第12話「観察者の正体」
残り、五秒。
距離、ゼロ。
踏み込む。
ナイフを振る。
狙いは——
少年。
その瞬間。
黒崎も、同時に動いた。
別方向から。
挟み込む形。
「……っ!」
少年が、初めて明確に反応した。
一歩、引く。
だが——遅い。
ガッ!!
衝撃。
私のナイフが、少年の肩に食い込む。
同時に。
黒崎の腕が、少年の首を掴む。
「捕まえた……」
黒崎の声。
かすれている。
だが。
確かに、“意思”がある。
「……黒崎……!」
その瞬間。
少年が、静かに呟いた。
「残り、三秒。」
笑っている。
この状況で。
「なぜだ。」
思わず言葉が漏れる。
「なぜ、抵抗しない。」
少年は答える。
「必要がないからです。」
次の瞬間。
黒崎の動きが——止まる。
完全に。
「……え?」
手の力が抜ける。
少年の首から、腕が外れる。
「条件、達成です。」
その一言。
空気が、凍る。
「……何?」
美咲の声。
震えている。
「“排除”は完了しました。」
少年が言う。
「対象は——」
一拍。
「“黒崎”です。」
沈黙。
「……ふざけるな。」
喉の奥から、声が出る。
「まだ生きてるだろ……!」
「いいえ。」
即答。
「彼は、既に“人間としての条件”を満たしていません。」
「だから、排除対象として処理されました。」
その言葉と同時に。
黒崎の体が——崩れた。
音もなく。
力が抜ける。
糸が切れたように。
床に、倒れる。
「……っ……」
声が出ない。
美咲が、動かない。
ただ、見ている。
「これで、三人。」
少年が言う。
「次の段階へ進みます。」
その瞬間。
私は、理解した。
「……違う。」
小さく、呟く。
「お前——」
顔を上げる。
「人間じゃないな。」
沈黙。
少年は、否定しない。
「当然です。」
静かな声。
「私は“観察者”ですから。」
「違う。」
首を振る。
「それ、役割じゃない。」
「定義だろ。」
一歩、近づく。
「お前、“人間を観察するための存在”だ。」
「最初から。」
沈黙。
そのあと。
少年は、初めて——
ほんの少しだけ、笑った。
「正解です。」
空気が、冷える。
「私は、人間ではありません。」
「ですが——」
一拍。
「人間を理解するために、作られました。」
「誰にだ。」
その問いに。
少年は、少しだけ考えて——
こう答えた。
「それは、まだ観測されていません。」
意味が分からない。
だが。
ひとつだけ、分かる。
「……終わってないな。」
「はい。」
少年が頷く。
「これはまだ、初期段階です。」
そのとき。
美咲が、笑った。
「……はは。」
「最悪。」
ゆっくりと、ナイフを持ち上げる。
「ねえ。」
少年を見る。
「次も、やるんでしょ?」
「はい。」
「何度でも。」
その答えに。
美咲は——
笑ったまま、言った。
「じゃあさ。」
「今度は、こっちが観察してあげる。」
静寂。
少年が、初めて目を細める。
興味。
その瞬間。
どこかで、また音がした。
カチッ。
光が戻る。
部屋が、元に戻る。
だが——
黒崎は、動かない。
もう。
戻らない。
「実験終了です。」
少年が言う。
「次の観察対象は——」
私たちだ。
その言葉で。
すべてが、繋がった。
三年前。
そして今。
私たちは——
まだ、“実験の中”にいる。




