04 姉
すこし長くなってしまいました。
リィンは実はそんなにいろいろ知っているわけではありません。
その理由も、またいずれ。
「そうですね。まずは……」
真剣な声を出すリィン。
こいつのこんな表情、初めて見たかもしれない……。
それだけ重要な話だということだろう。
俺も佇まいを直す。
「……なにからお話ししましょ?」
ずっこけた。
「お前なぁ!!!!」
思わず紳士らしくない大声を上げてしまった。
ミリィが「うぅん……?」と唸り声をあげる、が……。
「んぅー……おにいちゃんえへへー……ぐぅ」
一瞬の後、幸せそうに再び寝息を立て始めた。
「もう、レイジさん、小さい子が寝てるんですからー、大声は駄目ですよー?」
「コイツどついたろか……」
「ひぇ……ごめんなさい……」
本気の殺意をぶつけると、リィンが怯んだ。
「……で?」
「で、とはなんでしょう?」
「だから、話の続きだ。集合知」
「あぁ!」
おとぼけ駄女神にイライラしつつ言うと、ぽん、と手を叩いてリィン。
「そうですね……ええと、何からお話ししたらいいんでしょうか……端的に言いますと、あの方々が私の主です」
「……は?」
「ですから、集合知。あの方々が私が仕えている主です。レイジさんをこの世界に呼んだ張本人ですね」
「……それは、えぇと……」
なんというか、爆弾発言だった。
「つまり、あいつらが神、ってことか……?」
「……いいえ、神とは違います。あくまでも私の主はこの世界に存在する人類の集合知全てです」
「目的はもちろん」
「えぇ。……レイジさんにこの世界を救ってもらうことです」
「……世界を救う、か。俺が迷宮で『情報端末』にアクセスして、各種族に『平和』の概念を取り戻していく……基本的にはこれでいいんだな?」
「はい。間違いありません」
「……なぁリィン」
「ほえ?」
ほえ? とか言い出した……。
なんだこいつ。ちょっとかわいいのがなおムカつく。
「……俺って地球で、本当に死んだのか?」
「――……」
驚いたように目を見開くリィン。
二の句が継げぬ様子だ。
返事は、その反応で十分だった。
「……やっぱりな。妙だとは思ったんだ。転生っていうからには、俺はこの世界で生まれ直さなきゃいけないはずなんだよ。でも俺は着の身着のままこの世界にやってきた」
つまり。
「死にかけてた俺を、どうやってかこの世界に転送して、聖魔法か何かで治療した、ってところか」
「――……はい、その通り、です」
「ってことは、俺が前世でたくさんの人を救ったっていうのも嘘ってことだな」
「……だ、だましたことは謝ります……で、でも……」
「まだあるぞ。……この場合は異世界召喚になるな。俺が召喚された理由だ。――俺が持ってる根源魔法の才能だな?」
俺の魂魄情報に記されている情報は、俺の魂に刻まれたものだ。
吸血鬼という種族以外は、後天的に与えられたものではない。
要するに俺は、高レベルの根源魔法の才能を持っていたから、ここに呼ばれた。
世界を救う為に。
「この才能……しかも俺ほど高レベルのものを持っている人間はきっと少ないんだ。……別の世界を探さないといけない程度には。だから、そうだな、その俺を都合よく使うためにこの世界に呼んだ。そういうことだろ?」
「……はい」
しゅん、と肩を落とすリィン。
騙していたことについては、本当に反省しているようだ。
「まぁ、それ自体はいいさ。……まさか、地球での事故もお前の差し金ってことはないよな?」
「そ、それは違います! 本当です!」
「……ま、それならいいさ。どうせ死んでただろうことは確かだしな。そういう意味じゃアリスと同じでリィンは俺の命の恩人ってわけだ」
「……うぅ……レイジさんお優しい……」
「なんせ俺は聖人だからな」
「流石です! 聖人様!」
「ていうかそうなると、いよいよもってお前の寄越したっていう女神の加護ってのが意味不明になるぞ。一体何の役に立つんだ」
「本来は役に立つんですよ! 聖剣を使えたり聖魔法を使えたり!」
「いや、俺に剣の才能も魔法の才能もないの知ってるじゃん……」
「あ、あと魂魄情報も見られますよ!」
「……見れなくても特に困らなくない?」
「……」
あ、涙目になった。
「あぁ、あと」
「……ぅー、なんですか?」
「この世界に来たてくらいのころ、俺の思考に介入してきたのもお前……か集合知か知らないけど。どっちかの仕業だな?」
「ぁぅぁぅぁぅ…………」
さらに涙目になった。
「俺が『何でこんなことしないといけないんだ?』って考えるといつもあたまぼーってさせて来ただろ」
「……き、気づきました……?」
「聖人の門をくぐった後、根源魔法について理解してからな。そういう介入に対してある程度レジストが働くみたいだな」
魂にかかってるロックに対してもレジストが働くらしいからな。
「まぁ、それはいいんだ。俺がこの世界に召喚されたことも、その理由も。それに関しては別に今更どうこう言うつもりもないしな」
それに、と続ける。
「今は俺が、俺の意思で、俺の為に、この世界を平和にしたい、って、そう思ってるよ。だから、気にするな」
「……レイジさん……」
「これは俺が自分で決めたことだ。だから、お前も集合知も、俺に任せておけ」
とん、と胸を叩いて請け負う。
そう。これは俺の決めたことだ。
誰の介入もなく、俺が、俺自身の意思で。
だって、報われたのだ。
迷宮で見た、レイリィのあの笑顔で。
魔族のミリィと、人間のレイリィが仲良くする姿を見て。
世界中がこうだったらいいのにな、って、思ってしまったのだ。
始まりは強制されたことでも、今のこの俺の想いは、間違いなく俺のものだ。
だから、俺はそれを成そう。
俺の力が及ぶ限り。
俺の命が続く限り。
「で、だな。リィン」
「は、はい……ごめんなさい、ちょっとうるうるしちゃって……」
ぐしぐしと目を擦るリィン。
さて――ここからが本題だ。
リィンに聞きたかったこと。そのために今日、リィンを呼んだ。
さっきまでの話は、もののついでだ。
「――ひとつ、聞かせてくれ」
「……はい。なんでも聞いてください」
「俺にとってすごく大事なことだ。ごまかさず、嘘をつかないと約束してくれるか」
「――……はい。私にわかることでしたら」
俺の真剣な雰囲気を察したのか。
こんどこそリィンも真剣な表情を作った。
「……キリバ カエデという名前を聞いたことは?」
「キリバ、カエデ……はい。聞いたことあります」
――やっぱり、か。
姉ちゃんも、やっぱりこの世界に。
「……お前がこの世界に召喚したのか?」
「いえ。私はその方の召喚には関わっていません。主も同じくです」
「……お前が関わらない召喚って、あるのか?」
「頻繁にではありませんが、ままあります。時空の歪みによる単なる事故だったり」
「そう……か」
呟いて、大きく深呼吸をする。
「――カエデ……いや、姉ちゃんは、今、どこで何をしているか、わかるか?」
「っ……」
隣で小さくアリスが息を呑む。
たしか、迷宮でも姉ちゃんの話をしたときに、似たような反応をしていた。
体を強張らせて、悲しいような、怒っているような、そんな反応。
アリスは何か、姉について知っているのだろうか。
でも、今はリィンに話を聞くのが先だ。
「……亡くなっています。20年前に」
リィンは、一言、絞り出すようにそう言った。
「ぁ――――……そう、か」
胸に何かがつっかえる感覚。
過去何度も感じたことのある感覚。
胸のつかえで、うまく息が出来ない――
――これは、そうだ。
ショック、なんだな、俺。
「――……20年前……そうか」
「れ、レイジ……」
「ん? どうした、アリス」
「……ぁ……」
顔を向けると、今にも泣きそうな表情をしているアリスと目が合う。
アリスの形のいい唇が、何か言おうと開かれ……再び結ばれた。
「なんでも、ないのじゃ……」
「そう、か?」
俺から目を逸らし、俯くアリス。
「話したくなったらで、いいからな」
「うむ……いつか、必ず。話すのじゃ」
「ああ」
ぽん、とアリスの頭に優しく手を乗せた。
そうだ。きっと、いつかアリスは話してくれる。
今はそう信じる。
「……でも、そうか、姉ちゃん、死んだのか」
「……レイジさん、その……」
「いや、いいんだ。そうなんだろうな、って思ってた。こっちに来てたのは、まぁ意外だけど。うん、向こうで行方不明になってから3年だし。……そうだな、覚悟は……」
出来ていた、筈、だ。
なのに……。
「……そ、か」
声が震える。
頬を熱いものが伝う感覚。
……涙が、出ていた。
「……っ……ぅ……ぅうう……!」
嗚咽を押し殺す。
恥ずかしいところをアリスやリィンに見せたくない。
そんな気持ちとは裏腹に、涙は止まってくれない。
――『ねぇ、レイ君!』
――『うん?』
――『お姉ちゃんね、レイ君のオムレツが大好きなんだ!』
――『なんだよ今更。知ってるよ』
――『だからね、帰ってきたら、お姉ちゃんにオムレツ作ってくれる?』
――『いいけどさ。随分突然だな』
――『うーん。そうかな?』
――『別に言われれば、いつだって作るよ』
――『そっかー! えへへ。お姉ちゃんうれしいなぁ! じゃ、行ってきます!』
――『いってらっしゃい』
――――思い出すのは、姉を最後に見た日の会話。
オムレツを作って待っていたその日、姉は帰ってこなかった。
「……ん」
鼻をすすって、涙を拭く。
顔を上げた。
「大丈夫だよ」
あぁ、大丈夫。
この世界を平和にしないといけない理由が、もう一つ出来てしまっただけだ。
――ファンタズマゴリアでは、人は死ねば死体は残らない。ただ魂の情報になって、天に昇るだけだ。
でも、姉の眠るこの地を、争いの絶えない悲しい世界のままにはしておけない。
だって姉ちゃんは、優しい人だったから。
根源魔法の才能が、姉ちゃんにあったかどうかは分からないけど、持っていたのなら、いや、持っていなくても。
きっとこの世界の状態に心を痛めていたはずだ。
だから。
ぐ、と拳を握る。
(姉ちゃんも、俺に任せとけ。きっと、この世界は俺が)
救ってみせる、とそう、再び俺は決意した。
「……に、しても。20年前か」
「……そう、ですね」
「聖人ユウトの場合もそうだったけど。召喚される時代はバラバラなんだな」
姉が地球で行方不明になったのは3年前だ。
体感でしかないが、時間の流れが違うとか、そういうわけではなさそうだし、召喚される時代がこちらでバラバラなのだろう。
姉は20年前。ユウトに至っては3000年前だ。
……まぁ、ユウトに関しては俺と同じ時代の人間じゃない可能性もあるけど。
「……ごめんなさい」
と、突然リィンが俺に頭を下げる。
「え? なにがだ」
「カエデさんの居る時代に、召喚することが出来なくて……」
「いや、それってそっちで選べるのか?」
「いえ……無理です……」
「なら仕方ない。過ぎたことだ。……もちろん、悲しいけど。まぁでも、仕方ないことは仕方がない」
リィンが謝ることではないと思う。
「……はぁ。うん、大丈夫だ。気にするな。姉ちゃんの話はこれでおしまい!」
大きく深呼吸、気持ちを落ち着ける。
ぱん、と手を叩く。
「そう……ですか。他に、何か知りたいことはありますか?」
「そうだな……。あぁ、そうだ。迷宮の最奥にあった『情報端末』……ていうか、『無限物質』について何か知っていることはあるか?」
「……すみません。アレに関しては、何もわからないんです。私も、主も」
「そう、か……」
次の迷宮で、ユウトの残留思念に聞いてみるしかないか。
「他に……なにか」
訊きたいこと……と考える。
でも……。
(今は……ちょっと姉ちゃんのことで、頭がいっぱいだな……)
考えがまとまらない。
「いや、とりあえずは、大丈夫だ。……ありがとな、リィン」
「いえ……え? ありがとう、ですか?」
「あぁ。姉ちゃんのこと、聞けて良かったよ」
「……そうですか」
「うん。……そうだな。また何か聞きたかったら呼ぶよ」
「はい。分かりました。――私は、いつでもあなたを見守っていますよ」
そう言い残して、リィンが光と共に消えた。
「アレはなんか女神の挨拶的なアレなのかな……」
目じりに残った涙を拭きながら言う。
「レイジ……その……」
アリスが、きゅ、と俺の服の裾を掴んで、見上げてくる。
泣き出しそうな、怒ってるような、困っているような、そんな表情で。
「どうした?」
「わた……わたし……その」
「ん?」
出来るだけ優しく聞こえるように、訊き返す。
「……レイジの……ん」
瞳が揺れる。
口が開き、噤まれる。
何回か繰り返し。
「……ごめん、なさい」
アリスは最後に、謝った。
「……いや、大丈夫だぞ。何のことかわからないけどな。アリスに謝られることされてないぞ?」
「……うん」
「何か、話したいけど話せないことがあるんだな?」
そして、それはきっと姉に関することなんだろう。
俺は鈍いが、それくらいは分かる。
「……そう、なのじゃ」
視線が交差する。
叱られるのを怖がる子供のように、アリスの瞳の奥には、罪悪感が浮かんでいた。
「さっきも言ったけど。アリスが話せる時で大丈夫だ。幸い、俺達には時間が無限にあるからな」
ちょっと茶化してそう言う。
もう一度頭に手を乗せて、ぐしぐしとその髪を撫でた。
「な?」
「……ん。ありがとう。レイジ」
そう言って、アリスはやっと、にこりと、ほほ笑んでくれた。
……今気が付いたけど、すごく、顔が近い……ことないか?
気付けば、俺たちは至近距離で見つめあっていた。
形の良い唇と、長い睫毛が視界いっぱいに広がる。
少し潤んだ金色の瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えた。
「……ぁ」
アリスも気づいたらしい。
小さくくちが開かれ、吐息が漏れた。
……なんか色っぽい。
「そ、の……」
「……ぇっと……」
見つめあったまま、俺たちは意味のない声を発する。
アリスの頬に朱が差す。
手は俺の服を握ったまま、俺の手は、さっきアリスの頭を撫でた状態のまま……つまり、頭を抱くような恰好になっている。
……要するに、まるでキスをする、寸前のようなポーズ。
「……」
「……」
お互いの息遣いだけが暗い部屋に響く。
どくどく、と心臓がうるさい。
耳元に心臓があるのかと錯覚するほどの音量。
随分と伸びた俺の前髪がアリスの頬に触れ「ん……っ」とアリスが擽ったそうな声を上げた。
そして――
ゆっくりと、アリスが、目を、閉じた。
――つぃ、とアリスの顎が上がる。
唇が薄く開かれて、まるで何かを待っているかの……よう、に。
……これ、は。
ごくり、と生唾を飲み込む音が、やけに大きく響く。
頭にのせていた手を、そっと頬に滑らせて、その唇に……。
「んぅー……? お兄ちゃん?」
「あんぎゃぁああ!?」
「っっっ!っ!っ!?」
びっくうううう! とアリスと二人、大きく体を跳ねさせて、即座に距離を置く俺達。
「お、おおぅおう? どどう、どう、どうしたミリィ?」
「んー……? だれか、いたなのー?」
すんすん、と鼻をひくつかせるミリィ。
「だ、だれ、だれもいないのじゃ!? な、なぁレイジ!?」
「お、おう? おうおうぉうう、いないぞ!?」
「そうなの……? んぅ……眠いなの……」
それだけ言って、パタリ、とベッドに横になるミリィ。
そのまますうすうと再び寝息を立て始めた。
(……あ、っぶな……かったぁ……)
雰囲気に流されてキ、キス、するところだった!
アリスも我に返ったのか、視線を泳がせまくっている。
挙動不審だ。……多分俺も同じ感じだけど。
「……ね、寝るか」
「そ、そうじゃな。うん、それがいいのじゃ……!」
――ドギマギしたまま、俺たちは床についたのだった。
次回から、ドワーフの国、アイゼンガルドに出発です。
明日も同じ時間に投稿します
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