38 その頃のザイン
迷宮都市ザイン。
現在ここは、レイシア・ジゼル・ヘイムガルドによる武装蜂起――クーデターの拠点になっていた。
街の外を探求者達が固め、内側はレイリィに同調したヘイムガルド正規軍たちが護っている。
その数、合わせて1000。
この数字が、人の迷宮を踏破した直後から動き始めて、レイリィが集められた人数の限界だ。
決して多くはない。
対するは人類軍25000。
全てが王都に居るわけではないが、少なく見積もっても10000は居るだろう。
このクーデター成功の可否は、スピードが命だ。
現在王都ヘイムガルドを護るのは近衛騎士団、そして勇者の双方を欠いたヘイムガルド王国騎士団。
数は多いが、戦力は半減……どころではないだろう。
勿論、中には手練れもいるし、腐っても王国の正規軍だ。弱い筈がない。
今、この瞬間であれば、1000の反乱軍でも、なんとか王への道を拓くことくらいなら出来るだろう。
【魔導姫】レイリィが矢面に立つのであれば猶更。
しかし、もしここに勇者や近衛軍が戻ってきてしまった場合……レイリィの手勢では、恐らく太刀打ち出来ない。
それほどまでに、ヘイムガルド王国軍に於ける近衛軍と勇者の存在は大きい。
そして、その二軍は現在……ひとりの少年と、ひとりの少女に蹂躙されているのだが……そんなことは、この本部に居る人間の、誰一人として知らぬ事。
……否、反乱の首謀者の少女を除いては。
――――――
フレデリックからの報告を受ける。
朗報が2つ。
1つは、エノール孤児院の人質の解放。
もう1つは、それに伴い、アレックスが人類軍6000を引き上げ、エノムへと帰還するであろうということ。
「……レイジが、想像以上に上手くやった、ってことね」
「は。全てレイシア様の采配通りに」
「いいえ。わたしは何もしていないわ。……彼の人間性に頼って、そこに付け込んだだけ。こんなもの、戦略でも戦術でもないわ。ただの……お祈りよ」
少しの罪悪感を覚える。
あの人の好い少年は、きっとこうするだろうと思っていた。
わたしが何も頼まなくても、彼の意志で。
彼のやさしさに付け込み、わたしがしようとしていることは、レイジの望みを真っ向から否定する、戦火の拡大だ。
クーデター。
当然だがわたしも、そんな手段を選びたくはなかった。
(でも……)
このまま放っておけば、この戦火は全世界に広がる。
人王――わたしの父の目的は、世界の支配なのだから。
(そんなことは、させない。今この瞬間、逆賊だと罵られようと、志半ばで斃れようと、わたしはそんな野望を捨ておくことは出来ない……)
勇者軍の進軍は止まった。
人質の解放も済んだ。
今、勇者ありきの人類軍の足元はガタガタだ。
まだ不確定要素はいくつかあるけれど……起つなら、今、このタイミングをおいて他にない。
「……フレデリック」
「は」
「始めるわ。みんなを集めて」
「かしこまりました」
フレデリックに指示を出し、胸に手を当てる。
不安が胸の奥で渦巻き、心臓がどきどきと高鳴る。
腹の下に重たい塊がずっしりと沈んでいるような感覚。
その全てを飲み込んで、立ち上がる。
「必ず……成功させる」
クーデター。
かの人王の胸に刃を突き立て、その野望を潰えさせる。
自分の父に手を掛けること。
自分の民に手を掛けること。
自分の民を戦場に送り込むこと。
その全てを自分の罪として胸に刻み、わたしはその全てをやり遂げる。
全ては……『平和』の為に。
決意を胸に、天幕を、出る。
――ワァアアアアア!!
万雷の喝采が、わたしの体を打つ。
視線を上げて、皆を見る。
皆一様に、わたしを期待の目で見つめる。
どんな言葉を紡ぐのか。それを期待して。
皆には一通りのことは説明済みだ。
人王の目的が世界の征服であること。
その為に、今後も戦火を全世界に広げていくであろうこと。
自分は、それを止める為に蜂起するのだということ。
『平和』の為に、戦いましょう。
そう、わたしは彼らを誑かした。
平和を取り戻し、その尊さを魂に刻まれた彼等の士気は、高い。
自惚れではないが、旗頭が王女だということも大きいだろう。
……これでも民からの人気は高いのだ。……自惚れでなく。
「みな」
声を発する。
魔力を籠め、宙に投げた言葉で、しん、と彼らは静まった。
「まずは、集まってくれて、感謝します」
言って、深く頭を下げる。
身じろぎせず、皆がわたしの言葉に耳を傾けている。
「……懸念であった、勇者軍の動向は、解消されました。すぐにはこちらには駆けつけることが出来ないでしょう」
おぉ、というどよめきが広がる。
いくら士気の高い彼等とは言え、勇者との直接戦闘は不可能だ。
一方的に蹂躙され、終わる。
この国に於いて、勇者とはそれほどまでの力を備えている。
「彼等がわたしたちの動きに気が付き、それを止めることは事実上不可能です。故に今が、好機」
手にした杖を地面に叩きつける。
魔力が伝播し、高い音が周囲に響いた。
「……これは、『平和』の為の戦いです。
わたしたちは今こそ立ち上がり、かの暴虐の王、アラスター・ジゼル・ヘイムガルドを討たねばなりません。
……戦火をこれ以上世界に広げぬために。
"聖人様"が我らの心に取り戻して下さった『平和』の灯を消さぬ為に。
……そして、誓いましょう。
これを我ら人族の、最後の戦とすることを。
子に、孫に、先の世代に、争いの無い『平和な世界』をもたらす為に。
わたしたちが、その第一歩を踏み出すのです。
手を取り合い、皆で笑っていける世界を作るために!」
そう、その為に、わたしはなんでもする。
たとえ、肉親を手に掛けることになろうとも。
眼前に千の屍を築き上げることになろうとも。
全ては、わたしの……いいえ、あまねく人類の悲願。
簒奪され、隠され……しかし再び自分たちの手に取り戻した心。
『平和』な世界の為に。
決意を胸に、顔を上げる。
「いま、ここに、わたしは、ヘイムガルド王国への反逆を宣言します! 全軍、王都ヘイムガルドに向け、進軍開始!」
――オォオオオオオオオオオ!!!
鬨の声が上がる。
手に武器を、心に平和を掲げ、行軍する。
一路、王国首都、ヘイムガルドに向かって。
戻れぬ道を、わたしたちは歩き始めた。
――――――
「報告! 報告!」
伝令が城内を駆ける。
王都ヘイムガルド、王城。
王座の間に、慌ただしい空気が蔓延する。
「如何した、騒がしい」
軍事大臣――ローレンツォが飛び込んできた伝令を見下しながら鬱陶しそうに言う。
灰色の髪の毛をライオンの鬣の様に逆立て、その顔には幾つかの深い傷が刻まれている。
まさしく歴戦の兵といった風体の、大男である。
見竦められた兵士は、心臓が止まるようなプレッシャーをその身に浴びて、しかし息を切らしながら二の句を継いだ。
「迷宮都市、ザインにて、王女、レイシア様が……!」
「レイシア様が如何した? 王女は今、迷宮探索の成果品の仕分けの任についているはずだが?」
「は、はっ、しかし、えぇと……」
まごつく伝令兵に舌打ちを返し、先を促すローレンツォ。
彼の気は短い。
そもそもの生来がそうであるのと同時に、今は戦時。考えることも、手を付ける仕事もいくらでもあるのだ。時間は無駄にしたくない。
「蜂起、か」
「――は?」
横合いから届いた、深く、重い言葉に間の抜けた声を返すローレンツォ。
声の主――人王、アラスター・ジゼル・ヘイムガルドは、玉座に深く腰掛けたまま何の感情も感じぬその金の瞳で伝令を見る。
「そ、そうです! 王女、レイシア様が、ほ、蜂起! 我が国に反旗を翻し、王都に向かって進軍を開始しました! その数、1000!」
「なんだと!? 蜂起!? クーデターだと!?」
「ふん。あの娘の考えそうなことだ。大方、己のやり方が気に食わんのだろうな。あの勇者と同じ、甘っちょろい平和に毒された不出来な娘よ。……伝令よ。四将軍の……そうだな、誰でもよい。2人に軍を預ける。それぞれ3000。人選は任せると伝えよ。さっさと編成を済ませ、その戦力を以って逆賊を叩き潰せ。王都に近づかれる前に全てを済ませよ。レイシアの生死も問わぬ」
「し、しかし……!?」
「聞こえなんだか? 二度は言わぬぞ」
「ひっ……」
睨みつけられ、魔力によるプレッシャーを受け、伝令は再び身が竦む。
何とか頷き、命令を復唱すると、慌てて王座の間を出て行った。
「王……。想定していたのですか?」
「ふん、想定なんぞしておらぬ。しかしアレの考えそうなことくらいは分かる。勇者と近衛が居なければなんとかなると踏んだのであろう。……この戦、想定外だらけだ。イレギュラーな駒が盤上で跳ねまわっているな」
「は……確か、聖人……でしたかな」
「眉唾な話だ。大方身に余る才能を持った何者かを、聖人だのなんだのとレイシアが神輿に担ぎ上げたのだろう。……よしんば本物であったとしても、己のやることは変わらんが」
「……そうですな」
二人の視線が、深く沈む。
遠い何かを思い起こしているようなその視線は、しかし、一瞬後には上げられ、次のアイゼンガルド攻めの責任者を誰にするのかという話題に戻っていった。
――奇しくも、この王都にその聖人が迫っていることなど、つゆ知らず。
こうして、この世界史上、初めてのクーデター。
後に、『平和の為の反乱』と呼ばれる戦争が、勃発した。
昨日はお休みをいただき申し訳ありませんでした。
本日から再開していきます。
次回は明日、同じ時間20時に投稿します。
気に入っていただけましたら、評価やブックマーク、お待ちしております!