だらだら
北側に小窓がある。
その小窓をのぞきこめば住宅街が見えるが、椅子に座りながら見ると樹木しか見えない。
もう、葉桜に変わってしまったことに寂しさを覚えつつも空の青さと透き通るような緑で心が洗われる。
葉が囁きあっているのではないかと思うほど風も穏やかだ。
「ほのぼの」という言葉が似合うだろう。
思えば、風情を感じることが少なくなった。今までは何としてでも自然を感じようとしていたのに。
思えば、不快でもないのにため息をつくことも少なくなった。
少し前は何を捨てて何を拾ってきたのかと考えたがそんなことはない。
何を見て何を見ようとしなくなったのかが重要だ。
そして、見なくなったものに気がついた。
空白だ。
何事においても間が空白が存在する。
何かをしているときだって考えているときだって切り替えるときにはコンマ数秒でも間がある。
結局、その間を空白として見られるか塗りつぶすべき無駄と見るかそれが豊かさに繋がっていくと思う。
豊かさとは余裕なのだと思う。
だから、金銭を求める。
精神的優位を求める。
そうすることで余裕が生まれると信じているからそうするのだと思う。
だが、それでいいのだろうか?
本当は目の前の小窓から見える風景が正解なのではないのだろうか。
そう考えてはやめる。また考えてはやめる。
たしか、アリストテレスは人間でいるためには暇が必要だと言ったらしい。
たしかにそうかもしれない。
だらだらと空の青さと透き通るような葉の緑を眺めながら「暇だ」といえるこの瞬間を満喫している。
いま、私は幸せだ。




