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02 アイゼンリアで


ザザァン……と浜に波が押し寄せる音。

海が生命の母と呼ばれる所以がわかるというもの。

浜で膝を抱えて座り、俺は寄せては返す波の音に、不思議なくらい落ち着きを覚えていた。


『……海を渡る手段を考えてなかったから途方に暮れているだけなのじゃ』


「やめて!! 俺の詰めの甘さをチクチクしないで!」


はぁ、とため息の気配。

じりじりと肌を焼く太陽が作る俺の影から、少女がはい出てきた。


火のように紅いその長い髪が、潮風にさらわれるのを、鬱陶しそうに手で押さえつけながら、その金色の瞳を呆れたように細め、俺を見つめる。

そんな渋い表情であるのにもかかわらず、彼女の美貌は一切損なわれることがない。


空前絶後の美少女である。

やや幼い印象を受けはするが、それはそれ、美しさの中にかわいらしさを同居させるという意味では、むしろその大人びた表情と、造形の幼さのアンバランスさが、危うい魅力を彼女に与えていた。


――アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト。


俺がこの異世界ファンタズマゴリアに召喚されてから、初めて出会った人間……いや、吸血鬼。

世界に7人居る、7王と呼ばれる存在、その一翼。

賢王。吸血鬼が王。真祖……まぁ、呼び名はいろいろありはすれど、俺にとって大切な仲間の一人だ。


そんな未曾有の美少女であるところのアリスだが、胸はない。

……繰り返すが、胸はない。


「今何か失礼なことを考えておらんかったか……?」

「いや全く、これっぽちも、微塵も考えてないぞ?」


――アリスが、疑わしそうに細めたその瞳を、ふと、緩めた。


微笑みを作る。


「ま、そんなにうなだれることはないのじゃ。おそらくそのあたりはあの機王がしっかりと準備しておる。……ほれ、王城でヤツが言っておったじゃろ? 何はともあれ、ひとまずアレックスと合流するのが先なのじゃ」


「ロックが……? ん-、まぁ、そうだな。アレックスと合流するか……。アレックスなら俺たちを抱えて海の上を走るくらいできるかもしれないし……」


「いや、それはできんと思うのじゃ……」


再び呆れに細められた視線から目を背けて、立ち上がる。

そして、海岸沿いの街――アイゼンリアを見た。


「……なんていうか、海沿いの街っていうから、もっと風光明媚なところを想像してたんだけどな」


アイゼンリアの様子は、一言で言えば海上の工場である。

面する海にまでせり出した街の一部は、造船所だろうか。

大型のクレーンのようなものがひっきりなしに何かのパーツを運搬している。

クレーンの足元では、自動人形オートマタたちが、それぞれの作業を、まさに黙々とこなし、その周りではドワーフたちがなにがしかの機械とにらめっこしていた。


端的に言って、風情も何もない。

海沿いなんだから、観光地とかかなぁ、と思ったんだが。


「お兄ちゃん! みてみて! なにか捕まえたの!」


俺たちから少し離れ、浜で遊んでいたミリィが、その手に何かをもって駆けてくる。

赤く、はさみのような両手を必死で動かして、足がワキワキと……。


蟹だった。


「お、蟹じゃないか。はは、異世界にも蟹っている……んだ……?」


言いかけ、ミリィの持つ生き物を二度見する。

……紛うことなく蟹だ。

蟹、ではあるのだが……。

ミリィがその手に抱えている……そう、抱えているのだ。

持っているのではなく。

つまり……。


「縮尺おかしくね!? でか!?」

「えへへ、おっきいなの!」


どやさ、と自慢げに蟹? を掲げて胸を張るミリィ。

見た目年齢がそろそろと俺と同じくらいまでに成長したミリィ――魔族は、見た目の成長が早いらしい――とでかすぎる蟹を見比べる。


……ズワイガニとか、そんなチャチなもんじゃ、断じてない。

こんな浜辺にそんな大きさの蟹っているものなのか……?

もっと恐ろしいものの片鱗を味わう。


「マッドクラブですね。魔物です。毒がありますよ、マスター。食する場合、しっかりと毒消し草と一緒に茹で……」

「どっせええい!」


ガーネットが言うや否や、ミリィの腕から蟹――魔物を奪い取り、海の彼方に向かって放り投げた。


「なんてもの拾ってくるんだミリィ!?」

「あれ、魔物さんだったんだ……」


俺が遠くに放り投げて、星になったマッドクラブを見つめて、ミリィがほぇー、と言った。


「……ほれ、遊んでないでいくのじゃ……」


そんなわちゃわちゃする俺たちを、アリスがやはり呆れた目で見ていた。


仕方ないのだ。

海に来ると、ついはしゃいでしまう。

それは人の摂理なのである。


それは、アリスも例外ではなく……呆れ交じりにこっちを見るアリスの表情も……どこか柔らかいものなのであった。


――――――



アイゼンリアに入った。

街の中の様子は、アイゼンガルドで見たほかの街とそう変わらない。

機械がある。

家がある。

工場がある。


……と、まぁ、そんな感じだ。


特に感慨も覚えず、街を歩いていく。


「アレックスは、どこにいるのかな」

「時にマスター。先程から仰っているその『アレックス』とはどなたですか。マスターの性奴隷二号ですか?」

「ちげーよ友達だよ! 仲間だよ! ここで合流する手はずになってるの! ていうか一号は誰なんだよ!?」

「もちろん、私です」

「お前を性奴隷なんていう倒錯したものにした記憶はない!!」

「あん、マスターのいけず」

「ねぇねぇ、お兄ちゃん、せいどれい、ってなぁに?」

「ミリィは気にしなくていいの!」

「むぅ……ミリィに秘密なことばっかりなの」


仕方ないだろう。

見た目俺とそう変わらないといってもミリィはまだ10歳だ。

そんないたいけな少女に、こんな脳みそピンクな駄メイドが口にする言葉の意味を教えるわけにはいかない。

教育に悪い。

ミリィを拾った時点で、彼女の教育は俺が担う立場にあるのだ。

彼女は立派な淑女として育てるのだ。そう決めた。


「ははは……相変わらずレイジたちは賑やかだね」


と、背後からさわやかな海風にも負けずとも劣らないさわやかなイケメンボイスが聞こえてきた。

振り返ると、そこには。


「アレックス! ちょうどよかった。探してたんだ」

「あぁ。そろそろ来る頃かな、と思ってね。僕も街にでて探していたんだ」


にこり、と女性が見れば即座に腰が砕けそうな甘い笑みを浮かべる少年。……いや、年のころは俺より上だろうから、青年だろうか。

金髪青目、人の好さそうな表情に、恐ろしく整った顔つき。


まぁ、俺はこっちに飛ばされてきて、美男美女しか見ていないから、もしかしたらこの世界には不細工という概念も存在しないのかもしれないが……とにかく、そんな美男美女達の中にあって、尚太陽のように輝くその存在感。


元勇者、アレックス。


俺の旅の仲間の一人だ。


「無事合流できてよかった。……ところで、見慣れないお嬢さんが一人いるね。どちら様だい?」

「ん、あぁ、こいつは……」

「ガーネットでございます。アレックス様。マスターの性奴隷一号。後に歴史に名を馳せる、完璧メイドとは私のことでございます。以後、お見知りおきを、へちゃむくれ」

「……なんというか……また、個性の強い人だね……」


これにはアレックスも苦笑い。

俺も右に同じく、だ。

頭痛が痛い。


「……こいつは、ロック……機王がつくった自動人形オートマタなんだ。紆余曲折あって、旅に同行することになった。言動は過激だけど、害はないから、適当に聞き流してくれ」

「自動人形……? 彼女が? とてもそうは見えないな……」


驚いたように目を見開き、ガーネットを観察するアレックス。


「いやらしい目で私を見るのはやめてくださいへちゃむくれ。私を性的な目で見てもいいのはマスターだけです」

「あぁ、すまない、ガーネット……さん。不躾に見てしまって、もうしわけない。僕はアレックス・エイリウス。レイジの友人で、旅の仲間だ。よろしく」


ガーネットの阿保な言動はスルーして、アレックスが手を差し出す。

その手をケッ、とか言いながらしかしちゃんと握り返してガーネットが頷く。


「マスターの友人であれば一定の敬意は払いましょう。しかし、私を性的な目で……」

「あー、はいはいはい……話進まないから……。で、アレックス、今はどこに滞在してるんだ?」

「なかなかにユニークな女史のようだね。……僕は、この町で一番大きい宿を宛がわれたよ。……罪人だというのにね。機王の心遣いには、本当に頭が上がらないよ」

「なんていうか、全部織り込み済みって感じだよな、ロックは……」

「ははは……そうだね。……それでレイジ、君に見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの……?」

「あぁ、ついてきてくれるかい? 驚いてもらえると思うよ」


そういってウィンク。

……きゅん。


「む、マスターから発情のにおいが……」

「してないから!?」


――――――


アレックスに連れられて向かった先は、街の東端。

造船所のある区画だった。

先程遠目では見たが、近くに来ると、その規模の大きさに再度驚く。

港も兼用しているらしい。

船が何隻も停泊していた。


「……こっちの船は、蒸気船なんだな」


流石は異世界でも最高の技術力を持つアイゼンガルドの港。

金属製の、煙をもくもくと吐き出す船が、ところせましと港に並んでいる。


「いや、こんな船は僕も初めて見たよ。僕たちが船と言ったら、魔力船が一般的だから」

「魔力船……そっちのほうが俺的には物珍しいけどな……」


いったいどういうものなのだろうか。

それはそれで一度見てみたい。


「魔人領のそばまで行けば、きっとみられると思うよ。……さあ、こっちだ」


そういって、停泊している船、その一隻に向かって歩いていくアレックス。

見上げる程に大きいその船の船体にぽん、と手を置いて、アレックスが振り返った。


「……? この船がどうかしたか?」

「機王ロック・アイゼンから、君への贈り物だそうだよ」

「……は?」

「海を渡る手段がないだろうと踏んでいたんだろうね。こっちに到着してすぐに譲渡されたんだ。この船は、君のものだよ、レイジ」

「……ロックのやつ……プレゼント、ってこれのことかよ……」


そんな具合に、渡りに船。……まさに船だ。

海を渡る手段を、思いがけず手に入れた俺たちなのであった。



――――――



アイゼンリアの、アレックスが滞在していた宿に一泊。

そののち、俺たちは再び港にやってきていた。


「……船があるのはいいんだけど、これどうやって動かすんだ?」


そういって、ミリィを見る。首を振られた。

ガーネットを見る。首を振られた。

影の中のアリスに思念を送る。否定の思念が返ってきた。


アレックスを見る。

にこりと微笑んで、頷かれた。


「操舵自体は、魔力船と変わらないらしいからね、僕が操舵するよ」

「さすがアレックス! 信じてたぜ!」


とんでもない万能っぷりである。


「それに比べてガーネットは何ができるんだよ! 機械はお手の物かと思ってちょっと期待したぞ!?」

「性的なことはお任せください。それ以外は私、ポンコツです」

「自分で言うなよ!?」

「あぁ、あと、ある程度の戦闘はこなせます。ご期待ください」

「それに関してはこっち、戦力過多だから……」


アレックス、アリス、俺。

この三人がいたら、正直その辺の魔物なんかには負ける気がしないのが実際のところだ。


「では、やはり夜伽を……」

「いらん!」


ここ数日でもはやおきまりとなったこのやり取りに、はぁ、とため息をついて、蒸気船を見上げる。


「ここから魔人領まで、どのくらいかかるんだ?」

「そうだね……海上の移動は、この船の速さにも依るけれど、多分、二週間ほどかな」

「二週間か……結構かかるんだな。そうだな……じゃあ必要なものを買って、船に積んだら早速出発しよう」


アイゼンガルドからアレックスに与えられたこの国に滞在できる猶予はあと1日だ。

領海という概念があるのかどうかわからないが、ひとまず海に出てしまえば大丈夫だろうと思い、出発を急ぐ判断をする。


「そうだね。それじゃあ僕は食料以外に必要そうなものを買ってくるよ」

「じゃあ俺たちは食料関係を」

「了解。合流は……そうだね、3時間後でどうだい?」

「おっけーだ。……ガーネット、荷物持ちくらいは出来るよな?」

「お任せを。この乙女の細腕。猫の手程度にはお役に立ちましょう」

「……それモロに役に立たないって意味じゃないか、それ」

「じゃあレイジ、また後で」

「……あ」


去っていこうとするアレックスの背に、ミリィが何かを言いたそうなそぶりを見せる。


「……ん、どうした、ミリィ」


気付き、声をかけると、意を決したように、ミリィが顔を上げ、俺を見た。


「あのね、お兄ちゃん。……ミリィ、アレックスさんと一緒に行ってもいい?」

「え?」


ミリィの言葉に驚いたのはアレックスだ。


「……ああ、いいぞ。アレックスを手伝ってやってくれ。アレックス。ミリィを頼んだ」

「ありがとなの! ……アレックスさん」

「あ、あぁ……うん、もちろん、ミリアルドの身柄の安全は僕が……」

「そう硬くなるなよ。じゃ、頼んだぞ」


ぽん、とアレックスの肩を叩いて、踵を返す。


「え、あ……と……その、じゃあ、ミリアルド」

「はい。……行きましょう」


どこかぎこちない会話をしながら、二人も別方向に歩き出した。


『よかったのじゃ?』

「ん? なにがだ?」

『あの二人を二人にして』

「……大丈夫だろ。アレックスに関しても、ミリィに関しても。言いたいことは言い合って、わだかまりはなくした方がいい。それに、ミリィから言い出したことだしな。……大丈夫だよ」

『ふむ……。ま、そうじゃの』

「マスター? 独り言が多いですよ」

「独り言じゃないんだよ!」


ヤバイやつを見る目で見られた。

突っ込みを入れて、ガーネットを伴い、俺も買い出しに向かったのだった。

本日はここまでになります。

次回は明日21時更新になります!お楽しみに!


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