05 さらば迷宮都市ザイン。
翌日。
(結局……ほとんど眠れなかった……)
俺には昨晩の出来事は刺激が強すぎた。
姉ちゃんのことが頭から吹っ飛ぶ程度には。
(ごめん、姉ちゃん……! 姉不幸な弟で……!)
寝不足でふらつく頭を振りながら、ベッドから起き上がる。
アリスもミリィもすでに起き出した後らしい。
部屋には俺一人だった。
(ていうか、よく考えたら、女の子二人と同室っていうのもどうなんだ、俺……今更だけど)
ミリィのことは女の子として換算していないつもりだけど、アリスは……。
昨日の、何かを……いや、誤魔化すまい。
キスをまっているようなアリスの顔を思い出す。
(うぉおおおおお!?)
「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散!」
柱に頭をぶつける。
凄まじい音を立てて柱がブチ折れた。
「あああ!? 吸血鬼の身体能力が仇に!!」
対して俺の頭は無傷。
レベルアップの所為だろうか耐久力が上がっている気がする……。
「……どうしよう、これ……」
中ほどから折れた柱を見る。
「お兄ちゃん!?」
「レイジ、どうしたのじゃ!? 凄い音がしたのじゃ!」
ミリィとアリスが部屋に飛び込んできた。
「……え、あ、いや……頭ぶつけてたら折れちゃった……」
「……なにしてるのじゃ……」
――――――
宿の人に謝って、いくばくかの金貨を渡した。
多かったらしく、受け取れないと言われたが、百パーセント俺が悪いので無理やり押し付けた。
「……さて、と」
宿を出てじりじりと照りつける太陽を見上げて、手でかさを作る。
今日も暑い。
「出発するか」
『そうじゃな』
「うん!」
暫く滞在したザインとも、今日でお別れだ。
まずは市で食料を買い込まないとな。
「なぁ、アイゼンガルドってどのくらいで着くんだ?」
『そうじゃな……レイジひとりなら2日も走れば着くのじゃが』
「いや、それって48時間走りっぱなしでってことだろ」
『うむ』
「……普通に行くとどのくらい?」
『乗り合い馬車やなんやらを使って移動するのじゃったら、ひと月くらいは見ておいた方がいいじゃろな』
「ほーん。結構長旅になるな」
「ミリィ旅すきだよー?」
「はは、またミリィに野営とかは頼らないとだな」
「うん! まかせてなの!」
頭を撫でると、嬉しそうにミリィが目を細めた。
「なにが必要かな。食料はいいとして……。あ、そうだ。テントは買わないとな」
『そうじゃの』
「ていうかアリスの城を出るときに持ってきたらよかったな」
『そんなものはわしの城にないのじゃ』
「……そうですか……」
「食べ物は干し肉以外も買っていった方がいいなの」
「はい……」
一か月干し肉生活は、迷宮で懲りた俺たちなのだった。
その後、必要そうな品を市で買い込み、俺たちの旅の準備は終了した。
「さて、レイリィにあいさつに行かないとな」
「うん。……レイリィちゃんにもお礼言わないとなの」
「……そうだな」
すこし寂しそうにつぶやくミリィ。
……仲良くしてたもんな。
今生の別れとはならないだろうが……まぁ、それでもさみしいものはさみしいのだ。
特にレイリィには、こっちに来てから随分と世話になったし。
レイリィが滞在しているという、ヘイムガルドの迷宮探索拠点へと向かう。
ザインに到着した日に行ったきりだ。
相変わらず人が多く、ごみごみとしている。
迷宮が踏破されたとはいえ、資源採掘などは相変わらず行っているのだろう、活気があった。
「えーと。レイリィ、レイリィ……と」
黒髪ツインテールを目印にレイリィを探す。
が、見つからない。
その辺を歩いてる兵士とかに聞いてみたほうがよさそうだ。
適当な兵士を見つけて、声を掛けようとした……とき。
がし、と物凄い力で肩がつかまれた。
「うぉお!?」
びっくりして変な声が出た。
「よォ! 坊主!」
ぐい、と肩を引っ張られて、無理やり後ろを向かされる。
「が、ガラハド、さん」
2mくらいありそうな、フルプレートを着込んだ巨体がそこにいた。
ガラハド・ギャレンブリク。
レイリィや勇者アレックス達と魔人領で魔王を討伐した、人間族最強の5人のパーティ、その一人だ。
ザインに来た日に少し話をして、それきりだった。
「おォ! 今日はどうした坊主! また迷宮にでも潜るのか!?」
がはは、と豪快に笑い、俺の肩をバンバンと叩くガラハドさん。
痛い痛い。
「今日、は、レイリィ、に、用事、が」
「おォ! 嬢ちゃんに用事かァ! こっちに居るから着いてきな!」
バカでかい声を上げながら、ガラハドさんが先導してくれる。
人ごみをかき分けて、どすどすという効果音が聞こえてきそうなほどの大股で歩いていく。
他の人より頭ふたつぶんくらい大きいから見失うことはなさそうだ。
ミリィの手を握って、「スミマセンスミマセン」と日本人らしく人ごみの中をついていく。
暫く歩き、ひときわ大きな天幕の集まりに到着した。
兵士たちが慌ただしく動き、周囲の木箱の中には大量の魔物の素材や魔石が積まれている。
「おォ! 嬢ちゃん! レイシア嬢ちゃんは居るかァ!」
「ガラハド……そんな大声を出さなくても聞こえるわよ……」
髪の毛をハーフアップにし、白いドレスを着たレイリィが、やれやれと天幕から出てくる。
「あら、レイジじゃない」
「おう。今日はお姫様モードだったか」
「なによそれ……。どうしたの? 何か用事?」
「あぁ。出立しようと思って。挨拶に来た」
「え、もう? ……そう。寂しくなるわね」
護衛らしき兵士たちを、「大丈夫よ」と下がらせて、レイリィが俺たちに近寄ってきた。
「それで、次はアイゼンガルドに行くのよね」
その辺の木箱に座ってレイリィが尋ねてくる。
俺も同じく木箱に座った。
「ん。そうしようと思ってる」
「そう。道中気を付けて……ってまぁ、レイジたちなら平気よね。きっと」
「はは。ありがとな。気持ちはもらっておくよ」
「ええ」
そう言って微笑みかけてくるレイリィ。
そんな恰好で上品に笑うと、本当に王女様なんだな、なんて思う。
「レイリィには随分世話になったよ。ありがとうな」
「ううん。こちらこそ、よ。貴方がくれた平和、これからしっかりまもっていくわ」
「大袈裟だな。……でも、そうだな。任せたよ。レイリィなら大丈夫だ」
「ふふ。……うん、本当に、ありがとうレイジ」
立ち上がり、スカートの端をつまむレイリィ。
そして、
「聖人レイジ。貴方の行いに、我ら人間族を代表して、人王アラスターが娘、ヘイムガルト王国王女、レイシア・ジゼル・ヘイムガルドから正式にお礼を言わせていただきます」
そう、しっかりと頭を下げた。
「お、おい、やめてくれよ……!」
何事かと周りの兵士から視線が集まる。
「レイシア様が頭を下げておられるぞ」
「聖人?」
「聖人って言ったか?」
「じゃああれが?」
「迷宮を踏破したらしいぞ」
「中の魔物をちぎってはなげ、ちぎってはなげ……」
「聖人って実在したんだな……」
「聖人で精豪らしい」
「必殺技はビームだとか……」
ひそひそと、そんな言葉が交わされる。
レベルが上がって強化された俺の五感が余さずそんなひそひそ声を拾い上げてくる。
(なんか根も葉もないことも言われてないか……? ビームなんて出せないぞ)
そんなことをおもっていると、レイリィが俺に身を寄せて、耳打ちをしてきた。
「ふふ。聖人が迷宮を踏破してわたしたちの心に平和を取り戻した、って吹聴しておいたわ」
「え、おい、なにやってんだ!?」
「そっちの方が動きやすいかな、って。そういうときもいつか来るはずよ」
「そう、なのか?」
「別に隠すようなことでも無いでしょ? ね、聖人レイジさま」
いたずらっぽくウィンクをして、俺から体を離すレイリィ。
「レイシア様も聖人の毒牙に……?」
「なんてこった、それじゃあ聖人じゃなくて性人じゃねえか」
やかましいぞ兵士2。
「……はぁ、まぁ。隠しているわけでもないから、な」
ため息を吐いて、レイリィに手を差し出す。
「?」
なぁに? と首をかしげるレイリィ。
「握手だよ。世話になった」
「あぁ。……ふふ。ええ。こちらこそ。……またね、レイジ」
「あぁ。また会おう」
きゅ、と女の子らしい握力で俺の手が握られる。
笑みを交わして、手を離した。
「……ミリィも」
俺の隣にいるミリィに視線を合わせ、レイリィが言う。
「うん……レイリィちゃん」
ぎゅ、とレイリィに抱き着くミリィ。
「ん……。帰っても、元気でね、ミリィ」
「うんなの……」
「ちゃんと、レイジに家まで送ってもらうのよ」
「うん……」
「魔法の練習は続けること」
「うん……っ」
徐々に涙声になっていくミリィ。
「もう、これで今生のお別れってワケじゃないんだから、泣かないの」
そう言ってミリィを抱きしめるレイリィの声も、少しふるえていた。
(……種族が違っても、こうやって仲良くできる。別れを惜しんで、涙を流すくらいに)
俺はその光景を、目を細めてみていた。
ややあって、二人が離れる。
ぐしぐしと目元を擦り、ミリィが俺の手を握った。
「それじゃあ、行くよ」
「ええ。元気で」
「そっちもな」
踵を返し、歩き始めようとする。
その時
「なあ坊主」
ガラハドさんに声を掛けられた。
神妙な声色だ。
ん? と振り返る。
「どこに行くのかは知らねェが、どっか行く前に俺と模擬戦しねェか?」
「……はい?」
「いやなァ。坊主がつえぇのはみりゃ分かるんだが……迷宮から戻って来た後、もっと強くなってるからよ。興味が湧いてなァ」
「えぇ……いや、その……やめときます」
にべなく断った。
闘う理由が無い。
「んー? そうかァ? がはは! まぁしゃあねえな! 無理強いは出来ねぇやな!」
「……ほ」
「露骨にほっとした顔すんじゃねぇよ! ま、坊主とはいつか戦うことになる気もするしなァ。……そんときの楽しみにしとくわ」
がはは、と豪快に笑って、ガラハドさんが去っていく。
「あの人バトルジャンキーか何かなの……」
「そうね……。まぁ、戦いが好きなことは確かね」
レイリィが妙に真面目な顔で頷く。
「……さて、今度こそ行くよ」
「ええ。またね、レイジ」
「ああ、また。元気でな」
今度こそ、俺は踵を返し、キャンプを後にした。
レイリィは姿が見えなくなるまで、俺たちを見送っていた。
そうして俺たちは、迷宮都市ザインを出立した。
ドワーフの国、アイゼンガルドを目指して。
出発です。
明日も同じ時間に一話投稿いたします。
気に入っていただけましたら、評価やブックマーク、よろしくお願いいたします!