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アンと紅茶4

あくる日、沢山焼いたスコーンを皆に振舞ったら、台所に立つイメージがあまりないのか驚いていたが、皆休憩時間にコーヒーやお茶と一緒に楽しんでくれた。もちろん、アンは予想通り美味しい美味しいと言って食べてくれたのが、僕も本当に嬉しかった。



「タク、懐かしい味がしたよ。」



「え、お母さんの味?」



「おばあちゃんの味。」



両親が忙しく、学校から帰ってくると、おばあちゃんはちゃんとティーポットで紅茶を入れ、手作りのスコーンを焼いてくれていたらしい。両親や自分で紅茶を淹れるときは、いつもティーバックの紅茶を飲んでいたけど、おばあちゃんはちゃんとポットにリーフで淹れた、おばあちゃんの好きな薫り高いアールグレイを飲ませてくれていたとのことだった。



「おばあちゃんの淹れた紅茶は薫りが良くて飲みやすかったから、ノーミルクで飲んでいたわ。」



「そっか、じゃあいつも飲むミルクティーとは違うんだね。」



「だから、おばあちゃんを思い出したいときは、私もポットでアールグレイを淹れるの。」



そう言って、今日は小さなティーポットと、前にアンにあげたフォートナム&メイソンのアールグレイクラシックで、ストレートの薫り高い紅茶を淹れてくれた。



アンの両親や僕らの時代は、昔よりいろいろやることが増えてしまって慌ただしい時代になったのかもしれない。それは、おばあちゃん達の時代が今よりものんびりした時代だったというわけではなく、今よりも生きることの本質に近いことしかしなかったということだろう。仕事をして、子育てをして、家族で食事をとり、たまにある休みには家族で出かけたり、親類のところへ行ったりする、そういうことに一生懸命だったに違いない。



僕たちの時代はどうだろうか?インターネットと携帯電話が普及し、交通網は整備され、僕たちの世界は、どんどん小さくなっていった。夜行電車で一日がかりで帰った故郷は、飛行機や新幹線であっという間についてしまう。届いたかどうかもわからず出した手紙は、メールやラインで直ぐそばにいる人と変わらないくらい身近になってしまった。遠く離れて、思いを募らせることも薄まってしまったのかもしれない。ゆっくりと故郷へと近づく車窓から見る景色が、遠く離れた街に暮らしていることを実感させ、街と街の距離と、人と人の距離の遠さに心を揺り動かされていたけど、そういう時代ではなくなってしまった。その代わりに色んな情報をひと昔前の新聞記者のように、みんなが情報を得ることにばかり一生懸命になってしまって、自分の心に浮かぶあれこれを感じる時間さえ失っているのかもしれない。



「おばあちゃんは優しかった?」



「うん、一緒に午後の紅茶を飲んでアンがおいしそうにスコーンを食べてる顔を見るのが私の幸せよって言ってた。」



たまに帰った両親に作った晩御飯。親父もお袋も大げさに喜んでいたけど、今思えば本当に嬉しく思ってくれていたのかもしれない。その顔を見て、恥ずかしながらも僕も本当に嬉しかった。



アンが喜んでくれるならと何の気なしに作ったスコーンだったけど、みんなの笑顔、そして、アンの笑顔を見たら、おばあちゃんの言っている言葉は本当なんだと実感できた。誰かのために、ちょっとした何かをしてあげて、それを自分が思った以上に喜んでくれたなら、そんな幸せなことはないと思う。



僕らはそんな幸せを忘れて、色んな違うことに人生をすり減らしているのかもしれない。誰かと話をして、例えば一緒にお茶を飲んで、他愛もない話で笑う。互いの身の上を話し合って、お互いの家族を気に掛ける。ただただ、そんな関係性を作ることが本当は今も変わることのない人間の喜びに違いない。



「タク、ありがとう。」



そういって、アンは僕をギュッと抱きしめてくれた。僕は一瞬驚きと恥ずかしさを感じたけど、それ以上になんだか温かい気持ちになって、僕もアンをギュッと抱きしめた。そして、それを周りのみんなが見ていたけど、誰もが温かい目でその姿を笑いながら眺めていた。



心が近づいたとき、身体を近づけたくなるのは、こんなにも当たり前の事なのだとあの時に知った。人と人が抱きしめあうとき、老若男女関係なく、本当に心が近づいたということなのかもしれない。



「タクおばあちゃん、おいしかったよ。」



「そうかい、アン、おばあちゃん嬉しいよ。」



そういうと抱き合ったまま二人して大きな声で笑いあった。そして、つられて周りのみんなも笑っていた。



たぶん、空の上から、アンのおばあちゃんも、僕の両親も笑っているに違いない。

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