よくよく冷静に考えればこんな時間なのである
このゲームにおけるデスペナルティはゲーム内時間で一時間のステータス減少らしい、というのは初回のペナルティの時にわかっていた。
二回目のペナルティを受けた私はとりあえず今から一時間の間はステータス低下を受けることになる。
とはいえ、もともと数値がマスクデータである上にまだ初期レベルなので影響は微々たるものなんだろうけれど。
更に言えば私はフィールドに出れないのだからもっと影響は少ないだろう。
しかしわざわざデスペナ中にすることも思い浮かばないのでログアウトする。
ゲーム中では一時間待たなければならないが、リアル時間ではその四分の一である十五分だけ待てばいいのだ。
リアルタイムで現在は十八時を過ぎたところ、少し早いけれど夕食を摂っておく。
実のところ半ばこのような状況になることは読めていたので先ほど時間つぶしのためにログアウトした時にあらかたの準備は終わらせていた。
他の人の都合を考えずにこういうことができるのは、家に私しかいない今の状態だからできることだ。
夕食と後片付けを終えた私は三度、WEFの世界へとダイブする。
いくらゲーム中ではリアルの四倍速で時間が流れるとはいえ、ほんの数時間では大きな変化は訪れていない。
夜の闇の中、広場では大噴水に街灯の灯りが反射していた。
なにかしら得られるものがあるだろうと街中を散策し始めると、思ってもみなかった問題が起こった。
そう、初めてログインしたくらいの時間ならばともかく、ゲーム内時間で深夜二時の現在はお店の類が軒並み閉まっていたのである。
各種のギルドなどは例外的に二十四時間対応してくれるようだが、その他の場所は営業時間が決まっているらしい。
一応簡易販売システムとかいうものでお店が開いてなくても簡単な物品は買えるようだが、住人から話を聞いたり、お店の中を見て回るといったことはこの時間ではできないようだった。
普段やっていた一人用のゲームではどの時間帯だろうとお店が開いていたり、そうでなくても宿屋などを利用して時間を好きに進めることができたりしていた。
そのためこういった形で足止めをされることはほとんど経験したことがなく、考えに入っていなかったのだ。
「あそこの建物、灯りがついてる?」
夜の街の中、それでもなにか得られたら面白いと思いながら適当に徘徊していると、街の外れの方に窓から灯りが漏れている建物が目に入った。
特に目的もなくさまよっていた今の私には非常にありがたいものだしそちらへと足を向ける。
「ここ、おそらく教会ね」
いくら夜闇の中とは言え、道には街灯もそれなりにあるし、窓からは灯りも漏れているため、建物に近づけばそれが特徴的な建物であることはすぐにわかった。
天秤の描かれた白い旗を掲げているそこはゲーム勘が正しければ教会だろう。
リアルの教会とは違う見た目だけど、この手のゲームではよく見るタイプの造形である。
白い旗、という点で予想通りギルドのように特殊な建物なのだろう。
せっかくここまで来たのだしどうせなら中を見て回りたい。
「さて」
開かれた門の前に立った私は門の内側へと慎重に手を伸ばす。
教会、と言えばもちろん聖なるものに連なるものと連想できる。
そして今の私はめっぽうそれに弱い存在なのだ、警戒しても罰は当たらないだろう。
罰を当てる存在は聖なる存在だろうだとか、もっとも先の事例を見るに死ぬ時はどうせ一瞬だろうとかを考えてはいけない。
「問題ない……ようね」
まるで抵抗なく手を門の内側に伸ばすことができた。
異常も感じない。
ギルドのような建物であれば利用できないのは問題だと思ったのだろうか?
フィールドに出た瞬間に容赦なく殺すような仕組みを作る運営なので十分あり得ると思っていたけれど……
「とにかく、入っても問題なさそうなら入らない理由はないわね」
正面にある建物の扉を開けて中を覗く。
長椅子が幾列も連なっており、左右の壁にはステンドグラス、最奥には祭壇、そして大きな女性像が見て取れた。
典型的とも呼べる聖堂のようだ。
構内には規則的に灯りが置かれ、多少薄暗くはあるものの内装がある程度見える程度には照らされていた。
私は中へと入り扉を閉じる。
途端にこういった場所特有の空気感の違いを肌に感じる。
ゲームの中とは言えそう言った部分まで再現できていることを感じる度に、そのことに対して技術の凄さを感じる。
「このような時間にお客様とは珍しいですね」
しばし構内を見まわしているとふと声が聞こえた。
目を向ければ先ほどまで誰もいなかった椅子に、黒い服を着た女性が座っていた。
薄暗い中、その金色の髪はまるで輝いているように見えた。
「教会になにか、御用でしょうか?」
「あ、いえ……用があったわけではないのですが、街を見て回っていたら灯りのついた建物が見えたので」
「このような時間に街を?」
「私は異人でして、つい先ほどこの街に来たばかりなんです、それで街を見ていたのですがこの時間なのでどこも営業は終了しているようで」
「なるほど、異人の方でしたか、それではこの教会のこともご存じないでしょう」
「えぇ、申し訳ありませんが」
「いえ、それは当然のことなのですからそのように謝られる必要はありませんよ」
「もしよろしければこの場所についてお話を聞いても?」
「構いませんよ、さぁこちらへどうぞ」
女性はそう言って、自身の隣に座るよう私に促した。
「私はここリレーデン教会にて司祭を務めておりますイアサと申します」
「あ、はい、私は異人のカルムです、よろしくお願いします」
「こちらこそ、これからよろしくお願いいたします」
イアサ、そう名乗った女性は近寄ってみても、ましてこうして隣に座っていても存在感があるのにそこにいないような不思議な感覚を覚える人物だった。
あるいはなにか、そういったアビリティかなにかがあるのかもしれないけれど。
「このユーノンの街もともとは小さな村だったそうですが、女神リレーデン様のもたらした奇跡により大きく発展し現在の姿に成長していったと伝わっています」
「リレーデン様、ですか?」
「えぇ、祭壇の奥に女神像が見えますでしょう?」
「あの像のモデルになったお方が?」
「それが女神リレーデン様である、と伝わっていますがはるか昔のことなので誰にも真偽はわからないのです」
そう言って彼女は一つ、ため息を吐いた。
その意味を推し量るには私には何もかもが足りていなかった。
数秒の間を置いて、彼女は再び語り始めた。
「またリレーデン様は均衡の女神なので、この教会では天秤のマークをシンボルとして掲げております」
「白い旗に天秤のマーク、ですよね、入る時に見ました」
「その均衡の加護は現代においても如何なく発揮されているのです」
「そうなのですか?」
「一番大きな加護は平衡結界と呼ばれるこの街を包んでいる結界です」
「結界、魔物などの侵入防止の力があるんですか?」
魔物を防ぐ結界によって街を囲んでいたならば、その内部が高度に成長していくことにも納得がいく。
もとは小さな村だというからどうやって結界が大きくなったか、という疑問は残るけれど。
「そうですね、その効果もあることにはありますが平衡結界の一番大きな効果はそこではないのです」
「それでは一体……」
「これを見てもらうのが一番わかりやすいと思います」
そう言って彼女は黒い大きめの懐中時計のようなものを取り出して蓋を開いた。
本来の時計であれば文字盤があるべき場所には、なにも書かれていない黒い金属が光沢を放っていた。
「エレメンタルスケール、単にスケールとも呼ばれますがこれは周囲の属性力に関する情報を得ることができるものです」
「属性力を調べる道具……」
他のプレイヤーにはわからないが、私にとっては是が非でもほしいものだ。
調べる手段があればどの程度の属性力まで耐えられるかわかるかもしれないのだから。
「現在この場の属性力はこちらのようになっております」
イアサさんが道具に何かをすると空間に六本のバーが棒グラフのように投影された。
バーの下にはそれが示すバーの名前と値が書かれていた。
地水火風の四本のバーは100で同じ長さ、時間帯の影響なのか光のバーは92、闇のバーは108を示していた。
パッと見て属性間の比較もできるし数値も読み取れる、どこかに売ってないだろうか……
「そしてここにもう一つのバーを付け足します」
私がそんなことを考えていると知ってか知らずか、彼女はもう一度操作し、七本目のバーを付け加えた。
「え?」
思わず、声が出た。
表示された七本目のバーは聖属性の属性力を示していた。
その数値は200、控えめに言って私には致命的な数値であろうことは感じられた。
「ここは教会ですから、このような数値が現れます」
「でも……」
「そう、これこそが平衡結界の力、リレーデン様の御業なのです」
そこで私は一つ、大きな事に気が付いた。
門から出た途端に私は属性力の影響を受けて即死してしまう、それは二度の検証でほぼ明らかと言っていいと思う。
ならば、街の中がなぜ大丈夫だったのか。
街の中と外は確かに外壁で区切られてはいるものの、繋がっていると言えば繋がっているものなのだ。
フィールドで即死するレベルであればそもそも街中で活動できることができることが属性力的にはおかしい。
もちろんゲームだからということで疑問を持っていなかった部分だったが、これは設定的な裏付けということだろうか。
「平衡結界の内側にいる限り、生物は属性力の影響を受けずにいられるのです」
「なる、ほど」
「そのお陰でこの街の中ではどの種族であっても快適に暮らすことができるのです、聖属性に弱い闇の属性力を強く持つ種族であっても」
最後の言葉は明らかにこちらに向けられていることがわかった。
もしかしたら彼女が声をかけてきたのは私が吸血鬼だと分かっていたからなのかもしれない。
「私もリレーデン様に感謝しないといけないですね」
「その気持ちだけで満足してくださると思います」
「この街には長い時間お世話になると思うので時々参拝するようにしておきます」
「貴女に祝福あらんことを……というのは少しばかり皮肉になってしまいますかね」
「いえ、この街にいる間は問題ないです、ね」
「えぇ、そうですね」
どちらからともなく私たちは笑みをこぼした。
なんとなくで来てみたものだが、思わぬ収穫を得られて色々な意味で訪問して大正解だった。
「先ほどのエレメンタルスケール、という道具はどこかで手に入れられるものなんですか?」
「錬金術師の工房であれば売って頂ける可能性もありますが……そうですね」
そういうと彼女は懐からもう一つ、銀色に鈍く光る懐中時計を取り出し、こちらへと差し出した。
会話の流れからしておそらく、これも先ほどの黒いものと似たようなスケールなのだろう。
「御会いできた記念に、黒いものよりは性能が下がってしまいますがこちらのスケールを差し上げます」
「いいんですか?」
「そうですね、代わりに後日いつでも構いませんが、もう少し技能を成長させてから私からの依頼を受けてくだされば」
「私にできることであればもちろん、お手伝いします」
≫【ES07S】
≫製作者:シファ
≫周囲の属性力を計測しその結果を投影して見ることができる懐中時計型のエレメンタルスケール。
≫把握できる属性力は使用者の認識によって変化する。
ES07Sというのはこのアイテムの固有名詞かなにかだろうか?
それよりも製作者という欄が気になる。
「シファ?」
「古い友人です、こういったものを作るのが得意な友人でこちらの黒いものも彼女の作品なんです」
手元に渡された懐中時計型の銀色のスケールはよく見れば美しい彫金が細やかにされており、造詣が深くなくともわかる見事なものだ。
私にも備えられた刻印のアビリティの応用でこういったものができるようになるのだろうか。
「カルムさん、蓋を開けてみてください」
「あ、はい」
しげしげと眺めているとイアサさんに声をかけられた。
彼女から教えられたとおりに手元に渡されたスケールを開いて操作すると、先ほど見たのと同じ棒グラフが表示された。
性能が低いという話だったけれど、今の私にはその違いは判らなかった。
街のことなどについて少し話を聞いてそろそろ御暇しようかと立ち上がった時、私はふと気になっていたことを思い出した。
「そう言えば、教会は白い旗を掲げていますけれどなにか役割とかってあるんですか?」
白い旗に天秤が描かれた教会のマーク。
他に旗の掲げられた各ギルドには役割がそれぞれあったが、ここはなにか役割をもっているのだろうか。
イアサさんはしばし考え、ため息を一つ吐き、こちらへと微笑を向け静かに答えた。
「教会は教会です、その役割はリレーデン様に祈りを捧げる場であることでしょう……少なくとも、私にとっては」
教会を後にした私はとりあえずログアウトしてしまうことにした。
教会ではスケールという便利なアイテムを手に入れ、様々な情報を得られて実に有意義な時間を過ごせたけれど、その分の疲労を感じていることも確かだった。
イアサさんにオススメの工房などの場所を教えてもらったけれどまだまだ夜の時間が続いていて、その間はどうせ訪ねることはできないのだ。
色々な要因が重なった結果としてなんだか頻繁にログアウトして時間を進めているような気がするけれどしょうがない。
とりあえず街が起きればまたできることが増えるはずだからあまり気にしないようにしよう。




