23 迷宮探索Ⅸ
機械の迷宮第21層。
狭く暗い通路に降り立ち、ほっと一息つく。
……まさか、ここに戻ってきて落ち着く日が来るとは……。
ずるずると壁を背にしてその場に座り込む。
「……危な、かった」
危なかった。
本当に。
ロックが援護を続けてくれていなかったら、もっと早く致命傷を受けていた。
セシリアが割って入ってくれなかったら、確実に死んでいた。
アリスが魔力を取り戻す方法が無ければ、ドラゴンは倒せなかった。
全てが綱渡り。
まさに紙一重の勝利だった。
今更、手が震える。
――ドラゴン。
フィクションの中でしか知らないその存在。
だが、実際目の前にして、戦ってみると。
(こんなに、怖い、なんて……)
「お兄ちゃん……」
ミリィが俺の隣に座り込む。
そして、俺の腕をきゅっと握った。
俺を見上げる瞳が不安げに揺れている。
「ミリィ……?」
「……」
無言で俺の腕をつかむ力が強くなる。
……相当心配をかけてしまったらしい。
「……レイジ。テントの設営は、俺がするよ。食事の用意も」
ダイモンが気を使ってか、そう提案してきた。
ミリィは俺の腕を離そうとしない。
「……あぁ、すまない。頼む」
「いや……戦闘じゃ役に立てないからな」
そう言って、俺のおろしたバックパックから必要なものを取り出して、黙々とテントの設営を始めた。
「わしも休むのじゃ。……すこし疲れたのじゃ」
そう言って、アリスも言葉少なに、俺の影に潜り込む。
『……レイジ』
(……ん?)
『今日は、ミリアルドの傍に居てやるのじゃ』
(……わかった)
心の中で返事をし、俯くミリィの頭に手を置く。
「大丈夫だよ、ミリィ。どこにもいかないから」
「……うん」
言うが、手は離さない。
……仕方ない。暫くこのままにしておこう。
「……」
セシリアは、俺達から少し離れた場所で腕を組み、壁に背を預けて俯き目を瞑っている。
ロックはロックで、その辺りに腰を下ろして、ふぅ、と息を吐いた。
……全員が全員、疲労困憊といった体だ。
それに……。
(多分、この先のことが不安なんだろうな……)
ここは迷宮の21層。
迷宮はあと9層残っている。
また、ドラゴンのような強い敵が現れた。
次は勝てるのか。
……勝てなかったら、どうなる。
最悪の想定を、頭を振って振り払う。
考えるな。
俺は、ミリィを、皆をここに連れて来た責任がある。
守る。
絶対に。
「……おにいちゃん」
「……ん、どうした?」
「死なないで……」
「……え?」
「ミリィを、ひとりにしないで」
「死なないよ」
「嫌なの。もう、お父さんの時、みたいな……」
「……」
俺の視界の端でセシリアが、視線を上げた。
しかし、何も言わず、再び目を閉じた。
「分かってるよ。ミリィ。大丈夫。俺は死なない。ミリィをひとりにはしない」
「……本、当……?」
「あぁ。約束だ」
「……うん」
深く息を吐いて、ミリィが目を瞑る。
安心……させられたのか。俺の腕をつかむ力が、少し弱くなった。
その日、ミリィは俺から離れず、俺たちは寄り添うようにして眠った。
――――――
翌日。
「……そろそろ、出発しよう」
呟き、立ち上がる。
皆がそれに追随し、それぞれ立ち上がった。
言葉は無い。
重い足取りのまま、俺たちは通路を進む。
ドラゴンが俺たちに刻み付けた暴威は、決して一日やそこらで拭えるレベルのそれではなかった。
「ドラゴンって……」
つい、言葉が漏れる。
「ぁん?」
「あんなに、強いんだな……」
「何言ってんだ。当たり前だろ……」
ロックに呆れられる。
「即死しなかっただけ大したもんだ。悔しいが、俺じゃあ何もできねえよ。ドラゴンの真正面に立って、今生きてる。十分な戦果だぜ」
「……そう、か?」
「あぁ。気にすんなよ。いいか、レイジ」
ロックが、前を向き、歩きながら、真面目な声を出す。
いつもの飄々とした口調ではない。
「生き残れば、勝ちだ。最後に立っていた方が勝者だ。それは絶対不変の真理だよ。お前さんは勝った。過程がどうあれ、誰がお前さんを助けようが、何に救われようが、それがたとえ偶々でも、偶然でもな」
「……あぁ」
「だからよぉ……なんつうんだ?」
「俺たちのことは、気にするな、ですか、王」
「あぁ、それだそれ。もう俺たちは一蓮托生よ。なぁ、ダイモン」
「……そうですね」
「っつーわけでよ、ま、お前さんはどーんと構えていてくれりゃあいいぜ。援護が必要なら、頼ってくれて構わねえしな」
「あぁ、俺も……何が出来るかは分からないけどな」
そう言って、ドワーフ二人が俺の肩に手を置く。
……信頼を、感じた。
「……ありがとう。二人とも」
「ま、ドラゴン級の魔物なんてそうは居ねぇよ! あれに勝てたんなら、こっからは楽勝だな」
肩に置いた手を、ばんばんと叩きつけてロックが笑う。
肩に入っていた力が、それで抜けて行くのを、はっきりと感じる。
「ミリィも……」
俺と手をつないで、隣を歩いて居たミリィが俺を見上げた。
「ミリィも、今は無理だけど……きっと、いつか、絶対に、お兄ちゃんの役に立つから」
「いや、ミリィは今でも十分役に立ってるぞ……?」
「ううん。戦いのときは、ミリィは守られてばかりなの。だから、きっといつか……お兄ちゃんと同じところで戦えるようになるの」
「いや、それは……」
「なるの!」
「……ん、わかった」
俺を真っ直ぐに見上げるミリィの瞳の奥に、強い決意を感じ取って、俺は首肯した。
――――――
それから、3つ、階段を下った。
俺たちの目の前に、光球が再び姿を現す。
パーティに緊張が走る。
「行こう」
その緊張を振り払うように、力強く声を上げた。
そう、俺がここまで皆を連れて来た。
だから、絶対に皆は生きて地上に帰す。
ミリィ、ロック、ダイモン、セシリアを順にみる。
皆が、頷きを返す。
それをしっかり確認して、俺は光球に手を伸ばした。
――――――
閃光、浮遊感、そして着地。
目を開く。
白い空間が、眼前に広がる。
広くはない。
ひたすらに白い空間。
警戒しながら『遠見』を放つ。
何の反応もない。
目視出来る限り、この部屋全体が、俺の『遠見』の索敵範囲だ。
「……なにも、居ないな」
ただ、部屋の中心に、何かがある。
うっすらと魔力を感じる丸い何か。
15センチほどの大きさだろうか。
俺の手にすっぽりと収まりそうなサイズだ。
銀色の何かが、中心にある台座の上でふわふわと浮いている。
「……あ」
そして、思い出す。
――機械に魂を与えようと思って造ったんだけど、魂の定着が上手くいかなくてね……。あ、でも根源魔法Lv3のキミなら完成させられるかも。モノ自体は25層にあるよ――
ドラゴンの衝撃で、すっかり頭から抜けていた。
「あった。そうか。ユウトが言ってた……ロック。あれが、マシナーズハートだ」
「なに!?」
銃を構えて警戒をしていたロックが、言われて声を上げる。
銃を放り出して、台座に駆けていく。
「おおおお!」
そして、何の躊躇もなくその金属で出来た球体を手に取って、様々な角度から眺める。
「なんだ!? これ、どうなってやがる!? バラせるか!? 継ぎ目は……ねぇな……。どうなってやがる!?」
「……ここで敵は……出て来なさそうだな」
「そう、ですね。索敵にも反応は、ありません」
背後で構えていたセシリアも短剣を納め、いつものぼーっとした表情に戻っている。
「……ふぅ」
先を見る。
下に続く階段が目視できる。
このまま素通りできそうだ。
知らず知らずのうちに入っていた力を肩から抜く。
そして、はしゃぎながらマシナーズハートを検分するロックの肩に手を置いた。
「それを調べるのは、迷宮を出てからにしたらどうだ?」
「おっ!? おぉ、おうおう……そうだな、そうすっか。しっかり時間をかけて念入りにやらなきゃあな……ふふふ、俄然楽しみだぜ。絶対生きて帰るぞレイジ!」
「お、おう……そのつもりだぞ」
「さっさと行くぞ!」
そう言って、俺たちを先導し、階段を我先にと下っていくロック。
……なんていうか、本当に嬉しいんだなあ……まあ、いいか、と肩を竦め、俺もそれに続いた。
短いので、本日ももう一話、1時間後に投稿いたします。