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33 勇者と吸血姫

翌日。

俺とセシリアは再び移動を開始した。

森を抜けて西へ西へ。走る。走る。


3日目。

エノムが見えて来た。

エノムの外郭を左手にのぞみながら、俺たちは平原を駆けてゆく。


その日の夜。

エノム周辺の森の中。

その辺で狩ってきた獣肉をただ焼いただけの食事をとりながらセシリアと俺は焚火を囲んでいた。

焚火を起こすのに随分と四苦八苦してしまった。

普段はミリィが全て準備をしてくれているので、自分で焚火を起こすのは、アリスと二人で旅をしていた時以来だ。

ミリィのありがたさが身に染みる。

食事もロクなものじゃないし……。

ていうか、迷宮から戻ってすぐに出発したから、ロクな食事を暫くとっていない。

はやく落ち着いておいしいものが食べたい……。


「……レイジ殿」

「ん? どうした?」


もふもふと獣肉を口に運びながら、セシリアが俺を真っ直ぐみつめてくる。

相変わらずのぼーっとした視線だ。


「巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


そして、そのままぺこりと頭を下げる。


「え? なにがだ?」


謝られる心当たりがない。

……と考えて、気づいた。

今この状況に対しての謝罪だろうか。


「あぁ……。いや、多分だけど俺の所為みたいなところあるしな……」

「レイジ殿の、せい?」

「あぁ。恐らくだけど、人王には【根源魔法】の才能がある。だから、今までは何の意味もなく、ただ命令すれば自分の野望の為に戦争を起こせたけど、これからは違う。厭戦感情が人間たちの間で広まれば、戦争はしずらくなる。もしかしたら反乱とか……まぁそこまで行かなくても、反発はどんどん大きくなっていくと思う。そうなる前に、戦争を起こして、自分の目的に、少しでも状況を近づけたかったんだ。……だから、俺が『平和』を取り戻した所為で戦争が起きたって言っても……まあ、言いすぎってことはないだろうな……」

「……そう、ですね」


思ったよりもセシリアが素直に頷いた。

そんなことはないです、とか言われるかと思ったけど。

まぁ、下手に慰められるよりはいいか……。


「レイジ殿の、言う通り、です。王にとって、都合の悪い状況になってきた……ですから、かねてより計画のあった、アイゼンガルド攻めの予定を前倒した。今まで使いやすい駒だった筈のアレックスにも『平和』の感情が戻った。……だから、こんな風に、人質なんていう反発の大きい手段まで、使わざるを得ないほど、王は追い詰められています」

「……随分饒舌に話すんだな」

「特に、口止めも、されていないので」

「……つまりは、この状況は想定済みってことだよな。……レイリィは」


だからこそ、ザインを出る時からセシリアを俺につけたのだろう。

こういう状況になった時に、俺が動きやすいように。

……あるいは、俺を駒として使う為に。


「はい。迷宮に入る前から、想定していました」

「……そうか」


そうなんだろうな、とは思っていたけど、彼女、凄い優秀なのでは……?


「それで、そのレイリィはどうするつもりなんだ?」

「どうする、とは」

「どう動くのか、って話」

「レイシア様は……クーデターを起こすつもりです。いえ、恐らく、もう、動いているはずです」

「……はい?」


思った何倍も話が大きかった。


「既にザインに兵を集めて、軍を編成しているはずです。いつ進軍するかは……レイジ殿、次第ですね」

「俺次第……?」

「はい。アレックスが向こう側にいる以上、下手に軍を動かしても、彼ひとりに止められます。ですから、まずはアレックスをどうにかしないと」

「……そういうことね……」


だから、巻き込んですみません、か。

俺は最初からレイリィ達の作戦の内側にいたってことだ。


「俺が戦争なんてどうでもいいって言って放置したらどうするつもりだったんだ……」

「……レイジ殿は、そうしないだろう、と、レイシア様は」

「まぁ、実際そうしてないから、正解なんだろうけどさ……」


信頼なんだろうか……少し複雑だが。

やれやれ、と頭を振って、俺は自分の外套マントを広げて、そこに寝転ぶ。


「先に寝るよ。そうだな……3時間で交代しよう」

「了解、です」


こくり、と頷いて、セシリアは再びぼけーっと焚火の火を見つめ始めた。

その横顔を少しの間だけ見つめて、俺は目を閉じた。

眠りは、すぐにやってきた。



――――――



目を覚ます。

そして、全身の痛みに顔をしかめた。

昨日の戦闘……否、あれを真っ当な戦闘とは呼ばないだろう。

アルトロック平原までたどり着いた僕たちを待っていたのは、ブラッドシュタインフェルトの吸血鬼だった。


こちらの軍勢は6000。

その6000の軍勢を、彼女はひとりで蹂躙しつくした。


魔力で編まれた影の津波が、人をごみの様に洗い流してゆく光景。

兵たちは恐慌し……戦端が開かれてからたった1時間で大局は決した。

殿として残り、追撃してくる自動人形オートマタ達を相手しながらブラッドシュタインフェルトと戦闘した僕は……当然、ボロボロにやられた。

こちらの剣は届かず、あちらの攻撃は苛烈。

……正直なところ、逃げるので精いっぱいだった。


不幸中の幸いと言えるのは、こちらに死者が出なかったことだろうか。

……いや、違うな。

きっと彼女は誰も殺さないように手加減していたのだろう。


僕との戦闘の時も、いくらでも殺せるタイミングはあったのに、そうしなかったのだから。


僕達は大きく後退し、戦線をロックガルド渓谷まで押し返されていた。


兵たちの表情は暗い。

……いや、そもそも、エノムを出立してから、ずっと暗い。

皆、この戦争に疑問を感じている。

『平和』が心に取り戻された矢先の侵攻だ。士気なんて上がるはずがない。

そして、士気の低い軍隊は、いくら数が多かろうと、弱く、脆い。

昨日の様に、一方的な力を見せつけられるだけでその心が折れてしまうくらいには。


「……それは、僕もか……」


自嘲する。


それでも、戦わない選択肢は、無い。

そうしなければ、僕は……。


目を瞑り、開く。

立てかけていた剣を手に取って、腰に差した。

天幕を出る。


俯き、座り込む兵士たちが居る。

僕は彼らに、死にに行けと、そう言わなければならない。


「行こう、皆」


俯いていた兵士たちが顔を上げる。

そして、懐疑的な目で、僕を見た。


――まだ戦うつもりなのかと。

――あんなバケモノに、どうやって勝つつもりなのかと。

――そもそもなんで戦争なんてしなくてはならないのかと。


……視線を真っ向から受け止めて、もう一度口を開く。


「大丈夫。ブラッドシュタインフェルトは、僕が倒す」


出来もしない大言壮語。

僕には、彼女を倒すことなんて出来ない。


だが、兵たちはそうは思わない。


――勇者殿なら……。

――そうだ。俺達には勇者殿がついてるぞ!


沈んでいた目に、光が灯る。

僕が彼等を、死地に送り込む。


……最低だ。

吐き気と頭痛が酷い。



そうして僕たちは、渓谷を抜けて、再び平原に進軍した。



視線の先、昨日と同じ小高い丘に、彼女が居る。

機械の兵士達を後ろに連れて、紅い槍を地面に突き立てて待っている。


ここが分水略だと。


ここから先へは誰も通さぬと、彼女の纏う途方もないプレッシャーが、そう語っている。


「ブラッド、シュタインフェルト……」


数キロは離れているはずなのに、彼女の圧倒的な魔力を感じる。

背後の兵たちが慄き、恐怖しているのが伝わってくる。

プレッシャーを受けて、膝をつき嘔吐するものまで出始めた。

竦んで動けない者たちは下がらせる。


それほどまでに圧倒的力が、彼女の周囲には渦巻いている。


聖剣を抜き、全身に聖力を漲らせて、プレッシャーに耐える。

身体がぎしぎしと軋んで、膝が折れそうになるのを必死で堪えた。


「……ふぅ」


雑念を、頭から取り払う。

今は目の前の敵に集中しろ。

どのみち、戦わなければ後にも先にも、僕は進めない。

だったら……全力で。


「――『聖身強化ホーリィブースト』」


身体強化を掛ける。

剣を構え、駆けた。


「はぁああああッ!!」


地面から生える黒い槍を避けながら走る。

ジグザグに駆けて、サイドステップを踏んで、時には後ろに跳んで。


「『光よ』!――『ホーリィノヴァ』!」


短縮詠唱で魔法を発動させる。

僕を中心に聖力が爆発して、四方八方から生えてくる黒槍を吹き飛ばした。

黒と白の魔力の残滓が宙を舞い、朝日に反射してキラキラと輝いた。


「――――――」


遠くのブラッドシュタインフェルトが魔法を行使する気配。

地面に伸びる影という影が波立ち、真正面から津波の様に押し寄せてくる。


昨日はこの魔法で、撤退せざるを得ないほどに追い込まれた……。


「そう何度も同じ手を……!」


聖剣に魔力を籠める。


「ぉおおおおおおおおッ!!」


横一閃。


聖剣から放たれた光の斬撃が、黒の津波を引き裂いてゆく。

それと同時に、僕の足元から8本の黒槍が生えて来た。

回避が間に合わず、肩とふくらはぎを浅く切り裂かれる。

だが、脚は止めない。

押し寄せる波を、槍を、聖剣で切り裂き影の中を駆け抜ける。


そして、魔力の渦の中心にたどり着いた。


「はぁあああっ!!」


高く跳び上がり、上段から剣を叩きつける。

大振りな一撃。

冷めた目で僕を見据える吸血鬼が、手をひと一振りするだけで、幾本もの槍が生え、僕の剣を真っ向から受け止めた。


ぎりぎりと噛み合う影と剣。


「勇者」

「なん、だい」

「お主にも事情があるのは分かる。じゃが、あの時言ったはずじゃ。レイジとミリアルドの想いを無駄にしたら、わしは貴様を許さぬと」

「あぁ……そう、だね」


鍔迫り合いを続けながら、問答する。

聖力も魔力もありったけ聖剣に注ぎ込んでいるが、彼女の影は断てない。

なんて、魔力密度。


「今退けば、命だけは助けてやる。田舎にでも引きこもって、二度とわしの前に姿を現すな」

「それは、でき、ない……!」


今退けば、僕は大切なものを失ってしまう。

だから、退けない。

大勢の人が犠牲になろうとも、僕は家族を捨てることは出来ない……。

その為なら、この吸血鬼だって、斬って見せる……!


「お主ならば、自分で家族を救い出すことも出来よう。じゃが、貴様はほんの少しのリスクを負うのも怖いのじゃ、ろ!」


吸血鬼の足が振り上げられる。

強烈な蹴り。それを、鍔ぜりあった剣を押し込んで、反動で後ろに跳ぶことで躱す。

鎧を掠めた蹴りが、聖鎧の表面をごっそり削った。

即座に修復される聖鎧。


「が、は……!」


掠めただけで、衝撃が腹に伝わり、吐血した。

幾つかの骨が折れたらしい。ヒールを掛けて治癒する。


「そうだよ……その通りだ、ブラッドシュタインフェルト。……ほんのすこし、なにかが遅れるだけで、僕は、僕の家族が失われるのが怖い……! そうだよ! それの何が悪いんだ!?」


激昂の叫びをあげて、無茶苦茶な太刀筋で斬りかかる。

怒りに任せて振るう刃。

当然そんなもの、彼女に通用するはずもない。

手の甲に拳を合わせられて、逸らされる。

聖剣が地面に叩きつけられて、地面が大きく削れた。


「あぁ、そうだ! 僕は憶病なだけだ! 臆病だから……皆を戦場こんなところに連れて来てしまった! だからせめて……!」


君を倒して、誰も死なないようにする……!


「ふん。開き直りおって。じゃがな、勇者。いくら吼えようが、開き直ろうが、貴様には何も成せぬ」


地面に叩きつけられた剣を、脚で踏み、振り上げられないように押さえられた。

持ち上げようとするが、ぴくりとも動かない。

なんて馬鹿力だ……!

剣から手を離して、無手になる。

作った手刀に聖力を乗せて、貫手を放った。


「小賢しい!」


半身になって貫手を躱すと、伸び切った腕を絡めとられ……。


「ぐぁ!?」


地面に、背中から叩きつけられた。

投げ飛ばされた、らしい。

地面に突き刺さった剣をこちらに蹴って寄越し、追撃もせずに彼女は立っている。

兵たちは、いまだ彼女の作り出す影の対処で手いっぱいだ。

……つまり、彼女は6000人もの兵士を相手しながら僕と戦っている。


次元が、違うのだ。

強さの次元が。


蹴り飛ばされた剣を拾い上げ、再び構える。

いくら強さの次元が違っても、敵わないと分かっていても、僕は……。


「僕はぁアァアアアッッ!!」


全力で聖力を体に回す。

投げ飛ばされた時に折れた骨は、無視する。

そんなことよりも、今は、攻撃力のほうが大切だ。

一太刀、せめて、一太刀でも……!


「ぁああああ!!」


僕の体から聖力の奔流が吹き荒れる。

全てを注ぎ込んで……。


「『六極・閃』!!」


スキルを発動させた。

同時に6つの斬撃を繰り出す僕のスキル。

幾度もこのスキルで強敵を破ってきた。

しかし、音速を超え迫る斬撃に、眉一つ動かさないブラッドシュタインフェルト。

それもそのはずだ。このスキルは、一度彼女に見切られている。

だから……だから!


「『改』……!」


身体を捻る。

6つの斬撃にさらに聖力を籠める。

ただの斬撃だったそのスキルが、6つの斬撃に伴う衝撃波となって、彼女に襲い掛かった。


「……勇者、アレックス」


吹き荒れる魔力の奔流の中、彼女の声が、微かに僕の耳朶を叩いた。


「――剣を振るう理由も無い貴様には、何も成せぬ」


そして、彼女が、初めて手に持った槍を振るった。

紅い槍。

残像が紅の軌跡を描いて、僕の放った斬撃と衝撃波を、一緒くたに吹き飛ばした。


ただの槍の一振り。

スキルでも、魔法でもないその一撃。

剣に当たったその衝撃で、僕の体は大きく吹き飛ばされ――


地面にたたきつけられて、僕は意識を失った。

今日はここまでになります。

明日もまた20時に一話投稿になります。


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