41 ジゼルの街で
その日の夜。
投降した炎のザイオンの軍、3000弱を加えた反乱軍は、ジゼルの街に帰還し、勝利の余韻に浸っていた。
そこら中で酒が飲み交わされ、歌と喧噪に、街の夜は賑やかだ。
そんな街の様子の中、反乱軍の拠点として用意された屋敷、そこで俺とレイリィ、そしてザイオンが額を突き合わせていた。
「改めて、僕はヘイムガルド王国、王都の守護を預かる4将軍が一人、炎のザイオンだ。よろしく」
「あぁ。俺はレイジ。キリバ・レイジだ。聖人で……吸血鬼が王、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルトの眷属。故あって、世界を平和にする旅をしてる」
「……吸血鬼……なるほどね。それであの回復力か。……吸血鬼が実在するとは思わなかった」
「まぁ、正直、自分でもズルだなって思うよ、俺の体のことは……」
「いや、味方ならこんなに頼もしいことはないよ。よろしく、レイジ」
にこり、とほほ笑み、手を差し出すザイオン。
その手を握り返す。
アレックスとは違う方向性でイケメンなやつだ……。
「……ところで、ザイオンの軍は3000、なんだよな? 戦場には黒い鎧の騎士もいたと思うんだけど……見当たらないよな」
「アレは、もう一人の4将軍、不動のグレイスの軍よ。……彼も戦場に居たんだけど」
「えぇ。いつの間にかいなくなっていましたね。彼らしいといえばらしい逃げっぷりかと」
「不動のグレイスとか呼ばれてるのに逃げ足早いのか……」
「そのグレイスが率いていた3000の兵はいつの間にか消えたわ。……おそらく、崩れた戦線を立て直すために、どこかに陣を構え直すつもりなのでしょうね……」
「彼は拠点防衛のプロです。まだ戦うつもりなら、王都まで下がるとは思えない。……なら、彼が構えているのは……」
机に広げられた地図の一点を指で指し示すザイオン。
ジゼルの南に広がる平原が途切れる地点。
大きな川が東西に横断し、その上に掛けられている大きな橋、その奥に記されている砦……ラングレン砦と、そう書かれている地点だ。
「えぇ……そこでしょうね。わたしもそう思うわ。ラングレンを通らなければ、王都領には入れない」
「地図を見る限り一本道だもんな……突破しないと駄目か」
「えぇ。そうなるわ。……でも」
「はい。恐らく増援もあるでしょうね。さっさと抜けるのが一番だ」
「……時間との戦いであることは変わらないわね。……2日兵を休めて、3日後に出発にしましょう」
「そうですね。では、僕も部下にそう伝えます。……では」
「ええ。ザイオン」
「はい?」
「……あなたは、とても賢明だと思うわ」
「ははは。僕もそう思っていますよ。……レイジ君相手に戦うのは、あまりに愚策だ」
「ありがとう」
「いえいえ。どうせなら麗しい姫様に着きたいと、元よりそう思っておりましたので。では」
「えぇ。おやすみなさい」
柔和な笑みを浮かべながら、ザイオンが部屋を出ていく。
はあぁ、と大きく息を吐き出して、レイリィがベッドに座り込んだ。
「……お疲れさん」
「……ありがと」
机の上のカップを手渡して、俺も椅子に座る。
レイリィはぼう、とカップの中の茶を眺めている。
暫くそしてから、意を決したかのように、顔を上げ、俺の目をまっすぐと見つめるレイリィが、口を開いた。
「……レイジ」
「ん?」
「……どうして、来てくれたの?」
「そうだな……。戦闘に参加したのはなし崩しだけど……なんとなく、二度とレイリィに会えないようなそんな気がしてさ」
「……わたし?」
「あぁ。……ただの予感だったけど。……正しかったみたいだな」
「……えぇ。あなたが来てくれなかったら。あそこでわたしは死んでいたわ」
「……つくづく、間に合ってよかったよ」
「ごめんなさい」
「ん? なにがだ?」
「あなたは……本当は……人間相手になんて、戦いたくないんでしょう?」
「……そうだな。正直なところ……あまり戦いたくはないな」
「だったら、ここから先は」
「いや」
レイリィが言いかけた言葉を制して、言葉を発する。
……決めた。
「ここから先も、着いていくよ。……俺の見えないところで、レイリィが危ない目に遭ったり……ましてや死んだりすることのほうが、嫌だからな」
結局、そんな我儘な理由なのだ。
俺が戦う理由なんてものは。
それで、いいのだ。
世界平和なんて大きいものより、もっと目先の……そんな小さな理由で構わないのだ。
「……そう」
「あぁ。……俺は聖人なんかじゃないからな」
そう呼ばれて、そう押し付けられた役目よりは、俺は自分の守りたいものを守りたい。
「……うん。そうね。レイジは……レイジだわ」
「おう」
微笑みを返す。
真正面からレイリィと目が合って、す、と視線を逸らされた。
……なんか、レイリィの顔が赤い。
「どうした?」
「い、いえ、な、なんでもないわよ? なんでもないったら!」
「お、おう……? そうか?」
「その……いえ……なんでもないってことは、ないのだけれど……」
ごにょごにょとレイリィが何事かつぶやき、手をもじもじさせる。
……肩に巻かれた包帯が痛々しい。
聖魔法を使える人間が居なかったから、応急処置をしているだけだ。
その肩に手を伸ばし、そっと触れた。
「ひぅっ!?」
指先が肩に触れた瞬間、レイリィの体がびくりと跳ね上がった。
痛がらせてしまっただろうか。
「悪い、痛かったか? ……すまん……女神の加護を受けていながら、聖魔法は使えないんだ、俺。……ん、あれ、待てよ?」
ふと思いついたことがあり、顔を上に向け、叫ぶ。
「リィン! おーい!」
瞬間、部屋を覆いつくす閃光。
思わず目を瞑り……開くと、そこには。
「はぁい! 呼ばれて飛び出て!」
「お、来たな」
ばちん、とウィンクとピースを決めた女神が立っていた。
「来たな、って呼んだのレイジさんじゃないですかぁ! それに、私、もう寝るところだったんですけど……」
「女神って寝るの? ていうか、いつまでそのポーズとってるんだ?」
「えぇ、えぇ。女神だって寝ますとも。生きていますからね!」
「そうか。そりゃすまなんだ。で、済まないついでに1つ頼まれてくれ」
「はぁい! なんですかー? お金の事とえっちなお願い以外だったら承りますよぉ!」
「じゃ、レイリィの傷、治してやってくれ。全部、綺麗に。嫁入り前の乙女の体だ。傷跡も残すなよ」
「……え? もしかして私その為だけに呼ばれました?」
「もしかしなくてもその為だけに呼んだ。早くやれ」
「……女神使いが荒い……」
じとーっとジト目を送られて、こほん、と咳払い。
リィンがレイリィに向き直る。
「どうも! 初めまして! 私、ファンタズマゴリアに連なる第三級女神、生と輪廻を司る素敵無敵可愛い三拍子そろった最強女神リィンちゃんです!」
俺に向けた尻がふりふりと揺れ、なにがしかのポーズをとっているであろうリィンを、呆然とレイリィが眺める。
「……その……女神、様……ですか?」
「あぁ。駄女神だ」
「駄はつきませんよぅ!? 素敵無敵完璧な……」
「素敵無敵可愛いじゃないのか?」
「そうとも言いますね!」
「相変わらず適当な奴だ……」
「し、失礼しました! わ、わたくし、人間族が王、アラスター・ジゼル・ヘイムガルドが一子、レイシア・ジゼル・ヘイムガルドで御座います!」
ベッドから飛び降り、両手を祈る様に握ってリィンに跪くレイリィ。
「そんなに改まらなくてもいいぞ。こいつそんなに大したやつじゃないし」
「そ、そんなわけにはいかないわよ!? この聖力、本物の女神様なのよ!? むしろレイジはどうしてそんな平然としていられるの!?」
「え、そんな感じなの、女神って」
「えっへん。どうですぅー? 少しは見直しましたかぁ?」
「いや、他人に敬われてるところで胸張ってドヤるヤツ評価下がることはあっても上がることはねぇよ?」
「そんなっ!?」
「そ、その……女神様、わたくしのことはどうかお気になさらず……傷の治癒も、レイジが勝手に言っていることですし……」
「いえ……折角来ましたし、やることはやりますよぅ……『光よ、天よ、慈悲を、癒せ、御業をここに』――『ヒール』」
リィンのかざした手が金色に輝いて、その輝きがレイリィの体を包む。
発光は一瞬で収まり、それを見届けるとリィンがふぅ、と息をついた。
「はい! おしまいです! 傷は治ったハズですよぉ! あとついでに美容促進、滋養強壮、お通じ改善、などなどの効能が……」
「無駄機能だ……」
「女神様……ありがとうございます。感謝いたします……」
両手を祈るように組んで、目をつぶり、うつむくレイリィ。
同じように手を組んで、少しの間だけ目をつぶると、リィンがこちらを振り向いた。
「じゃあ、私は帰りますね! レイジさん、あなたに女神の加護があらんことを」
俺ににっこりと微笑みかけて、光とともにリィンが姿を消した。
「……ふぅ……驚いた……」
「ん、いきなりリィンを呼んだのは不味かったか?」
「えぇ……あ、いえ……そんなことはないけれど……あんな風にさっと呼べるものだとは思わなくて」
「ん……? アレックスも女神の加護を受けているんだろ? だったら呼び出しくらいできるんじゃないか?」
「そんなことできるはずないじゃない……聖堂で祈って、10回に1回お声が聞けるかどうかよ……」
「へぇ、そうなのか。じゃあ、女神呼び出せるのはなかなかレアな技能なんだな」
「人の軽いケガを治させる為に呼び出す人なんて聞いたことないけどね……。あとは、そうね……リィン皇国の聖女なら呼び出せるかもしれないわね」
「なるほど。……便利だからこれからも誰かがケガしたら呼び出そう……」
「あなたね……」
呆れたような視線を向けられる。
はあ、とため息をついて、レイリィが肩の包帯を解く。
白い肌があらわになり、慌てて目をそらした。
「……きれいに治ってる……。女神の治癒だもの、当然ね……ん? レイジ、どうしたの? そっぽ向いて」
「え、あ、い、いや」
「ん……? ……ぁ」
今更気づいたのか、レイリィが慌ててローブを羽織った。
「……ごめんなさい」
「いや、俺もなんか……ごめん」
気まずい空気が流れる。
「じゃ、じゃあ、俺、そろそろ……」
「え、えぇ、そうね。また明日」
「おう。おやすみ。一応、今日は安静にするんだぞ」
「えぇ。……ありがとう、レイジ」
にこり、とレイリィが微笑むのを肩越しに見て、俺は部屋をあとにした。
――――――
街に出る。
お祭り騒ぎは続いているようで、街の喧騒は、いまだ冷めやらない。
方々から聞こえる喜びの声に、俺の頬も自然と緩む。
そんな街の様子の中、ふと目に留まる集団が一つ。
「あれは……確か」
「そら、飲め飲め! 死んじまったら酒も飲めねぇからな! ……ん?」
集団の中心にいる人物。
……確か、エルドレイン。迷宮で会った粗野な雰囲気の青年が、こちらを見止めた。
「おぉ、レイジ! レイジじゃねぇか!」
ジョッキを片手に、こちらに笑顔で近づいてきた。
「あぁ。久しぶりだな……この戦いに参加してたのか」
「おう。姫さんに声をかけられてな。有名な探求者パーティは大体姫さん側についた。戦争に使われるなんてのはまっぴらだからな」
「戦争に使われる?」
「ん? 知らねぇか? 俺たち探求者は、他国との戦争時には兵士として戦う義務があるんだよ。他の国は知らないけどな。ヘイムガルドでは、登録時にそう約束させられる」
「なるほどな。今の人王の治世だと戦争が増えるから、ってことか」
「そういうこった。俺たちは迷宮を探索するために探求者になって、そのために鍛えてるんだ。人間斬るために強くなったわけじゃねぇからな」
「……そうか」
「ま、その迷宮も踏破されちまって、ロマンも半減って感じではあるけどな」
ちら、と俺を見てエルドレインが言う。
……あぁ、俺が迷宮を踏破したことは知られてるのか。
「俺はあくまで最短で最下層まで行っただけだよ。全然探索とか出来てないからな」
「ま、そうだな。こんな戦争さっさと終わらせて、また潜りたいぜ」
「……ああ。早く、終わらせよう」
「これからはレイジもこっち側につくのか?」
「ん……そうだな。そのつもりだよ」
「はは、じゃあ勝ったも同然だな! お前さんがいりゃ負ける気がしねぇ」
ばしばしと肩をたたかれる。
いたいいたい。
「どうだ、お前さんも飲むか?」
手に持ったジョッキをこちらに掲げるエルドレインに手を振って遠慮して、俺はその場を後にした。
(あたりまえだけど……みんな、ちゃんと戦う理由を持ってる。……俺も、理由は見つけた。……あとは)
王都のある方面の空を見つめ、俺は拳を握りしめた。
……さっさと、こんな戦い、終わらせよう。
紅い月を見つめ、そう俺は決意した。
本日はここまでになります。
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