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後日談 氷麗の卵③


(力が、抜ける……も、もう、だめぇ……っ)


 巧みに釦が外され、身体の線をなぞっていたシリウスの指が、スル、と絹衣の下に忍びこもうとしたそのとき。


 ーーピシッ!


 硝子にひびが入るような音に、ハッと我にかえった。


 もぞもぞと、腹の上の卵が動いている。


「ひゃああああっ!! シリウス!! た、たたた卵!! 卵がーーっっ!!!」


「ーーはぁ、まったくタイミングの悪い……ローズ、落ち着いて、服の中から卵を出してみなさい」


 シリウスが渋々と身を起こすし、私は肌蹴られたネグリジェから卵を取り出して、言われた通りに寝台の上に置いた。


「君は下がっていなさい。危険なものだといけない」


「魔法を使えない人が、なにを言ってるんですか! 大丈夫、どんなものが産まれても、私がシリウスを守りますよ」


 魔力を高めるとともに、私とシリウスの周りを金色の檻が取り巻いた。眩く発光する雷の檻だ。どうやら呪文を唱える前に、私の聖獣が望みを察したらしい。


(ーーあ、そうだわ。遺跡の魔法壁もこれを利用して、畑の害獣避けの電気柵みたいにしたらどうかしら。そうすれば、魔物が壁に近づけなくなるわ)


 そんなことを考えるうちにも、罅はしだいに大きくなっていく。ついにはパキパキと割れはじめた。シリウスと二人で息を飲んで見守っていると、割れ目から、ぴょこん、と白銀のドラゴン の頭がのぞいた。


「これは……!?」


「か、かわいい……っ!!」


 氷晶のように透明な角。子竜らしく丸みのある身体は白銀の鱗に覆われている。背には六枚の翼があり、シリウスによく似た色合いのアイスブルーの瞳が美しい。


 子竜は懸命に首を伸ばして、私とシリウスを交互に見つめていたが、ふいにパクッと口を開いた。


『……ママ!』


「ええっ!?」


『パパ!』


「おやおや……」


 子竜はシリウスの顔をじっと見つめながら、ヨチヨチと近づいて手のひらに擦り寄った。


『パパ! パパ! ダイスキ!』


「懐かれましたね」


「まだ子を成してすらいないのだがね?」


 ため息混じりにぼやく彼に、子竜は嬉しそうにキュッと目を細める。


「ボク、パパノコト、ダイスキ! パパノコト、マモッテアゲル!」


「ほう。君は見たところ聖獣の子かな? それは、僕に加護を授けてくれるということかい?」


「ウン! ボク、ヒョウレイノセイジュウ、〝フィンブルヴェルト〟! ボク、パパニカゴ、サズケル!! ヒョウレイノカゴ、サズケル!」


「シ、シリウス。氷麗を司るドラゴンって、まさか……」


「ああ。かつて、ドラゴニアに産まれた王子に加護を与えた、氷麗竜に間違いないだろうね。邪気をはらんで〝魔王〟と化していたものが、先の戦いで浄化されたのだろう」


「そうか! アンジェリカの聖女の力で、もとの聖獣に戻ったんですね。よかった! 以前と同じ聖獣なら、すぐ元通りに魔法が使えるようになりますね!」


「ああ……そうだね」


 しかし、うなずいてみせるものの、シリウスの顔色は暗い。


「嬉しくないんですか……?」


「……僕に、この聖獣の力を扱える器があるのだろうかと思ってね。もし、かつての王子と同じように、力に溺れて欲望に飲まれ、ふたたび〝魔王〟と化してしまったらーー」


「そのときは、私がカミナリを落としますよ!!」


「……っ!」


 彼の抱く不安に気づいた瞬間、言葉が出ていた。心の中に、マリンローズと成海しずく、二人の気持ちが合わさって一つになる。


 かつてのドラゴニアの王子が〝魔王〟と化した本当の原因ーーそれは、孤独だったのではないだろうか。


 私が彼と同じように、強大な力を持って生まれた魔法士マリンローズであるからこそわかる気がする。力に溺れてしまったのは、自分の力を誇示したいからだ。そうすることで、自分を認めてほしいから。欲望に飲まれてしまったのは、両親からも家族からも、出会う者すべてに恐れられる、そんな寂しさから目を逸らしたかったから。孤独を忘れてしまいたかったから。


 ーーそして、ついには自分自身すらも失ってしまった。


「大丈夫! 今のシリウスになら、きっと使いこなせます。もう貴方は独りでも孤独でもない。私が側にいますから、一人で悩まないで、困ったり悩むことがあったら頼ってください! 私たち、夫婦になるんでしょう?」


「……ああ、そうだね。そうだった」


 その危うさを、シリウスもまた持っている。


 彼はもう〝魔王〟を封じる器ではなくなったけれど、一度身に刻まれた孤独は、簡単に忘れられるものではないから。


 これから先、私が彼と一緒に生きていくことで、少しずつ、遠い思い出に変えられたらと思うのだ。


 シリウスは静かに瞑想したあと、意を決したように目を開き、子竜と向き合った。


「氷麗の聖獣〝フィンブルヴェルト〟。魔法士シリウスロッド・フレースヴェルグは汝の加護を望み求める。どうか、我を護り、我とともにあらんことを」


『ウン! ヨロシクネ、シリウスロッド!』


 子竜ーーフィンブルヴェルトが嬉しそうに目を細めると、その身体が眩い光に包まれた。光は球体となり、シリウスの左薬指にある婚約指輪に吸い込まれていく。


 金色の琥珀が嵌め込まれたその指輪は、シリウスとともに彼の領地へ療養におもむいた際、屋敷裏の浜辺で拾ったものだ。私の瞳の色にとてもよく似ているからと、彼がそれを使ってあつらえたのである。


 私の指輪にも、同じ浜辺で拾った、シリウスの瞳の色に似た青琥珀ブルーアゲートが光っている。


「婚約指輪が依代になったんですね。新しい聖獣が見つかって、よかったですね! シリウス!」


「ああ。君のおかげだよ、愛しいローズ。本当に、君はどこまで僕を夢中にさせるのだろうね?」


 指輪を嵌めた左手が、恭しく、私の手を取るーー瞬間、思いもよらない力で引かれた。シリウスの腕の中に抱き止められると同時に、そっと唇が重なる。


「ん……っ!」


 異なる体温と鼓動のリズムが、ゆっくりと同調していく。


 その感覚は、彼の身体に魂を預けたときによく似ている。頭の芯から蕩けるような安堵感に、先ほどまで感じていた空虚な寂しさが、跡形もなく消え去っていくのを感じた。


 キスを終えた彼は、したり顔だ。


「ふ、不意打ちはやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか……っ!!」


「ふふっ、すまないね。では、不意打ちではなく、あらためて先ほどの続きをしようか?」


「つ、続き……?」


「そう、続きだ。ーー愛しているよ。僕の〝秘密の薔薇ローズ〟」


 見惚れるような笑顔とともに、天蓋が降ろされる。どこまでも優しく触れながらも、その抱擁は、絶対に手離すものかと言わんばかりだ。でも、そんな不器用な愛情を含めて、すべてが愛しいと思えてしまう。


 降参だと、伸ばした腕で頬に触れる。


「私も、愛していますよ。シリウスーー」




《番外編 完》

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