三日月も好きだけれどここはきっとこの方がいいと思った
「とは言いましたが、もちろん今すぐにというわけではありません」
イアサさんが再び呪文を唱えると呼応するように女神像に光が宿り、地下への入り口は閉ざされてしまった。
なんというかありがたくもあり、肩透かし感もある。
さすがにこのままの装備でなんの準備もなくダンジョンに突入するというのは少々以上に厳しいものがあるだろう。
ただでさえ私はまだレベル1だというのに……
「先に説明させて頂いて、準備等を済ませてから改めて挑戦して頂いても構いません」
「それは確かに、ありがたいわ」
「にゃ……」
猫も心なしかほっとしたような鳴き声を上げている。
「一部の者しか知らない情報なのですがこの教会……正確に言えばこの街の地下にはダンジョンが広がっています」
「それは、大丈夫なの?」
「ただちに街に影響を与えるということはありません」
「それはつまり後々影響があるってことよね」
「そうですね……長い間なにも対策を取らなければあるいはという程度です」
「案外大丈夫なのね」
「そこまで危険な代物であれば今の貴女には頼みませんよ」
「それは確かに」
まったくもってその通りである。
「ただしそれは浅い層のうちはということになりますが」
「潜れば潜るほど敵が強くなっていくという感じかしら」
「えぇ、深淵に近づくほどにその狂暴性も増していくことでしょう」
「つまり浅い層で活動する分にはそこまでリスクはないのね」
「迷宮内の魔物は基本的に階層をまたいでの移動をしませんから、徐々に深く潜っていくようにするように用心することが大切です」
「なるほど」
もっとも、プレイヤーある私は例えHP全損しても問題はないのだけれど無理をしてデスペナをもらうこともないだろう。
特に今はこの子もいることだし。
ふさふさの毛並みをゆっくりと撫でる。
野良なのにこんなに手触りがいいのはゲームだからだろうか。
嬉しい要素なのでまったく文句はないけれど。
「最終的には迷宮の最下層にたどり着いて、あることをしていただくのが私の依頼ということになりますが、とりあえずは四層まで潜って帰還するのがいいと思います」
「そこになにかあるのかしら?」
「そこになにかある、というよりはその先にあるものがある、と言った方が正確ですね」
四層の先、つまり五層……区切りのいい階層だ。
こういうのの鉄板ではそういう場所には――
「五層にはボスがいる、ということね」
「えぇ、五層にいる階層の守護者は周りにいる通常の魔物とは戦力がまるで違います、無理をして挑むよりはまず、力をつけていただく方がいいかと」
「それで依頼はいいのかしら?」
「急ぐものではないですから、それよりも信用できる少人数にお願いしたいという要素の方が大きいのです」
「なるほどね」
地下のことは内密にという話だったからそういうことなのだろう。
まぁそういうことならゆっくりと進めさせてもらおう。
「準備をするのはいいとして、実際に向かう時はどうすればいいのかしら?」
「そうですね……深夜一時から朝日が昇るまでの間にここに来ていただければ入れるようにしておきますね」
「わかったわ」
現在時刻は深夜三時。
今から準備をしてからでは今日はもう間に合わないだろう。
そうと決まれば急ぐ必要はないし少なくても一日は準備の時間をもらうとしよう。
「さて、それじゃあ準備のために今日はこの辺で失礼させてもらうわね」
「これからよろしくお願いしますね」
教会を後にして、工房の自室に戻る。
ダンジョンアタックの準備とは言ったものの、私には何が必要なのかいまいちわからないので少しばかり考える時間が必要だと思ったのだ。
そしてもう一つやっておかなければならないことがある。
「名前、決めてあげないとね」
「にゃ?」
今も我が物顔でベットの真ん中を占拠しているこの猫に名前をつけてあげようと思ったのだ。
さすがにこれから相棒のようなものになるわけだし、いつまでも猫と呼んでいるのはなんとなく座りが悪い。
「そう言えば性別どっちなのかしら」
「んにゃ?」
さすがに持ち上げて直に確認するのはかわいそう……というかゲーム的にその確認の仕方で再現されているか分からないので、直接聞いてみることにする。
イエスノーくらいの意思疎通はできるので多分大丈夫だろう。
「キミは男の子?」
「んにゃ」
「女の子?」
「にゃ!」
なるほど、反応の差を見るにどうやらこの子は女の子のようだ。
「では今から、キミの名前を決めます」
「にゃー」
「ちゃんと自分の意思を提示するように、いい?」
「にゃ」
さて、名前を決めるといってもどうするか。
私のネーミングセンスはあまりいいものではないと自覚している。
知り合いにもよく、それどうなの?と言われる始末だ。
それを自覚しているからこそ、変にねじらないようにしないと。
猫、黒、影と言った直接的要素から連想ゲーム的に少しひねって……
「セレーネっていうのはどうかしら」
「にゃにゃ!」
どうやら気に入ってもらえたらしい。
セレーネはギリシャ神話における月の女神の名前である。
少しばかり要素からはひねった名前だけれど気に入ってもらえたようで何よりである。
「セレーネ、じゃあまずは準備を進めないとね」
「にゃ」
名前を決めた後はようやく本題だ。
必要なものがいまいちわからないとは言ったものの、定番としてしとくことはなんとなくわかる。
まず現状何ができるのかの確認。
これは私だけじゃなくてセレーネの出来ることを確認しておきたいところだ。
イアサさん曰く、契約を結べばアビリティなどは確認できるらしいけれど、今の私たちにはできない話である。
その後は装備の確認だろう。
そもそもあるのかどうかわからないセレーネの装備は一旦置いておいて、私の持っている装備は初期装備一式と作成したばかりのナイフが一本だけである。
ダンジョンの難易度がわからないので何とも言えないところだけど、街の周辺のフィールドと同じくらいであれば初期装備でも問題ないのかもしれない。
だけどせっかく鍛冶の腕をある程度は磨いたので自前の剣くらいは作ってみてもいいのかもしれない。
そう言えば剣はともかく、私のもう一つの武器スキルであるハンマーってどうやって作るんだろう……
鍛造で作れるものなんだろうか……それとも鋳造?
簡易製法なら簡単に作れるかもしれないけれどこの辺は今回は一旦置いといて今度アルカさんに聞いてみよう。
とりあえずまずはセレーネに聞き込みをしよう。
私の知っている情報と言えば、影に潜むことができるのと爪攻撃などができそうなところくらいだ。
部屋の中でやるのもあれだしと思い外の広場で確認しようとしたところ一つ問題点があった。
それは街の中では戦闘用のアビリティを使用することができないということだった。
確かに街の中で攻撃魔法やらなんやらが飛び交っていたら問題しか起きないだろうし当然とも言える。
というわけで私たちは冒険者ギルドの地下修練場へと来ていた。
スキル習得のために利用するほかに、ここでは訓練のようなことをするために利用することもできるのだ。
どうやら私は今までフィールドに出たことがないから知らなかったけれど、戦闘可能なエリアでは自分のHPやMPが半透明なバーで表示されるらしい。
説明によると数値を表しているのではなく、パーセンテージだけを表しているらしい。
正確な数値はわからないけれど、自分が後どの程度の戦闘行動を行えるのかを計る指標として重要な情報だろう。
「それじゃあセレーネ、貴女が何をできるのか教えてもらえる?」
「にゃ!」
セレーネも軽く伸びをして気合いは十分なようだ。
「にゃー!」
「これは闇魔法かしら」
鳴き声と共に黒い弾がセレーネの付近から出現して壁まで飛んで行った。
黒い弾の魔法、そう言えば私も使えたような……と考えてから私自身も一回も魔法を使ったことがなかったことを思い出した。
「私も練習しておこう」
魔法を使うには、使用する魔法を思い浮かべ、その出現位置と軌跡を考えて発動ワードを言う必要があるらしい。
右手を前に突き出し、その先からまっすぐに飛ぶように想像してワードを唱える。
「ダークボール」
するとセレーネが打ったのと同じように黒い弾がますっぐ飛んでいった。
少しだけ私の魔法の方がセレーネのものよりも大きく強いように思える。
続けてもう一つの魔法である風魔法で同じようにウィンドボールを撃ってみる。
同じように緑の弾が飛んでいくけれど今度はさっきと比べて小さく遅い、セレーネのダークボールと同じくらいだろうか。
おそらく種族アビリティの〔闇属性親和〕が効果を発揮しているんだろう。
場合にもよるけど闇属性魔法を中心に使っていくのがいいかもしれない。
「にゃにゃにゃ」
「あぁ貴女について聞いてる途中だったわね、ごめんなさい」
ほったらかしにされてセレーネの機嫌を少しばかり損ねてしまったようだ。
後でごはんを上げて機嫌を取っておこう。
「闇魔法以外にはなにか使えるものはないかしら?」
「にゃー!」
鳴き声と共にセレーネの影から黒いトゲが現れる。
これは闇魔法、ではなく影魔法とでもいうべきものだろうか。
属性的に闇と違うものなのか気になるところではあるけれど確認する方法が今のところないので保留しておく。
爪などによる直接攻撃もできるのだろうけれど、今のところは魔法を撃ってもらう後衛起用の方がいいだろう。
なんとなく防御面は柔らかそうという懸念もあるし……
ログアウトや休憩を挟みながら私たちは準備を進めていった。
と言ってもセレーネはほとんど私の影に隠れるか、日向ぼっこをしていたのだけれど。
通りでストレージに入れられるセレーネのごはんを買ってあげたり、ショップで手持ちで買えるだけのポーションを買ったり、これまでのノウハウをもとにアイアンソードを一本作り上げたりしていた。
作業工程自体はナイフの時と変わらないものの、やはり大きいものを作るのはそれなりの難しさを感じた。
それでも経験が力になっているのか夜までには最低限実用に耐えうるものを作ることに成功していた。
初期装備の剣よりは強いと思うのだけど、このゲームは装備品にもステータスが表記されないので正確なところはわからない。
けれど初期装備よりは自分で作った装備で戦いたいと思うのはある意味で当然だろう。
防具は初期装備だけれど、これはおそらく問題ないだろうと思う。
多少はきついのかもしれないけれど、私には再生もあるし普通よりも継戦力は強いだろうというのもある。
ダメなようなら引き返してこればいいだろう。
ダンジョンアタックをする前にログアウトして食事や休息を済ませておく。
一度でダンジョンの全て、とは言っても四階までだけれども、そこまで攻略できるとは思っていない。
けれどそれでも長時間の緊張を強いられることになるのは間違いないだろうからここで一旦リラックスしておきたいのだ。
そうして心身の準備を済ませ、私とセレーネは再び教会へと足を運んでいた。
目の前に見える階段は薄暗く下の様子は見えない。
それは本当に闇に包まれているのか、ダンジョンの中を外からは見ることができないということなのか……
「準備はよろしいですか?」
「大丈夫よ」
「にゃ!」
「それでは無理をしないようによろしくお願いしますね」
「えぇ、わかってるわ」
あらためて覚悟を決め、教会の女神像の足元で、私は闇の中へと身を進めた。




