙を広げるようにして立ち回る。
いくら敵が大軍勢とは言え、その懐に入ってしまえば、せいぜい相手をするのは一度に4人か5人。
その程度であればレイリィを守りながらでも余裕で戦えるし、レイリィが魔法の詠唱を終えれば、包囲に穴が開く。
その穴を突きどんどんと敵の懐に潜り込んでゆく。
あとはこの繰り返しだ。
包囲を突き抜けるまでもう少し……!
黒の鎧の波の向こう。
ラングレン砦の巨大な外壁を目前にし、俺達の前に二人の人間が立ちふさがった。
「姫様……」
一人は巨大な男。
黒い鎧を身にまとい、禿げあがった頭が印象的な壮年の剣士。
「……アレが聖人?」
もう一人は女。
青く長い髪をサイドテールにし、これまた青い鎧を装備している。
華奢な体に不釣り合いな巨大な剣を背中に背負い、冷たい視線を俺に向けている。
「グレイス……アナスタシア……」
グレイスはなんとなくわかる。この間俺が吹き飛ばした、レイリィにとどめをさそうとしていたオッサンだ。
そして、青い鎧の女……これがアナスタシアか。
氷のアナスタシア。……確かに、凍えそうなほどに冷たい視線だ。
「貴方が……レイシアを……」
ぶつぶつと何事か呟きながら、背中の剣に手を伸ばすアナスタシア。
ひゅぅ、と冷たい風が彼女の周囲に巻き起こる。
……魔力風、だろうか。
周囲の温度がどんどん下がっていく。
地面に霜がおり、ぴきぴきと凍り付き始める。
「おいおいおい、なんだこれ!?」
「彼女の『スキル』よ! 気を付けて、あまり近づくと氷漬けになるわよ!」
「なんだそれ!? 聞いてないぞ!?」
「今言ったわ! 来るわよ!」
「王都ヘイムガルドの守護を預かる4将軍が一人、不動のグレイス」
「……姫様を誑かす不逞の輩に名乗る名前はないわ……氷漬けにして、そのあとバラバラに砕いて……また氷漬けにしてやる……後悔しながら……死になさいッッ!!」
「おいおいおいおい、なんかすごい物騒なこと言ってるぞあの女!」
「いいから戦いに集中して! 『風よ』――『加速』!」
レイリィが魔法を発動させると同時、グレイスとアナスタシアが同時に剣を抜き、俺に向かって駆けだした。
本日はここまでになります。
次回も明日21時に更新です!
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