いつだって突然に起こるもの
先週今週と色々あって遅れました……
今のやり方ではカップ一杯分の粉末で作ることができるのはナイフ一本分と言ったところである。
後々その辺りは解決するとして、今はできることを進めていく。
とりあえず、灰鼠からドロップした牙と骨を半分ずつの割合になるように粉砕機にかける。
ゴリゴリバキバキと音を鳴らしながら砕かれていくのを横目に、椅子に座り少しばかりの休憩を入れる。
いつもと違う作業をするというのは、それだけでも通常よりも多くの疲労とストレスを呼ぶのだ。
「お疲れです?」
「少しだけね」
「頑張ってです」
「ふふ、ありがとう」
テーブルの上でこちらに向かって声を掛けてくるアーセルに頭をなでながら答えてやる。
少しばかり作業ですさんだ心が癒されていく……
猫型のセレーネを愛でる時とはまた違った癒しがこの小人のような精霊にはあるのだ。
どちらが優れているのかという話ではなく、どちらも別ベクトルな癒しである。
むしろ両方揃えば相乗効果があるのかもしれない。
「さて、後半戦と行きましょうか」
アーセルたちが本来の仕事である工房の掃除に戻っていったのを見送って私も立ち上がる。
二回戦、後半戦あるいは本番とでもいうべき作業だ。
先ほどよりも難易度が上がることは頭に入れて作業を進めていこう。
いつものように鋼を熱してある程度のところまで通常の作業を進める。
ここまでは慣れたものなのである程度は気楽に行うことができる。
そして今回の本題、この混合された粉末を振り掛ける。
先ほどと同じでここでは目立った反応を示しはしない。
しかし先ほどの作業ではこの後、叩いた時に強い音と光を放ち強烈な反発力が返ってきた。
それを踏まえるとこの先こそが気を引き締めるポイントである。
「せい!」
ハンマーが振り下ろされ、カァンと独特の高い音を放つ。
そしてそれに一瞬遅れてバチンという破裂音を響かせながら思いっきりハンマーを持った右腕が後ろに弾き飛ばされる。
その力は先ほどの比ではなく、たまらずハンマーを取り落としてしまう。
それだけの反発力ともなれば鋼を支える左腕にも相当な衝撃が伝わっており、ビリビリと痺れてしまっていた。
「これはまた……」
思わず言葉が漏れる。
閃光や火花と言ったようなものではなく、あれは規模は小さいとはいえ爆発と言っても問題ないレベルであった。
街中の仕様かでHPは減っていないものの、そうでなければダメージを負ってそうなほどだ。
「そしてまぁ半ば予想はしていたけれどこれは廃棄ね」
あらためて左手に持ったてこ棒に目を向ければ、本来は刀身の元となる鋼がついているその先端部分が崩れ落ちていた。
床には残骸と思わしき塊が散らばっている。
見ただけで予測はできていたけれど当然もう廃材になってしまっている。
鍛冶のレベルが足りないという可能性もあるけれど、これまでのことを考えるとおそらくその可能性は低そうである。
となれば、二つの素材を利用することがそもそも無理という可能性や、あるいは二つの素材の割合が間違っているという可能性もある。
比率で色々効果が変わってきたりするのはそれは当然と言えば当然ではある。
とりあえずということで半々になるようにしたけれど、それでは駄目なようだ。
「そもそもできないという可能性もあるけれど、少し色々と試してみましょうか」
それにはとりあえずカップが二つしかないというのは少しばかり不便である。
今後も考えると街で仕入れておこう。
現在時刻は現実時間では十四時、ゲーム内時間はいつの間にか日付を越えて朝の八時になっている。
大通りの商店もちょうど活動を始めるくらいの時間だろうしちょうどいいタイミングではある。
少しばかり痺れが残る両腕を休ませるために少しばかりの休憩を取ったら出発だ。
「セレーネ、そろそろ行くわよ」
「にゃおん!」
私が作業している間に十分寝て満足したのか、いつのまにか影から出てきていたセレーネに声を掛ける。
アーセルとなにやら戯れているところを引きはがすのは少しばかりかわいそうではあったけれど、彼らにもやるべき作業があるのであまり邪魔してもというものである。
私にはわからない方法で何かしらの意思疎通をしていたのか、交互に数度頷いたりした後に一声上げてセレーネはこちらへと戻ってきた。
「じゃあ出かけてくるわね」
「にゃん」
「はいです、いってらっしゃです」
私はこの工房の弟子として認められてはいるものの、別に鍵などを持っているわけではない。
そのためレフルスさんとアルカさんが二人とも出かけてしまっている時に私が工房から出てしまうと鍵が開け放たれたまま無人になってしまうのだ。
それのことが気になって、工房に誰も人がいなくなる時は戸締りはどうするのかと前にアーセルに尋ねたことがある。
その時の彼らの回答はシンプルでわかりやすいものだった。
曰く、お留守番してるです、とのことだ。
彼らが具体的にいつもどこにいるのか、どこで生活しているかに関しては私は知らないのだけれど、彼らもここに住んでいることに変わりはないのだ。
そのため、私が来る前から誰も人がいなくなる時は警備に近いことをしてくれているのだという。
もっとも時々来客があったくらいで特に問題があったことはないらしいのだけれども。
とにかく、留守はアーセルに任せれば大丈夫、ということだ。
「というわけで留守はお願いね」
「まかせるです!」
威勢よく返事をしたアーセルの頭を一つ撫でで工房を後にする。
「ん?」
と思ったのだけれど出口付近で服をツンツンと引かれる感触に足を止める。
この場でそんなことができるのは彼らしかいない。
「どうかしたのかしら?」
「アレ、もらってもいいです?」
アレ?と思いながら視線を彼らが指を指す方向に目を向けるとそこには黒い残骸が転がっていた。
言うまでもなく、廃材と化した金属である。
そう言えば最近は廃材を生み出していなかったので忘れていたけれど、彼らはこういうのも好きなんだった。
見れば期待に満ちたきらきらとした目で数人のアーセルがこちらを覗き込んでいた。
気になるなら、もっと早く言えばいいのにと思いながら彼らに頷いてやる。
「いいわよ」
「ありがとです!」
許可を出してやると瞬く間に群がり始めた。
小動物チックな動きもそれはそれでかわいいものである。
メインの大通り自体をゆっくりと見て回るというのは何気に初めてのことだ。
最初に通った時は夜中で営業しておらず、次に通った時は工房を探すついでであったし、ダンジョンの準備で来た時にはダンジョンに意識を持ってかれていた。
それ以外でも時々この道は歩くのだけれども、それも通り道としての面が強く、ショップについて思いを馳せることは早々なかった。
金策ができない状況下では見て回っても仕方がないと思っていたのも大きいのかもしれない。
けれど、稼ぐ手段を見つけたことによって心理的なハードルは随分と下がっている。
さきほどギルドで軽く素材を売ったので所持金もそれなりには持っている。
買取受付のお姉さんに、どこでこんな魔物を狩ってきたんですか?と聞かれてしまったが教会地下のことは内密にと言われていたので適当に誤魔化しておいた。
事前にこういうことをイアサさんなどに相談しておいた方がよかったのかもしれないけれど、過ぎたことなのであまり考えすぎないことにしておく。
「にゃあ!」
「はいはい、お肉ね」
セレーネにてしてしと叩かれてまずはお肉の串を買ってあげる。
来て早々ではあるものの食事休憩である。
大噴水のある広場ほどの広さではないのだけれど、この大通りにもいくつかの広場や休憩所が設けられているのだ。
セレーネに催促されるままに数ヵ所で軽食を買いテーブルに着く。
ダンジョンでも頑張ってもらったし、今は懐もあったかいのでサービスである。
「にゃにゃにゃ」
「落ち着いて食べるのよ」
屋台で買った時にもらった使い捨ての皿に私と彼女の分をそれぞれまとめる。
すぐにがっつき始めた彼女にため息をこぼしながら私も自分の分を食べることにした。
「ふむ、おいしい」
VRでの食事というものはシステム的に必須である場合も多いのだけれど、それとは別に純粋な嗜好として楽しむ人も多い。
リアルでは食べられない物、リアルには存在しない物、リアルでは食べきれない量、そういったものを楽しむというのは多くの人が持っている嗜好である。
そのため、こういったゲームではいかにその辺りを満足させられるかというのを切磋琢磨しているらしい、とはゲーム雑誌の受け売りである。
過去には料理のおいしさが有名になって接続数が数倍になったゲームもあったのだとか。
味覚が再現された当初、VR内での食事に明け暮れてリアルでの食事を怠り健康障害が出て問題になったこともあるらしい。
今では色々な対処をした結果そのようなことは見受けられないらしいのでこれも過去の話なのだけれども……
とにかく、このゲームの食事もおいしいようで何よりである。
前にもこの世界で食事をとったことはあるけれど、おいしいものはおいしいのだからしょうがない。
などとセレーネと二人、舌鼓を打っているとふとテーブルに影が落ちた。
「ん?」
「んにゃ?」
揃って顔を上げるとそこには一人の女性が立っていた。
身長は百七十ほどだろうか、女性にしては長身に見える。
明るく茶色い短髪とくっきりとした翠の瞳。
服装は初期服、の上から皮鎧のようなものを着ているようだ。
「すいません、少しお話良いですか?」
「構いませんけど」
「ありがとうございます!」
そう言うと彼女は余っている椅子に座りこちらに相対した。
思ったよりも行動の速い人であるらしい。
「さて、初めに自己紹介させてもらいますね」
「どうぞ」
「わたしはエマって言います、好きな動物は猫さん、よろしくお願いします!」
「あぁ……そういう……」
こうして私は初めてプレイヤーと邂逅したのである。




