39 【魔導姫】の戦場
進軍を開始して10日ほど。
今、わたしたちは王都北の街、ジゼルに籠り、手を拱いていた。
わたしたちの動きに気付いた王国軍が、討伐隊を派遣。
2度の小競り合いを経て、数に押されて逃げ込んだ先がこの街だ。
反乱軍の数は1000。
対するヘイムガルド正規軍、数は6000。
王国に於ける四将軍――軍務大臣ローレンツォ直属の4人の将軍。その2人をわたしたちにぶつけて来た。
「レイシア様」
「ん、セシリア」
偵察に出ていたセシリアが戻ってきた。
ザインを出て2日後に合流した彼女は、それ以降反乱軍に入り、諜報と偵察を主な任務としてもらっている。
彼女が保護した孤児院の子供たちは、彼女の部下と共にザインに居る。
あそこに居れば、暫くは安全だろう。
「報告、します。四将軍がひとり、炎のザイオン率いる魔法部隊1200、平原南に展開。進軍する私達を狙い撃つ構えです。……続いて、四将軍がひとり、不動のグレイス率いる重装騎士部隊、数が2000。こちらは私たちの退路を塞ぐようにジゼルの後方に展開。ほぼ完全に包囲されました。騎士隊500がザイオン部隊の守備に入っています。無理やり道を拓くのは、難しいかと」
「……そうね。向こうもそう考えていると思うわ。……わたしが出なければ」
「はい。レイシア様が、出れば」
気遣わしげな視線がセシリアから向けられる。
……大丈夫。覚悟は決めた。
わたしは、この手を汚してでも、王都ヘイムガルドへの道を切り開く。
「……出るわ。わたしの魔法で、道を拓きます。進軍は明日の朝。皆にもそう伝えて」
「……かしこまり、ました」
セシリアが消える。
深く椅子に腰かけて、大きくため息を吐いた。
手が震える。
人に向かって魔法を放つ。
魔人領での戦闘を思い出す。
喉が詰まって、夕飯を戻しそうになる。
堪えなければ。
これから、この戦争が終わるまで。
わたしは幾千の屍の山を築き上げるだろう。
魔法で、命令で。
こんなことでいちいち吐いて居られない……。
無理やり床について、目を閉じる。
胸の内をぐるぐると回る不安と吐き気は収まらず、結局眠れたのは朝方だった。
――――――
翌日。
目を覚ますと、いつものローブを羽織り、外に出た。
反乱軍の皆はすっかり準備を整え、既に進軍出来る状態だった。
「寝坊しちゃったかしら」
近くのセシリアに声をかける。
「いえ。大丈夫、です」
皆の様子を見る。
……うん、大丈夫だ。
心身ともに活力がみなぎっている。
数で劣る戦闘に於いて、士気は大切だ。
士気が高ければ、思わぬ戦果を出すこともある。
電撃戦が求められているわたしたちに大切なものは、勢いだ。
勢いで一気に王都に肉薄する。
長引けば、当然不利になっていく。
「……すぅ」
大きく息を吸う。
早朝の冷えた空気が肺を満たした。
「よし。……行きましょう。全軍! 進軍開始!」
わたしの言葉と共に、街門が開かれ、出口に向かって兵たちが殺到した。
戦端が、開かれた。
――――――
あちこちから響く、悲鳴、怒号、剣戟。
戦場の音。
戦端が開かれ1時間。
あちらの対応は、早かった。
わたしたちが街を出るや否や、飛来する魔法と矢。
それらを、用意しておいた魔法部隊の障壁で防ぐと、中央を突破するように真っ直ぐにわたしたちは駆けた。
当然、それを包囲せんと、大きく広げられた陣形を、左右300ずつの伏兵で隊列を乱し、何とか陣形を整えることに成功した。
そして今、包囲させないよう大きく隊を動かしながらわたしたちは戦っている。
「『火よ』!――『炎爆』!」
詰めて来た敵小隊に魔法を放つ。
兵達の足もとで魔力が爆ぜ崩れた隊列に、わたしの護衛の兵たちが吶喊し、その小隊をそれぞれの武器で壊滅させた。
セシリアも一息で3人の兵の首を刈り、返り血すら浴びず、その俊敏な動きで次々と兵を斃していく。
「隊列が崩れたぞォ! 突っ込めェ!!」
探求者達で編成された遊撃部隊が隊列の乱れを突き、突っ込んでゆく。
魔法が、魔力が弾け、次々と斃れていく王国軍の兵士達。
しかし、数が違う。
隊列の穴を埋める様に次々と前衛が殺到し、盾を構え、その隙間から槍が突き出され、はるか後方から魔法が放たれる。
「魔法部隊! 障壁!」
探求者パーティ、【暁の剣狼】……人の迷宮で出会い、レイジが助けた彼らも、わたしに同調してくれたパーティの一つだ。
そのリーダー、エルドレインが自パーティの魔法部隊に指示を飛ばす。
即座に障壁が張られ、飛来した魔法を弾いた。
……いいコンビネーションだ。
「前衛! 行くぞォ! 俺に続けェ!!」
両手に剣を構え、エルドレインが駆ける。
それに続くようにわたしたちの部隊も距離を詰めた。
セシリアが先頭を走り、防御の合間を縫って、敵を斃していく。
紅い軌跡が通った場所をなぞる様に、血しぶきが舞って、彼女の通り道に死体が量産されてゆく。
血の匂い。
肉の焼ける匂い。
ぶちまけられた臓物の匂い。
喉元までせりあがる吐き気を堪え、呪文を詠唱する。
「『土よ、穿て』――『土槍』!」
左に展開した敵部隊に魔法を放つ。
足元から生えた土の槍に鎧ごと体を貫かれ、その先頭の3人が絶命した。
――人の命を奪った感触。
頭からその感触を振り払って、続けて詠唱する。
次は右。
「『闇よ、遮る帳』――『闇幕』!」
右方部隊とわたしたちを遮るように現れた闇が、彼らの視界を奪う。
混乱し、急停止した部隊に、すかさずセシリアが跳び込んで両手の短剣で部隊全員を仕留めた。
その後方から魔力の反応。
魔法部隊の掩護攻撃だろう。
落ち着いて魔法を詠唱する。
「『土よ、強く、硬く、護れ』!――『土障壁』!」
隆起した地面が魔法とわたしたちを遮り、飛来した魔法を弾き飛ばした。
魔法を解除して、魔法が飛んできた方向を狙い呪文を詠唱する。
「『火よ、猛り、狂え、滅ぼせ、火炎』!――『紅炎爆塵』ッ!」
爆炎が奔る。
真っ直ぐ照射された炎のレーザーが、道中の敵をなぎ倒しながら後衛へと向かう。
展開された障壁を3つ貫いて、霧散した。
この程度じゃ、流石に届かない……。
「【魔導姫】だ! あの魔法使いを止めろ! 陣形を滅茶苦茶にされるぞ!」
「四方から囲め! 弓隊! 絶えず放って詠唱する時間を与えるな!」
敵部隊がわたしの部隊に狙いを定めた。
深く敵の陣形に入り過ぎたらしい、四方八方敵だらけだ。
「姫様を護れ!」
「レイシア様に指一本触れさせるなァ!!」
護衛の騎士達が、わたしを庇うように前に出た。
しかし、背後から迫る部隊への対応が遅れる。
振り上げられた剣がわたしに届く、その寸前。
「失礼」
「な!? がァ!?」
音もなく走り寄ってきたフレデリックの短剣が、剣を振った兵士の腕を斬り飛ばした。
返す刃で兵士の首が飛び、どさりと倒れ込んだ。
「レイシア様の背後に隙はありませんぞ」
「ありがと、フレデリック」
「ほっほっほっ……魔人領にはお供出来ませなんだ。この鉄火場では、わたくしがしかとお護りいたしますぞ」
「頼りにしてるわ。『火よ』!――『炎爆』!」
弾ける火炎が、敵小隊を丸ごと吹き飛ばし、崩れた隊列にセシリアが突っ込んでいく。
それを見届けて、背後から迫る部隊に対して牽制の魔法を放った。
じりじりとした戦闘が続く。
数で大きく劣る私達に対し、王国軍は手を休めず、次々と波状攻撃を仕掛けてくる。
「レイシア、様……!」
「ん、セシリアっ」
前方の部隊をひとりで壊滅させたセシリアが戻ってくる。
慌てた様子だ。
「どうしたの?」
「炎のザイオンが、精鋭を率いて前進。後方の、重装部隊も、大きく前進。精鋭二部隊で、前後から挟み込むつもり、です」
「そう……随分戦線が伸びたものね……分かったわ。ここは一度引いて……」
そう指示を出そうとして、振り返った瞬間、後方の友軍が地面ごと吹き飛んだ。
「っ!」
地面が焼け、粉砕された人体のパーツがバラ撒かれる。
肉の焼ける匂いと、血の匂いが辺りに充満する。
風魔法で血煙と土煙を晴らすと、その奥から重装騎士たちが突っ込んでくるのが見えた。
「まずい……! 『火よ』!――『炎爆』!」
即座に魔法を放つ。
しかし、重装騎士達の鎧に弾かれ、魔力が霧散した。
(重装騎士には、一小節じゃ駄目……!)
「ふっ……!」
わたしの横をセシリアが駆け抜け、重装騎士達の足止めに向かう。
振り下ろされる厚い剣を躱し、鎧の隙間に正確に短剣を突き込んで、次々と無力化していく。
「『風よ、巻き起こす暴風、吹き上がれ颶風、遠雷の旋風――』」
詠唱しながら走る。
敵部隊と距離を置きながら駆け、魔力を練る。
飛来する矢と魔法は、セシリアとフレデリックが防ぐ。
この魔法で、退路を……。
「止めろォおおお! 【魔導姫】に魔法を使わせるなぁあ!!」
怒号が響く。
詰める敵部隊。
防ぐセシリア、そしてフレデリック。
だが、圧倒的に数が違う。包囲網が徐々に狭まる。
「っう……くぅ……ッ!『――穿つ風、神風、吹き荒らせ』……!」
魔力不足からくる吐き気を堪え、詠唱を完成させる。
十小節魔法。
これで敵の陣形を……!
「ッ『フェイル、ノー』……ぁぅッ!?」
飛来し、護衛が防ぎきれなかった矢が、わたしの肩に突き刺さった。
詠唱が中断され、練った魔力が霧散する。
勢いに体が押され、地面をごろごろと転がった。
「レイシア様!!」
セシリアが振り返り、こちらに走り寄ろうとして……。
「つッ!?」
飛来した魔法が、彼女の横腹に突き刺さる。
跳んで衝撃を殺し、わたしとの間に距離が開く。
「うっ……くぅ……」
土を掴み、立ち上がろうとし、失敗する。
セシリアが遠い。
フレデリックも、何十人という騎士に囲まれ、身動きが取れないでいる。
自分で、何とかしなくちゃ……。
騎士が迫る。
足に力が入らない。
血が流れ落ち、地面を赤く染めていく。
目が霞む。
何とか魔力を練って、魔法を使って、距離を……。
「【魔導姫】さえどうにかすれば、あとは烏合の衆だ! 畳みかけろ! 数は勝ってるんだ! 囲んで一人ずつ仕留め……ギャッ!?」
指示を出していた騎士の首が飛ぶ。
エルドレインが振るった剣が、最後まで彼の言葉を紡がせない。
その一瞬の間隙を縫って、セシリアがわたしのカバーに走る。
飛来する矢を躱し、突き出される槍を避け、叩きつけられる斧を逸らす。
しかし……。
「申し訳ありません、姫様。……これも、王命ですので」
四将軍がひとり、グレイスが、いまだ蹲るわたしの目の前に、立っていた。
「……御免ッ!」
剣が振り上げられ、振り下ろされる。
セシリアは間に合わない。
フレデリックも、エルドレインも、間に合わない。
わたしの魔法も、間に合わない。
振り下ろされる剣を、真っ直ぐに見つめる。
それがわたしに出来る唯一の行動だった。
(……ごめんなさい、皆……アレックス……)
「……レイジ……」
死に際の刹那。
何故だか、彼の笑顔が頭によぎった。
そして、わたしの体に剣が吸い込まれ――、
――ギィン!
なかった。
突如として割り込んだ鈍色の影が、わたしに振るわれた剣を、両手に嵌めた黒い籠手で弾き返し、そのまま流れるようにして、剣の主――不動のグレイスのどてっ腹に正拳を叩き込む。
何が起きたのか理解できないという表情のままグレイスが吹き飛び、背後の兵士達を巻き込んで数メートルの距離を転がっていく。
「……うそ……なんで……」
「最近こんなのばっかりだな……お前たちのパーティは、いつもピンチになってないと気が済まないのか……?」
心地の良い声が、耳朶を叩く。
優しげなその声色に、わたしの胸にじんわりと温かいものが広がっていく。
「……また泣くし。まったく、アレックスといい、セシリアといい……」
ぼやきながら、彼が構えをとる。
迷宮で、幾度も見たその構え。
安心感に胸が満たされて、思わずしゃくりあげた。
「っ……れい、じ……!」
「あぁ。聖人レイジ。助っ人に来たぜ」
――戦場に、鈍色の魔力が吹き上がった。
本日はここまでになります。
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