19 ザインへの道程で
――気まずい。
翌日。ザインに向かう馬車の中で、俺は気まずい思いを抱えていた。
(あんな……!俺は……! 俺はなんであんな気障なことを……!)
昨日のアリスとの一幕を思い返し、俺は羞恥心に悶えていた。
(あれじゃあ、まるでプロポーズみたいじゃないか……!)
ここがベッドのうえならば、枕があったならば、俺は間違いなく枕に顔を埋めて、足をバタバタをしていただろうに違いない。
アリスは朝から俺の影に潜り、何も言ってこない。
朝顔を合わせた時も、顔を逸らしてもごもごと朝の挨拶らしいことを呟いたのみだ。
今俺の心の中を覗いていないことを祈るのみ。
(そもそもなんだよあの笑顔! 反則だろ! そりゃアリスは美少女だよ!? そんなことは分かってたさ! でもさ!)
あんなにあどけない笑顔で、あんなに優しい声色で、あんなこと言われたら――
(意識するに決まってる!!! 17年彼女なしの純情をなめるなよ!?)
のじゃのじゃ言ってろよ! のじゃロリ吸血鬼め!!!
「ねえミリィ……あれ、どうしたの?」
「わからないなの。朝からずっとあんな感じなの」
「ふーん」
悶えてじたばたする俺を、レイリィとミリィが不思議そうな目で見ていた。
「ぐあああああ!!」
空に叫ぶ俺を、憎らしいほどの晴天が見下ろしていた。
――――――
「さて、ミリィ。今からあなたに魔法を教えるわ。魔法で戦闘できるほどとは言わないから、魔力の扱いと、自分と装備に使う強化魔法くらいは覚えて欲しいわね。安心してあなたを迷宮に連れていけるように、ね」
「わかったなの! お願いしますなの!」
ひとしきり俺が悶え終わると、レイリィとミリィが面白そうなことを始めた。
……というか、俺がお願いしたことだった。
「俺も一緒に聞いてていいか?」
「ん? もちろんいいわよ。レイジは何か魔法の才能があるの?」
「一応。まぁ、Lv0だけどな」
「なるほどね。まぁ、Lv0でも魔法を使うこと自体は出来るから、今からミリィに教えることは無駄にはならないはずよ」
「なるほど」
「ミリィは? ミリィは?」
何の魔法が使えるなの? とミリィが俺に尋ねる。
「ミリィは土魔法の才能があるみたいだぞ。因みにそこのレイリィは5つくらむぐっ!?」
「ちょっと!」
いいかけて、慌てたレイリィに口を塞がれた。
顔が近い!
ツインテールが鼻先を掠めてくすぐったい。
『……』
影の中からなぜか怒りのオーラを感じた。
「なんだよ!」
「これでも、私有名人なのよ? あんまり大きな声でそういうこと言わないで」
「うお、おぉう、そうか……」
馬車は乗り合い馬車を乗り継ぐらしい。俺達以外にも何人かの旅人のようなものが乗っていた。
たしかに、王女とかバレると面倒かも。
「すまん。続けてくれ」
「はぁ、もう。まったく……他にも! 迂闊なこと言わないでよね……?」
他にも、を強調してレイリィが俺から体を離す。ほのかに甘い香りが鼻をくすぐった。
俺が吸血鬼だとか聖人だとかミリィが魔族だとか、そういうたぐいのことだろう。
お口にチャック、だ。
『……』
怒りのオーラを影から感じる。
なんだよ……なんか言えよ……。
「まず、魔法の発動からね。ミリィに関しては、属性が分かってるからわかりやすいわ。土属性の魔法は、自然物に作用する魔法なの。地面や木、金属、その辺りね。硬くしたり、逆に脆くしたり。言い換えると、無から何かを作り出すのには向いていないわ」
「へぇ、そういうもんなのか。無から石を作り出して相手にぶつけるとかできないってことか?」
「できなくはないけれど、それなら大気の水や、熱を操作して水魔法や火魔法を使ったほうが効率がいいわ」
「なるほど?」
なるほど。
「だから、装備に作用させて性能を向上させるのに向いてるわ。見てて」
はい、と手のひらに石を載せて俺に突き出してくるレイリィ。
「ん?」
「なんでもいいわ、この石を砕いてくれる?」
「ん、あぁ……」
ぶっちゃけ、今の俺の力なら石を砕くくらいわけない。
デコピンで十分だろう。
「ほれ」
ピン、とほとんど力を入れずに石を指で弾く。
パガッ、だかペガッ、みたいな音を立てて石が砕け散った。
「……」
「わぁ」
唖然と砕け散った石を見つめるレイリィ。
目を丸くして驚くミリィ。
粉末状の石の粒が風にさらわれて消え去った。
「いえ、まぁ……うん。今のが何も強化してない石ね」
ぱんぱんと手を叩き、砂を払うレイリィ。
「次に、はい、これ。……っていうか結構強化しないとダメっぽいわね……んっ!」
レイリィの手のひらに魔力が集まり、石に流れ込むのが見える。
物凄い魔力だ。
「石を硬く、強くする。大事なの具体的なイメージよ。そうね、鉄くらいなら……いや、聖銀……?」
「いや、そこまで硬くなくてもいいから……」
聖銀は、折れず曲がらず、という不思議物質らしい。
どう加工してんだよ。
「出来たわ、はい」
そう言って手を突き出してくるレイリィ。
「おう。ほれ」
ピンッと、デコピン。
ヒュンッ! と音を立て、レイリィの頬を掠めて石が飛んでいく。
馬車の天幕の穴が開き、遠くの木にぶつかって何本か貫通した。
「…………」
「…………」
「……すまん」
唖然の次は愕然だった。
2人がバケモノでも見るような目で俺を見てくる。
いや……ごめんね、ほんと……。
「ごっほん……! というわけで石は砕けなかったわ」
「せやね……」
「うん、なの……」
凄く微妙な空気が流れてしまった。
「気を取り直して……今のが土魔法の基本魔法、『物質強化』よ。単純に強固なイメージを以って石に魔力を注ぐの。やってみて」
「はいなの!」
石をレイリィから受け取り、むむむ、と見つめるミリィ。
うっすらとだが、魔力が放出される。
「魔力が拡散してるわ。もっと石に……そうね、コップに水をそそぐイメージが近いかしら」
「むむむ……こうなの……?」
ぎゅーっと石を握りこみ、もっと強く念じるミリィ。
「そうね、その調子。でも、あまり急いでしまうと……」
ぴき、と石にひびが入り、真っ二つに割れた。
「急激な変化に物質が耐えられず、こうなってしまうわ。だから、慎重に、けれどより多くの魔力を注ぐの」
「はい、なのっ! むぅー!」
割れていない石を受け取って、ミリィが再び唸る。
(ふーん。なるほどな……こんな感じ……か?)
俺も石を拾い上げて、魔力を注ぎ込むイメージをする。
「ひっ!? レイジ!? ちょっと貴方なにやって……!?」
ぞぞぞ、と魔力が俺の体から石に向かって殺到する。
「あ……」
ぎぎぎぎ、と石が石らしからぬ音を立てて――
「ちょっとそれ遠くに放り投げて!!」
「えっ!? あ、おう! てやっ!」
慌てて遠投する。
投げた先で――
ドガァアアアアン!
と。とんでもない音を立てて爆発した。
「何してるのよ貴方!?」
「いや……俺も石強化しようと思って……」
「いい!? あなたの魔力は普通のものとは違うの! 石程度の存在許容量じゃ、あなたのその特殊な魔力に耐えられるわけないでしょ!?」
「え、そうなの……」
「そうなの! あなたが魔力を通して耐えられる物質なんて、それこそ聖銀くらいのものなの!」
「ごめんなさい……」
「まったくもう、迂闊に魔力を使わないでよね……」
言いながら周りを見回すレイリィ。
ぎょっとしているほかの乗客たちと目が合って、ははは、ごめんなさい……と頭を下げる。
そして、俺の耳元に顔を近づけて
「いい? 吸血鬼の魔力は、魔法によって変質させなくても、魔力そのものが破壊力をもった一種の武器になり得るの。だから、本当にうかつなことしないで」
と囁いた。
「わ、わかった……」
魔力そのものが破壊力を持ってる……それはアリスの発するあの重圧と同じようなものだろうか。
あれはアリスが魔力を垂れ流しているだけで発生するものらしい。
つまり、アリスの魔力は、何をしてなくても物理的な力を持っているのだ。
……ん? だったら、それに指向性を与えてやれば、俺にも攻撃魔法の真似事が……?
「ほら、また拡散してるわよ。ちゃんと向きと量を調節して……」
「はいなの……!」
レイリィとミリィが特訓を再開した。
俺はそれを横目にあれこれと考えてみる。
(駄々洩れになってる魔力を一点に集めて、収縮。あとは、指向性だけだ。ビームみたいに……いや、それだと拡散しちゃうのか……?)
むむむ、と唸りながら手のひらに魔力を集めてこねくりまわしてみる。
「レ・イ・ジ……!?」
目ざとく俺が何かしていることに気づいたレイリィからお叱りが飛んでくる。
乗客がひぇえ、と俺に慄いていた。
「あ、ごめん。つい……ちょっと試してみたくて……」
「やめなさい!」
「ごめんなさい……」
(もうちょっとで出来そうだったんだけどな……。また今度人のいないところで試してみよう)
そう思い、俺は手のひらの魔力を拡散させた。