32 覚悟
肩に突き刺さった光剣を、手で掴んで引き抜く。
血が噴き出して、地面に落ちた。
直後、傷が塞がり、血が止まる。
「なん、で……」
地面に座り込んだままのセシリアが、俺を唖然と見上げて呟く。
「……聖力とかでは、無いみたいだな……。間に合ってよかった……」
傷が完治したのを確認して、セシリアを振り返る。
「大丈夫か? ちょっと待ってろ。すぐ終わらせるから」
「レイジ、殿……?」
振り返り、ロザミアと、正面から対峙する。
「あららぁ? どうして戻って来たんですのぉ? ふふ……殺す覚悟、出来ましたぁ?」
「いいや。殺す覚悟なんて出来ないよ。人を殺したくなんてないからな」
言いながらゆっくりと、構えを取る。
「だったら、どうして……?」
ロザミアの疑問を、セシリアが引き継ぐようにして、俺に問いかける。
「人を殺したくなんてない……でも、覚悟は決めた」
「うふふ……じゃあ、わたくしをちゃぁんと、殺してくださるのかしらぁ?」
「いや。殺さない。俺が決めたのは、殺さない覚悟だ」
「……へぇ?」
ロザミアの目が細められる。
その視線の温度が、すっと下がるのを感じた。
「殺さずに、わたくしを無力化すると……?」
「あぁ。そうする」
「出来るかしらぁ? そんなこと?」
「出来るかどうかは、やってみなくちゃ分からないからな」
「……ふふ。いいですわ。先ほどより、よっぽどいい表情ですわよ」
だらりと下げていた腕をゆっくりと上げ、弓をこちらに向けるロザミア。
彼女の周囲に魔力の粒子が集まって、剣や槍、斧の形を取る。
何で戻って来た、か。
そう聞かれると、なんとなく、としか答えられない。
なんとなく、セシリアを放っておいてはいけない気がしたんだ。
予感は正しかった。
俺が射線に体を捻じ込まなければ、先ほどの光剣は、確実にセシリアの心臓を貫いていただろう。
そんなことになっていたら、後悔してもしきれない。
迷宮で命を救われた恩がある。
それ以前にも、街を案内してもらったり、ミリィを斬るのを思いとどまってもらったり……。
とにかく、セシリアをみすみす見殺しにするなんて選択肢は、俺にはない。
だから、セシリアは殺させない。
けれど、ロザミアを殺さない。
両方、果たす。
「ふふ……」
彼女の周囲に浮かぶ、光る武器の切っ先が、全て俺に向く。
その一本を、緩慢とも言える動きで手に取って、弓に番えるロザミア。
魔力の弦が弓に張られ、引き絞られる。
びゅん、と音を響かせて、光剣が放たれた。
腕を振るって、籠手で光剣を弾き飛ばす。
砕け散った光剣が、魔力の粒子になって霧散した。
びゅ、びゅん、と続けて2射、3射。
それぞれ弾く。
4、5、6、7、8…………。
ひたすらに撃ち出される武器を一歩も動かず弾き続ける。
どれだけ撃たれようが、当たる気がしない。
よしんば当たっても、致命傷になり得ない。
俺が精神的に彼女を殺せないのと同じく、彼女は物理的に俺を殺し得ない。
ロザミアの視線が、俺の後ろに向く。
そこには、いまだ腰を下ろしたままのセシリア。
見たところ怪我はないようだが、立ち上がるそぶりを見せないでいる。
ひゅ、と風切り音。
放たれた矢が、俺から大きく逸れて、ぐにゃりと曲がる。
狙いはセシリア。
少しだけ体をずらして、矢を弾く。
「…………ふぅ」
弓を降ろして、ロザミアがため息をついた。
「……つまんないですわ」
唇を尖らせて、拗ねたようにそう言うロザミア。
その妖艶な見た目に反して、ずいぶんと子供っぽい仕草だ。
「貴方が居る限り、セシリアちゃんにわたくしの弓は届かない。セシリアちゃんも……もうわたくしを殺すつもりが無い。もちろん貴方も」
「ああ。そうだな」
「もぅ……せっかくさっきまで楽しかったのに、なんだか冷めてしまいましたわぁ」
彼女の戦意が喪失していくのを感じる。
一方で、彼女の魔力が、肥大していく気配。
「ですから。一度だけ、本気で撃ちますわ。それをしのいだら……そうですわね。今日のところは退きますわ」
「は……?」
「レイリィちゃんは人に向かって魔法を撃てないし、セシリアちゃんにはとんでもない護衛がついてるし……着く側を間違えたかしらぁ……。これならレイリィちゃん側に着いて、アレックスくんと闘ったほうが楽しめたかもしれませんわねぇ……」
ぶつぶつと独り言を呟いて、弓を掲げるロザミア。
その弓に、魔力が籠められていく。
「――『魔弾の射手』」
半ば投げやりに呟かれたその言葉は、すさまじい魔力の気配と共に発せられた。
「!?」
『スキル』――そう理解した瞬間、6つの光が、彼女の弓から同時に放たれた。
弓を引く動作も、それを放つ動作もなく、ノーモーションで放たれる魔力の奔流。
俺とセシリアそれぞれの心臓、腹、喉。合計6か所へ正確に伸びる白光。
凄まじい速度。今まで射られた矢とは、速度がまるで違う。
背後でセシリアが動こうとする気配。
だが、遅い。それじゃあ間に合わない……!
悪い予感に従うように、全身に魔力を通す。
自分へ伸びる矢は、すべて無視する。
凄い魔力は感じるが、聖力は感じない。
つまり、喰らっても死なない……!
「がぁ……ぐっぅ!」
セシリアに伸びた3本の矢を叩き落して直後、俺の急所に矢が突き刺さった。
痛いなんてもんじゃない。
文字通り、身体に異物が突き込まれている。
だが、その程度で俺は死なない。
痛いだけだ。
不死身の体に頼り切った、あまりに強引な受け。
突き刺さった光矢を何とか引き抜いて、血反吐をまき散らしながら咳き込んだ。
「……はぁ。もしやとは思いましたけど……貴方、死なないんですのねぇ……」
「が、ぁ……ぅ……は……」
喉の傷が塞がって、呼吸が出来るようになる。
血の塊を地面に吐き出して、口元を拭った。
「……しのいだ、ぞ」
「……はぁ。しのいだというか……ん、まぁ、そうですわね……」
ため息を吐かれた。
『収納空間』に長弓を仕舞い、肩を竦めるロザミア。
「貴方とは戦いになりませんわねぇ……吸血鬼さん?」
「気づかれたか……」
「そんなバカげた不死身性。他に思いつく存在がありませんわ。……そうですわね。約束通り、今日は退きますわぁ」
「……そうしてくれ」
「やれやれですわぁ……。次は、聖銀を用意してきますわねぇ」
「次があるのか……」
「貴方と本気で殺しあう。とても楽しそうですわぁ……うふふ」
恍惚とした表情を浮かべるロザミア。
……なんとなくこいつの考えてることが分かってきた。
要はアレだ……。
「バトルジャンキーなのね……」
「ふふ。随分と簡単な言葉で片付けてくれますわねぇ。でもまぁ、間違ってはいませんわぁ。命の遣り取り、最高に興奮しますわ」
両手を頬にあてて、くねくねと体をよじらせる。
……バトルジャンキーで変態とか……救えないな……。
「……レイジさぁん?」
「なんだ」
「貴方の覚悟、どこまで続くか見ものですわ。そのあまっちょろい考え方で、貴方の目的、果たせるといいですわねぇ」
「……そりゃどうも」
「あーぁあ、つまらない、つまらない……」
そう言いながら、踵を返すロザミア。
「セシリアちゃんも、レイリィちゃんも、ずいぶんと変な殿方に肩入れしますわねぇ……。あぁ……アレックスくんも。……セシリアちゃぁん?」
「なん、ですか」
ようやく立ち上がったセシリアが、俺の隣に立って、言葉を返した。
「楽しかったですわぁ。また、殺し合いましょうねぇ?」
「……2度と、ごめん、です」
「ふふふ……フラれちゃいましたわぁ」
「……ロザミア」
「なぁにぃ?」
「これから、どうするの、ですか」
「あらぁ、さっきまで殺しあっていたのに。心配してくださるのぉ?」
「……結果的に、お互い、生きています、から」
「うふふ……貴女のそういうところ、わたくし、本当に好きですわよぉ」
「……」
「……そうですわねぇ。この戦争も、そっちにその吸血鬼さんがついている以上、結果が見えてますし……。もう一つの方に行ってみますわぁ」
「もう一つって……西の戦争に介入するのか?」
「あちらなら……獣王もいますしぃ、なかなか興奮する戦いが出来そうですわねぇ」
うふふふ、と笑いながら間延びした口調でロザミアが言う。
……いや、なんかもう、毒気が抜かれる。
いや、言ってることは相当物騒だが。
「レイジさぁん?」
「ん?」
「一応、言っておきますけれどぉ……ガラハドさんは、わたくしの様にはいきませんわよぉ? 戦わずして勝つ、なんてこと、考えないことですわねぇ。きっと聖銀も用意してますわよ」
「……あぁ。肝に銘じておくよ……」
今度こそ俺たちに背を向けて、森の奥へと歩いていくロザミア。
俺たちに対する興味はすっかり失ったようだ。
そのまま振り返ることなく、森の奥へと消えていった。
「……変わったやつだな……」
「……そういう、ひと、なんです」
どちらからともなくため息を吐いた。
痛い思いはしたが、結果としては上々だ。
「……レイジ殿。ありがとう、ございました」
「ん? なにがだ?」
「……命を、救われました」
「いや、そもそも一回この場を離れた俺が悪い。最初からこうしておけばよかった」
「私が、余計なことを、言った所為です」
「いや、確かに俺には覚悟が足りてなかった。人を殺す覚悟なんて、考えたこともなかったよ。……俺の目的。その過程で、誰かが立ちはだかることなんて、少し考えたらわかるのにな。迷宮の魔物だけ相手にしていればいいだなんて、甘い考えだった。……だから、いいきっかけだったよ」
今回は、これで済んだ。
相手が変人だったから。
殺さずに、そして殺されずに済んだ。
けれど、きっといつか、俺は自分の手を汚さねばならぬときが来るだろう。
その予感は、確信として、俺の胸の内で燻る。
その時が来たら……俺は覚悟を決められるのだろうか。
己が目的の為に、誰かを踏みにじる覚悟を。
「そう……ですか」
頷きながら、しかしセシリアの表情は暗いままだ。
「とにかく……疲れたろ。さっきの廃墟に戻って、休憩しよう」
「……そう、ですね」
もう一度セシリアが頷くのを見届けて、俺は踵を返す。
小さな足音が背後をついてくるのをしっかりと聞きながら、俺は森の奥へと戻っていった。
――――――
――アルトロック平原。
迷宮都市アルトロックを背後に背負い、わたしは立つ。
眼前には人間。
それも、大勢の。
人間軍。
凡そ6000人。
対してわたしはひとり……と100体の自動人形。
101の軍勢で、6000の軍勢と相対していた。
ドワーフ達も戦いに出ると言っていたが、わたしはそれを断った。
レイジがそれを望まぬと考えたからだ。
きっと、人死にが出れば、彼は悲しむだろう。
それはわたしも望むところではない。
だから、その代わりに、自動人形を借りた。
この人形たちはわたしの趣味ではないが……さすがのわたしも1人で6000の軍勢を一歩も後ろに通すことなく退けるのは難しい。
不殺のままでは猶更だ。
全員殺してもいいのなら、そう難しいことではないが……。
(きっとそんなことしたらレイジ、怒るんだろうなぁ……)
それは嫌なので、なるべく不殺で行こうと思う。
当たりどころが悪かったりして死ぬのは……まぁ、管轄外だ。
そのくらいはレイジも許してくれるだろう。
そんなわけで、今、わたしはここに立っている。
鎧を着た人間たちが整然と並び、太陽の光を受けて、その鎧がきらきらと輝いている。
その先頭には……。
「勇者、アレックス」
怒りを込めて、小さく呟いた。
彼にも事情があるのだろう。
戦わねばならぬ理由が。
彼は利用されているのだと分かっている。
それでもなお、許せない。
いかな理由があろうと、レイジの想いを、ミリアルドの想いを、彼は踏みにじっている。
それが、たまらなく許せない。
彼我の距離は1kmほど。
わたしが立っている小高い丘を、驚きと共に見つめる勇者をしっかりと見据えて、龍槍を引き抜いた。
その紅が、太陽の元、煌めく。
見るに、人類軍の士気は相当低い。
『平和』を取り戻した矢先の侵攻だ。士気が上がるはずもない。
少し脅かせば、数日の時間稼ぎは出来るだろう。
(その間に戻ってこないと……勇者は殺しちゃうかもしれないよ。レイジ)
槍を高く掲げて、魔力を練る。
わたしの周囲に魔力風が吹き荒れる。
地面を抉り、木々をなぎ倒して巻き起こる、魔力の嵐。
軍勢に動揺が走るのが伝わる。
殺さずに加減するのが難しいが……何とかやってみよう。
練った魔力を解き放つ。
――戦争が、始まった。
今日はここまでになります。
明日も20時に1話投稿になります。
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