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「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


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第1話:婚約破棄の夜会で、「本物は左から三番目ですわ」

「汚れた石ころに、宝石の値打ちが分かるはずもない」

——ええ、結構ですわ。


捨てられた令嬢の眼に映っていたのは、壇上で輝く「偽物」と、

それを本物と信じて疑わない、哀れな皆さまの笑顔でした。


これは、誰にも視えなかった価値を視る令嬢が、

宵闇の公爵様に「至宝」として迎えられるお話です。


それでは皆さま、ごきげんよう。

鑑定を、始めますわ。


「——よって、ノエリア・グランツ。貴女との婚約を、破棄させていただく」


 燭台の灯がいくつ揺れても、壇上のあの石だけは、まばたきひとつしなかった。


(……三つ、ですわね)


 レーヴェ侯爵子息セドリックの声が夜会の広間に響くあいだ、ノエリアは壇上の展示台を数えていた。本日の目玉として陳列された五つの宝石のうち、偽物が三つ。よくもまあ、堂々と。


「聞いているのか、ノエリア嬢!」


「ええ。一言一句、漏らさずに」


 聞いてはいた。要約すれば、こうだ。


 ノエリアは、妹ペルラの輝かしい才能を妬んだ。顧客の宝石を根拠なく「偽物」と貶め、商会の信用を傷つけた。よって悪辣であり、婚約者に相応しくない——。


 証拠は「皆が言っている」。証人は「見たという者がいる」。


(鑑定書で言えば、所見の欄が白紙。署名だけが立派ですこと)


 広間の中央、シャンデリアの光を一身に浴びて、妹のペルラが進み出た。十七歳。蜂蜜色の巻き毛に、薔薇色の頬。


「皆さま、ご覧くださいまし」


 ペルラが細い指を翳すと、手の中の小さな石が、七色の光をほとばしらせた。歓声があがる。拍手が広間を満たす。


「——光は、嘘をつきませんわ。これが、グランツ商会の新しい鑑定ですの」


「素晴らしい」「妹君は本物の天才だ」「それに比べて姉君は、石を撫でて呟くだけだとか」


 くすくすと、囁きが広がった。


 石ころ令嬢。


 社交界がノエリアに与えた呼び名だ。地味なドレス。夜会より工房を好み、宝石に小声で挨拶をする奇行。派手な「光る鑑定」の妹と並べば、見栄えのしないこと甚だしい。


「ノエリア」


 低い声が割って入った。父——グランツ伯爵オズワルト。王都屈指の宝飾商会の当主は、娘ではなく商品を検分する目で、ノエリアを見た。


「商会の後継は、ペルラに改める。お前の籍は、本日付で抜いた。……分かるな。商会の看板に、値のつかぬ石を飾ってはおけん」


 ざわめきさえ起きなかった。誰もが頷いていた。当然の経営判断だと。


 ノエリアは、ドレスの裾をつまみ、完璧な礼をした。


「承知いたしましたわ、お父様。——いいえ、グランツ伯爵」


 泣き崩れる見世物を期待していた広間が、わずかに白ける。抗弁すれば悪あがき、涙を見せれば演技と笑われる。この場はそういう舞台で、ならば淑女の退場がいちばん美しい。


 出口へ向かう。背中に嘲笑が降る。


 その一歩手前で、ノエリアは足を止めた。


「申し遅れました」


 振り返る。事務的な、我ながら完璧な微笑で。


「本日の目玉の『海色の涙』——本物は、左から三番目ですわ。ひときわ強く輝いている右端のそれは、よくできた硝子。お買い上げの際は、どうぞお気をつけて」


 一瞬の沈黙ののち、広間は失笑で満ちた。


「負け惜しみにしても惨めな」「中央の石がいちばん輝いているじゃないか」「ほら、あれが石ころ令嬢の『鑑定』ですわ」


 ペルラだけが、扇の陰で目を細めた。


「姉さまの石は、いつも黙ったままですものね?」


「ええ。——黙っている方が、まだ嘘をつきませんの」


 それでは皆さま、ごきげんよう。


 ノエリアは今度こそ広間に背を向けた。その言葉の意味を理解した者は、その場に一人もいなかった。


   *


 外は、冷たい雨だった。


 迎えの馬車などあるはずもない。勘当された令嬢の持ち物は、小さな旅行鞄ひとつ。中身は着替えと、白手袋と、——母の形見の、古い鑑定ノート。


 石畳を打つ雨音の中を、ノエリアは歩いた。


 不思議と、悲しくはなかった。八年前に母が死んでから、あの家はずっと、彼女にとって「黙っている方がましな場所」だったから。


(けれど、これから、どうやって生きていきましょうね)


 眼しかない。剣も振れず、火も熾せず、ただ、石の真贋と来歴と——石に染みた誰かの記憶の気配が、視えるだけ。


 母譲りの、誰にも信じてもらえない眼だけ。


 ふいに、雨音が変わった。


 黒塗りの馬車が一台、音もなく彼女の横に停まっていた。漆黒の車体に、家紋はない。ただ、扉の取っ手にひとつ、夜空の色をした石が嵌まっている。


(——本物。それも、とびきりの)


 扉が、内側から開いた。


 暗がりの奥で、紫水晶の瞳がふたつ、静かに光っていた。


「『海色の涙』」


 低い声だった。雨よりも冷たく、けれど嘘の温度ではない声。


「会場を出る前に、五つすべてを検めさせた。左端と右の二つは硝子。左から二番目は、質の劣る代替石。本物は——」


 男は、わずかに身を乗り出した。雨の灯りが、彫像めいた美貌と、感情の読めない瞳を照らす。


「——左から三番目。正解だ」


 心臓が、跳ねた。


 生まれて初めてだった。彼女の眼の答え合わせを、してくれた人は。


「……どなた、ですの」


「乗れ。話はそれからだ」


 男は座席の奥へ身を引き、当然のように言った。


「濡れた石ころを拾うのが、今夜のわたしの仕事らしい」


お読みいただき、ありがとう存じます。「石ころ」と捨てられた令嬢の眼が、本物だけを視抜いていく物語の幕開けですわ。

雨夜の馬車の主は、社交界が「宵闇の宝石公」と恐れる、あのお方。次回、彼が令嬢に差し出すのは、愛の言葉——ではなく、一枚の雇用契約書ですの。

続きが気になりましたら、ぜひ【ブックマーク】と下の【☆☆☆☆☆評価】を。皆さまの応援が、次の宝石を磨く何よりの布になりますの。


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