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第53話 陰の実力者は……全力で負けに行きます!!

魔術学院の広大な闘技場は、地鳴りのような大歓声と熱気に包まれていた。


年に一度、国中から有望な魔術師たちが集い、その頂点を決める魔導祭。その本戦への出場権を懸けた『学園選抜』の幕が、ついに切って落とされたのである。


闘技場の最上段に設けられた貴賓席には、この国の信仰の頂点に立つ『聖女』の姿があった。滅多に教会の外に姿を現さない彼女の登場に、観客席の熱狂は最高潮に達している。


だが、その華やかな表舞台の裏側では、すでにいくつもの『思惑』と『狂気』が、複雑に絡み合いながら暴走を始めていた。


* * *


「――今日こそ、白黒ハッキリつけましょう」


選手控え室。

シルヴィが冷徹な声で告げる。だが、対峙するセリアの様子は、どこか決定的に狂っていた。


「……ええ。ハイドは私がいなければダメ。私だけのもの……だから、群がる邪魔な奴らは、全て……『排除』……して……」


「……セリア?」


彼女の瞳の焦点は定まっておらず、まるで不気味な熱に浮かされているかのようだ。シルヴィへの激しい嫉妬心とは別の、正体不明のノイズが彼女の精神を侵食している。


「……ふふっ。誰にも、渡さ、ない。あはっ」


濁った瞳で、虚空を見つめながら微笑むセリア。


* * *


一方、王都を騒がせる『通り魔』は、闘技場を見下ろす時計塔の暗がりで単独で身を潜めていた。

マントの奥で血に飢えた凶悪な刃を撫でながら、貴賓席の聖女を冷徹な目で見下ろす。


(愚かな。これほど無防備に人前に姿を晒すとは。教会の強固な結界から出た時点で、貴様の命はすでに私の手の中にある)


そして、その通り魔とは全く別の場所。

歓声に沸く闘技場のグラウンド――出場選手たちが並ぶ列の端に、赤髪の少女ノノも一人の選手としてひっそりと佇んでいた。


彼女は終始無言だった。

周囲の熱狂にも、上段の貴賓席に座るターゲットであるはずの聖女の存在にも、一切の興味を示す様子はない。ノノはガラス玉のように感情の読めない暗い瞳を、何かを探るように静かに細めながら、ただ言葉を発することなく、その時が来るのを待ち続けていた。


* * *


そして、全ての騒動の中心にして、一番の被害者であるハイドは。


(くそっ! なんで俺が闘技場のど真ん中に立たされてるんだよ! ジミーとヘイボンのやつ、純度100%の嫉妬で俺を勝手にエントリーしやがって……絶対に許さん!)


出場選手たちがずらりと並ぶ中、ハイドは滝のような冷や汗を流しながら周囲を見渡していた。

右を見ても、左を見ても、自信に満ち溢れたネームドの猛者たちばかり。どこを見ても地獄である。


(だが、焦るな俺! シミュレーションは完璧だ! まずは初戦で誰よりも無様に、かつスピーディに場外へダイブして『モブの敗北』を完璧に演じ切る!)


ハイドは密かに、闘技場の端に立つ『一人の女性』へと、清々しいほどの期待の視線を向けた。


漆黒のヴェールで顔の半分を隠し、周囲の空気を歪ませるほど圧倒的な強者のオーラと、抗いがたい大人の色気を撒き散らす謎の美女。

彼女の名前は『ナゾノ・オンナ』。


(ふはは! あのデタラメな魔力プレッシャー……彼女なら絶対にこのふざけた大会をぶち壊してくれるはずだ! 頼んだぞ、謎の強者よ!)


ハイドはナゾノ・オンナの圧倒的な活躍を確信し、密かに熱い眼差しを向けていた。

彼女が一体何者で、なぜこの大会に現れたのか。観客も、教師たちも、誰一人としてその真相を知る者はいない。ただ一人、涼しい顔で立つ彼女の存在だけが、異質なまでの重圧を放っていた。


「――これより、魔導祭・学園選抜の第一回戦を開始する!!」


闘技場に、開会を告げる銅鑼の音がけたたましく鳴り響いた。


全ての思惑が致命的にすれ違ったまま。

誰も予想できない、混沌と勘違いに満ちた戦いの幕が、今ここに開かれた。

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