往生際が悪いとよく言われる
広場の中心にある大噴水の縁に腰かけて少しばかり思案にふける。
吸血鬼という種族は強力な種族アビリティを持っているのはわかる。
まだまったく使用できてはいないけれど……
それゆえに当然それなりのデメリットもあるはずで、それが光と聖の属性に弱くなること、ひいては昼間の活動を制限されることは容易に想像できる。
よく知られる吸血鬼と言えばそれ以外にも多くの弱点を抱えているものだけれども、それとは違い水属性が弱点というわけでもないし、噴水の水面には確かに自分の姿が映っていた。
女性にしたって低い身長にホームアバターから更に銀髪に色が変わった長い髪、質素な服装に左腰に佩かれた剣。
本当はゲームでくらい身長を盛りたいものだけど、アバターを自身の体のように動かす必要上、リアルの体格からあまりにも離れた体格のアバターを使用することは難しいのだ。
ついでに先ほどは確認できなかった目の色も吸血鬼のイメージらしく赤色になっていることを確認した。
「ふぅ……」
ため息を一つ吐く。
とりあえず逃避はやめて先ほどのことについて直視しなければ先には進めないので改めて考えを巡らせる。
普通に考えたらいくら吸血鬼でも夜のフィールドに出ただけで死んでしまうというのはゲームバランスがおかしすぎる。
となればやはり予想通り光輝の加護が悪い方向に作用しているのだと想像できる。
そういうことも起こりえるからこその注意書きだったのだろうし、運営側を非難するつもりは毛頭ない。
それよりはこの状態でどういうプレイングをしていくのかを考える方がよほど面白いし有意義だ。
フィールドに出ることができないというのならば、まずはこの街の中で出来ることを探そう。
幸いにして私には生産アビリティが二個も生えているしそれを中心としたプレイングをしたっていいかな。
そうと決まればまずは街の散策をしよう。
この広い世界の中で街に閉じ込められることに思うことがないわけではないけれども、とにかくここで黄昏ていてもどうにもならないし何も始まらないのだ。
というわけでまずすることは聞き込みである。
その対象はもちろんその辺りにいるプレイヤー、ではなくフィールドに繋がる門の横に立っていたこの世界の住人である騎士だ。
まだサービスが始まったばかりのこの世界では住人に聞いた方が情報を得やすいと思うのだ。
おそらく門を守る仕事だろうからそこまで邪険にはされないだろう。
「騎士の方、すみません」
「おや、あなたは先ほど忽然と消えてしまったお嬢さんでは?」
「えぇ、はい、それは私だと思います……」
「門をくぐったら突然姿が消えたので何事かと思いましたよ」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ迷惑などではないですよ」
住人の人も私が死に戻りした瞬間をキッチリと見ていてなおかつ覚えていたらしい。
自分の行動のせいとは言え少し恥ずかしい。
「それで、何か御用でも?」
「私、今日この街に来た異人なものですからまだあまり詳しいことがわからなくて」
「あぁ異人の方でしたか」
私の持つ数少ない前情報の一つとして、この世界では我々プレイヤーのことは異人と呼ばれるらしいことは知っていた。
「それで先ほど見ていらっしゃったと思いますが、どうやらしばらくはこの街からは出られないようなので情報を得られる場所についてお聞きしたくて」
「それはそれは……街についての情報ならまず冒険者ギルドを訪ねるのが良いと思います」
やはりと言うべきかこういうゲームにつきものの冒険者ギルドは存在しているようだ。
「大広場にある赤い旗を掲げてる建物が冒険者ギルドです」
「ありがとうございます」
「またなにか聞きたいことがあればどうぞ、この街のことくらいしか詳しくはありませんが」
「はい、またなにかあったら頼らせてもらいますね」
三度、大広場に戻ってくる。
目印である赤い旗を掲げる建物はすぐに見つかった。
周囲には青やら緑やらの旗を掲げた建物もあったので事前に聞いていなかったらちょっと迷ったかもしれない。
これらの建物も何かの役所じみた建物なのだろう、後で調べてみるのもありかな。
建物の中は思ったより人がいなかった。
いくらか出遅れたとは言え、サービス初日だからもっと人がいるかと思ったのだけど。
依頼表らしき紙が張り付けてあるボードやテーブルを横目にカウンターへと向かう。
想像していたよりも人がいないおかげか特に待たなくていいのは運が良かった。
「冒険者ギルドへようこそ、本日はどのようなご用件ですか?」
「今日この街に来た異人なのですけど、街についてもギルドについても詳しく知らないので教えて頂ければと思いまして」
「あぁ異人の方ですね、ではまずはじめにここ冒険者ギルドについての説明をしますね」
受付の女性はそう言うと机の下から数枚の紙を取り出し、丁寧に冒険者ギルドの役割を説明してくれた。
冒険者ギルドでは登録することでボードに張り出されている依頼をギルド経由で受けることができるらしい。
受注資格を満たしている依頼に関しては受けてもいいが、失敗や期限切れの場合には違約金が発生するケースもあるとのこと。
それから報酬金の幾分かはギルドの取り分になるが、依頼要項に書かれた報酬額は既にその分が引かれているので気にしなくていいのだとか。
またギルドが報酬金の一部を受け取るのは仲介や斡旋、問題が起きた時に仲裁してくれることに対する報酬である。
そのためギルドを介さずに依頼を受けることもできるがそこで問題が発生した場合にはギルドは関与しないらしい。
「次に依頼に関すること以外のことについてですね」
「よろしくお願いします」
「まず地下にある修練場では戦闘訓練やアビリティ取得のための修練を行うことができます」
「アビリティ取得ですか?」
「はい、主に基本的な武器や魔法の扱いと言った戦闘用のアビリティですがギルド職員から手ほどきを受け、一定の練度を越えればアビリティとして身につけることができます」
なるほど、修練すれば簡単なアビリティくらいは手に入れられるみたいだ。
初期のアビリティ選択が合わなかった人用の救済にもなりそうだ。
更に時間は取られるだろうけれど、時間さえかければここで習えるアビリティを全てを取得することも不可能ではないのだろう。
「次に二階より上の施設についてですね」
「上にも何かあるんですか?」
「二階は依頼に役立つ情報がまとめられた簡易的な資料館になっています」
「つまりボードで依頼を受けて、情報を資料館で集めてから向かえば効率がいいってことですね」
「そうですね、そのように使っていただくのが基本的な使い方になると思います」
まぁ私は街から出ることができないから、外に出る依頼はどれも受けられないんだけどね……
「それから三階より上層についてですが」
「はい」
「こちらは一定以上の成果を上げている方にのみ解放される施設となっています」
「制限があるんですね」
「ギルド経由で依頼を完遂して頂いて、ある程度ギルドに貢献していると判断されれば使用することができるようになりますので尽力して頂ければと思います」
「……はい」
私がその条件を満たす日は来るのだろうか……
いや、もし街の中でこなせる依頼が多ければ案外早いのかもしれない。
「一つ質問していいですか?」
「えぇどうぞ」
「討伐や採取と言った街の外で行う依頼があるのはわかるのですが、街の中で行える類の依頼はありますか?」
「このギルドでは基本的に討伐と採取の依頼が多くそういった依頼はあまりありません」
「そうですか」
やっぱり三階解放への道のりは遠いかもしれない。
「ですが」
「ですが?」
「ここ、冒険者ギルドの周囲に同じように旗を掲げている建物があります」
確かに、冒険者ギルドは赤の旗と教えてもらったけど周りに違う色の旗の建物があった。
「紫の旗の商業ギルド、緑の旗の農業ギルド、青い旗の工房ギルド、そして赤い旗のこの冒険者ギルド、これら四つのギルドによって管轄するものが変わってきます」
「つまり、街中での依頼はそっちの方が?」
「そういうことになります」
「なるほど、あとでそちらにも顔を出したいと思います」
「特にデメリットもありませんのでまずは四つのギルドを見て回るのを私たちもお勧めしています」
冒険者ギルドを後にした私は三つのギルドを見て回ることにした。
大量生産や出店などに関わる、コインが描かれた紫の旗の商業ギルド。
植物や農作に関わる、林檎が描かれた緑の旗の農業ギルド。
装備品や素材に関わる、ハンマーが描かれた青の旗の工房ギルド。
そして最初に訪ねた討伐と採取に関わる、剣が描かれた赤の旗の冒険者ギルド。
四つのギルドに大きな違いはなく、それぞれボードで依頼を受理出来て、二階は依頼達成の手助けとなる資料館、三階より上はギルドへの貢献度により解放、ということらしい。
また、地下の修練場も商業ギルド以外にはあり、そこで基礎的なアビリティの習得を行えるとのことだった。
四つのギルドを回り終えるとさすがに結構な時間が経過していた。
少し試したいことがあった私は一度ログアウトして、少しの間リアルでの用事を済ませてから再度ログインする。
そうしてログインした現在のゲーム内時刻は零時。
先ほどよりもさらに夜が更けた、いうなれば闇が強くなるだろう時間である。
なんとなくの想像であるが、零時から二時辺りが一番夜が更けたタイミングだと思うのだ。
そこで今一度、フィールドへの挑戦をしてみようと思い立ったのである。
もっとも時間やらなんやらが属性力に影響しているかも定かではないのだけど。
「よし、今一度の悪あがきよ」
門のそばには先ほど話を聞いた騎士ではなく別の騎士が立っていた。
おそらくこういうゲームでもシフトによる交代があるのだろう。
もし死に戻りしたらこの騎士さんにもちょっとショックを与えることになるかもしれないけれど、そこはしょうがないので心の中で先に謝っておく。
意を決し、私は再び門を抜け、フィールドへと今度こそその一歩を踏み出す。
「ふむ、やっぱりと言うべきなのか……」
かくして私は今一度死に戻りをすることになったのである。
「とはいえ、これでいよいよ諦めがつくというものね」