十章⑩
***
リメイクされた乙女ゲーム、〝プリンス&プリンセス ラブ+ 〜恋からはじまる学園新生活〜〟隠しキャラクター、シリウスロッド・フレースヴェルグ。
彼を出現させる条件は、三年目までにすべての攻略対象との出会いイベントを発生させないこと。
かのレオンハルトを凌ぐ新プリ最高鬼畜難易度、シリウスロッドルートを攻略するには、全攻略対象のハードモードを攻略しつつ、すべてのバッドエンドを回避しなければならない。
出現条件をクリアすれば、三年目の直前にシルヴィアの誕生日パーティーイベントが発生し、彼女の兄、シリウスロッド・フレースヴェルグ公爵と運命の出会いを果たすことになる。
スパダリにして溺愛。大人の魅力漂う彼のルートでは背徳的な略奪愛が楽しめるのだが、その恋敵こそ、〝天雷の魔女〟マリンローズ・メルリーヌだ。
出会いイベントであるパーティーでは、シルヴィアにボロ雑巾だとドレスを馬鹿にされたヒロインが、怒りにまかせて退席した先で、シリウスロッドがマリンローズに手酷くフラれている現場に居合わせる。マリンローズが立ち去ったあと、シリウスロッドはヒロインに気がつき、今見たことは二人だけの内緒だよと優しく口止めする。その憂いをたたえたアイスブルーの瞳に恋に落ちたヒロインは、想い届かずもマリンローズを愛し続けるシリウスロッドを振り向かせるために奮闘するーー恋に敗れた大人の男性と、初恋にときめく純粋な少女が織りなす、甘く切ないシナリオだ。
表向きは。
というのも、このシリウスロッド。物腰柔らかな溺愛キャラと見せかけて実はヤンデレ、むしろドロデレ。それも、ドロッドロのドロである。
そもそもマリンローズとシリウスロッドがパーティーを抜け出していたのは、マリンローズが突然の婚約破棄を言い渡されたからなのだが、すべてはシリウスロッドの用意周到な計画によるものだった。彼は傷心のマリンローズにつけ込み婚約を申し込むが、手酷くフラれてしまい、ショックのあまり自身に封じられた〝魔王〟の半身に心を蝕まれてしまう。
ヒロインと別れたあと、彼は欲望のままにマリンローズを拉致監禁。彼女には自分の他に大切なものなどいらないと、生徒たちの命を奪おうと企てる。
部屋に引きこもったセオドールをハイポーションと偽った魔法薬で毒殺し、アルベルトの妹姫プリシラを誘拐して惨殺し、公爵家の名を貶めたとシルヴィアを斬首刑に処し、幽閉先に送られるレオンハルトに暗殺者を差し向けーーそう。シリウスロッドルートで攻略対象たちに凄惨なバッドエンドをもたらすのは、なにを隠そう彼なのだ。
よって、各攻略対象たちのバッドエンドが一つでも確定してしまった場合、攻略は失敗する。
ちなみに、彼のルートでのみ、各バッドエンドの最後には世界に〝魔王〟が蘇るストーリーが追加されるが、これは拐われたマリンローズがシリウスロッドに魂を奪われ、魔王の封印石を破壊。彼と融合して完全体の〝魔王〟と化した結果である。
『ーー以上! これが、本来のシリウスロッドルートのシナリオです! でも、この世界のマリンローズ先生は婚約の申し込みを断らずに受けてしまったから、シナリオが大きく変わっちゃったの!』
『この世界のシリウスロッドは、マリンローズ先生と結ばれたおかげで、ベタベタの溺愛キャラにーーゴホンッ! 序盤で〝魔王〟の半身に心を蝕まれずに済みました。でも、彼に施された封印は、国王陛下たちの生命力が尽きれば消滅してしまう。彼は、自身が〝魔王〟と化したとき、先生の命を奪ってしまうことを恐れています。自我を失う前に、ともに完全体の〝魔王〟として生まれ変わるつもりなのです!』
純白に輝く天馬の背に乗り、王都中央広場の魔法円の上に降り立ったアンジェリカ。驚いて駆けつけたレオンハルト、シルヴィア、アルベルト、セオドールの四人に事情を説明し、直ちにマリンローズの救出に向かうことになった。
天馬の背に全員を乗せることはできないので、レオンハルトとシルヴィア、アルベルトは、聖獣を憑依召喚して翡翠色の巨大な龍と化したセオドールの背に乗り、空を飛んでいる。
夕陽は沈みきり、残照を含んだ空は澱んだ血のように赤黒い。〝いにしえの秘境〟の上空には夜よりも深い暗雲が渦巻いている。
吹きつける風に耐えながら、レオンハルトは双子たちに問いかけた。
「つまり、愛する人と一緒になるためだけに、公爵は完全体の〝魔王〟になろうとしているということですか!?」
『その通りです!』
『間違いありません!』
即答する双子の言葉に、面々は困惑した顔を見合わせる。しかし、すぐに納得した顔でうなずいた。
アンジェリカが伝説に謳われる聖女の再来であり、その力が覚醒したために王都を襲っていた魔物は消滅。二人の少女たちは双子の赤ちゃんが聖獣の力で成長した姿で、彼女たちの前世はマリンローズの前世の元教え子。リメイクされた乙女ゲームの世界にうんぬんかんぬんーーこの場にいる全員が、このあまりにも突飛すぎる状況を一通り理解できているのは他でもない。
聖女の力だ。
広場に降り立ったとき、どう説明したらいいか困りきっていたら、天馬が例の理解力強化の魔法を全員にかけてくれたのだ。ついでに許容力と寛容性と柔軟思考能力も強化してもらった。
本当にもう、奇跡以外のなにものでもない。
「待て待て! 百歩譲って、お嬢ちゃんたちの言う通りだったとして、どうしてそこまで言い切れるんだ!? ゲームの中の公爵は知っていても、この世界の彼には会ったことがないだろう!」
『愚問よ、アルベルトたん! そんなの、長年推してきたからに決まってるじゃない!』
『かつて、レオンハルト単騎推し一択だった我々ですが、シリウス兄様は別腹です。だってレオンたんのお兄様なのですから! ここがどんな世界線だろうと、推しの考えることは理解してみせます!』
「は……? お、おし……?」
流石に、天馬の奇跡にも限界があるかと、天馬の立髪に掴まりながら、アンジェリカは苦笑した。
「アルベルト様。この子達の言葉は正しいと思います。ーー聖獣を召喚して、思い出したことがあるんです。わたしのお店で補修授業が行われた日、皆さんが帰られた後にマリンローズ先生の元婚約者、ウィルフレッド・ブライトナー侯爵様がご来店されました。彼はこの子たちの言う通り、シリウスロッド公爵様に脅されて、あの婚約破棄を演じたそうです。師匠が好感を持った彼を、二度と彼女に近づけなくするために。その後、公爵様がやって来て、私の記憶を魔法で封じました。だから、師匠が拐われたと知った時、公爵様を疑えなかった。公爵様は、それほどまでに師匠に執着しているんです」
『……どのみち、行けばわかるよ』と、竜化したセオドールが鋭い牙の間から緊迫した声を絞り出した。
『……歪んだ愛情は憎しみと変わらない。マリンローズ先生を〝魔王〟になんて、絶対にさせるもんか。なんとしてでも、取り戻してみせる……!!』
その言葉に、全員が強くうなづく。
双子曰く、シリウスロッドルートを攻略するためには、〝魔王〟が完全復活する前にレオンハルト、シルヴィア、アルベルト、セオドールの四人を連れて魔王の封印石の間に赴き、マリンローズを取り戻すことが絶対条件だ。
もし、それに間に合わなければ、世界滅亡エンドが確定してしまう。
「師匠……! どうか、無事でいてください……っ!」
眼下に広がった〝いにしえの秘境〟の深い樹海に目を凝らしながら、アンジェリカは胸元のペンダントをきつく握りしめた。




