羊飼いの少年は赤い実の夢を見るか
毎日コーヒーを飲んでいる。
朝から晩までコーヒーを飲んでいる。
たまに、「あ、ちょっとコーヒー飲みすぎかなぁ。」
なんて言いながら、寝る前の、たった一杯のコーヒーを控えて、ものすごく体にいいことしたような気になっていたりする。
羊飼いのカルディの伝説では、赤いコーヒーの実を食べる羊が活発になり陽気に飛び跳ねるのを見て、自分も食べてみたところ、途端に明るく元気になったという。
宗教儀式において、眠気を飛ばし、神への祈りをささげることの出来るものとして、一部の人間だけが口にすることができるものとされた。その効果は絶大で、世界中に広がり、今に至っている。
お茶、コーヒー、チョコレート、牛乳など、昔は効果著しい薬として用いられ、ブルーベリー、ブロッコリースプラウト、ウコン、肝油など、現代ではその効果の元となるものの化学物質まで解明され、その有効成分を抽出したりしたものが薬品やサプリメントという形になって、簡単に手に入れられるようになっている。
神話や昔話に出てくるそれらの食べ物たちは、それほどに語り継がれてきたからには、本当に人の命を救うほどの効果をもたらしたからに違いない。昔の人は、その効果を目の当たりにして、驚き、畏怖をもって大切に扱ってきたのだろう。
そんな伝説のコーヒーを、僕は浴びるように毎日飲んでいる。
そして、寝る前に飲んでも全く意に介さず、ぐっすりと眠りに着くことができてしまう。
多分、コーヒーが昔より効果が薄まってしまったということでは無いと思う。
現代人が、その素晴らしい効果を持つ食べ物を摂っても、反応しないくらい鈍くなってしまっているのだと思う。二足歩行できる人間は、二足歩行できるというだけではなく、その肉体を維持し、健康を保つためには二足歩行をしなければ、いろいろな弊害をもたらすという因果の関係にある。犬は散歩をさせなければ、精神的にも肉体的にも失調するし、マグロは回遊していないと酸素を取り込めず、死んでしまう。だから、人間が他の動物にない特徴である、長時間移動し続けるという運動をしなければ、健康を失調してしまう。ヌーは、一年に3000キロ以上移動するというが、人間はそれ以上の距離を簡単に自分の足で移動できてしまう能力を持っているということを、現代人は忘れてしまっているのだ。
こんなにも沢山の素晴らしい物を簡単に手に入れられるのに、僕達は健康じゃない。
もしかしたら、いつの日か、このコーヒーの香しい香りすら感じられなくなる日が来るのかもしれない。
人間が、本当に人間らしい生き方を取り戻したとき、羊飼いカルディがあの赤い実を食べたときのように、コーヒーを飲むことで、えも言われぬ高揚感を再び得ることができるかもしれない。




