綿あめのきみ
多幸の木は、今日もおいしそうに水を飲む。
水道水を吐き出したラムネのボトルをガジュマルの隣に置いて、眺めてみる。ラムネのボトルはプラスチック製の安物で、中に入っているビー玉も安物っぽくて、それでもとても大切なものだ。少なくとも、私にとっては。
湊は朝食の準備をしながら、冷ましたおかずをお弁当箱に詰めている。そのお弁当箱は電子レンジに対応していて、中身は常にやたらと凝っていて、しかもすべて手作りだ。いつもそうだった。今日のお弁当も、きっとそうなのだろう。
『これから』はわからなくても、『これまで』はわかる。
「もうすぐコーヒーできるけど、パンかなにか要らないー?」
キッチンから湊が叫ぶ。私はガジュマルの葉をつつきながら答える。
「要らない」
「コーヒーは?」
ガジュマルの葉が揺れて、私は顔を上げた。
「砂糖はなしで、……牛乳をちょっとだけいれて」
私の言葉に、湊も顔を上げる。それから、と私は追加した。
「今度、料理教えて。お義母さんの得意だったやつ」
口が四角になっている彼の顔に思わず吹きだす。ガジュマルも笑う。
『これまで』は変えられなくても、『これから』は変えられる。
「夜桜を見に行った時、来年は綿あめを買って、その次はベビーカステラ、三年後はかき氷、四年後はチョコバナナって話をしたよね」
湊が言った。まろやかなコーヒーをすすりながら私は頷く。
「あれ、ずっと綿あめにしようか。来年も再来年も、ずっと」
なんで、と訊ねると彼はマグをテーブルに置き、真剣な顔でこちらを見た。
「歯がなくなっても入れ歯になっても、綿あめならずっと食べられそうだから」
真顔で言いきってから照れたように笑う彼は、とても幸せそうで。
私もとても、幸せで。
いま、この瞬間に死んでもいいと思えた。
けれどもう少し、このひとと一緒に生きたいとも、思った。




