十章⑨
「わかりました、やってみます……! プリシラ姫、わたしの〝杖〟はこのペンダントです。魔力の供給をお願いできますか?」
プリシラはうなずいて、両手でアンジェリカの手ごとペンダントを包み込んだ。
温かな熱ーープリシラの魔力が流れ込んでくる。高密度に練られたそれが、ペンダントへ浸透していく。
アンジェリカはゆっくりと目を閉じた。
今までになかった感覚が身体を包む。瞼の裏に広がる闇の向こうから、なにかが見つめ返してくるのがわかった。
「ーーお願い、わたしに力を貸して! 自分が幸せになることも、皆が幸せになることも、どちらも望まなくちゃいけなかった! そんなこと叶えられないなんて、最初から諦めるべきじゃなかった……っ!!」
言葉に呼応するように、ペンダントに嵌め込まれた石が大きく震えた。目を開けた瞬間、視界は白い光に埋め尽くされる。
光はペンダントを飲み込んで、光輝く純白の毛並みの馬の姿を形作っていく。
六枚の羽根を生やした天馬だ。額に金の角があり、その目はペンダントの石と同じ、澄んだ水色をしていた。
「す、ごい……! ゲームのオープニングで見たのと、同じ……」
「なんて美しい……! これが、聖女の聖獣なのですか……!?」
恐る恐る近づくと、天馬はアンジェリカに対してスッと頭を下げた。触ってもいいのかと手を伸ばしてみるーーしかし、その直前、それまでゆりかごの中で眠っていたはずの双子が火がついたように泣き出した。
「わああっ! ご、ごめんごめんっ! 急におっきなお馬さんが現れたから、びっくりしたわよね!?」
「ア、アンジェリカ! 赤ちゃんたちの様子がおかしいです! 泣いているというよりも、なにかを叫んでいるような……?」
プリシラの言う通りだった。まだ生まれて半月も経たない双子の赤子たちが、声を合わて泣き叫んでいる。なにごとかとプリシラと二人で抱き上げると、天馬がその角の先をそっと双子たちの額に触れ合わせた。
二人の身体が、先ほどと同じ光に包まれる。
ふわりと、それが弾けた瞬間。
『やーーーーっと喋れるようになったーーっ!! 神聖属性の聖獣たん、グッジョブ!!』
『成長力と言語力を強化してくれて助かりました。これで、ママたちと話ができますね!』
トン、と床の上に、お人形のような二人の少女が舞い降りた。
一人は栗色の巻毛。もう一人は金髪のストレートヘア。
フリルのたっぷりついた純白のドレスを着ている。歳はどちらも六歳くらいだろうか。少女たちはアンジェリカによく似た水色の瞳を並べ、にっこりと微笑んだ。
「え……っ!? ええっ!?」
「あ、赤ちゃんたちが女の子に!? なにがどうなっているのですか!?」
腕の中の双子は忽然と消えている。おそらく、目の前に現れたこの二人の少女は、聖獣の力で急成長した我が子たちなのだろうーーと、フル回転させた脳みそでそこまで理解したが、現実はさらにその斜め上を凌駕した。
『はじめまして、ママ! わたし、前世の名前を〝天野めぐみ〟といいます!』
『同じく、〝氷鷹麗〟です。私たちは転生者ーーマリンローズ・メルリーヌ先生の前世、〝成海しずく〟のかつての教え子たちの生まれ変わりです』
「は……あ……!?」
今度こそ真っ白になりかけた頭を、ツン、と天馬の角の先にこづかれた。途端、双子たちの言葉が容易に理解できるようになる。天馬は続いて、プリシラにも同じことをした。
「そ、そうか! 能力を高める聖女の力で、理解力と許容力、順応性を強化したのね。ーーつまり、貴女たちはわたしと同じ転生者なのね!? 師匠は新プリをプレイする前に、生徒たちを庇って亡くなったと言っていたわ! もしかして、助けられなかったの?」
『ううん! 成海先生はわたしたちを突き飛ばして、代わりにトラックに……でも、おかげで、わたしたちはかすり傷で済んだの。その後、人生を一通り謳歌して、おばあちゃんになって亡くなったはずなんだけど……たぶん。そうだよね??』
『高齢になってからの記憶は曖昧です。ーーある日、気がついたら狭くて暗い場所にいて、中学生時代の天野氏と意思疎通ができるようになっていました。それで、二人で外の様子を伺っているうちに、どうやら新プリの世界に転生したのだと気がついたんです。成海先生があのマリンローズ・メルリーヌに転生していると知ったときには、驚きましたよ』
『ほんとほんと! だから、ママが先生に会ってからのことは全部知ってるんだ。でもって、今のこの状況なんだけど、先生ってばよりにもよって新プリ最高攻略難易度の隠しキャラ、シリウスロッドルートを攻略しようとしてるの! でも、わたしたちの知ってるシナリオとは大きく流れが変わっててーー』
栗色の巻毛の少女、天野めぐみの話を、大きな叫び声が遮った。窓の外を見ると、王都を覆っていた結界壁の一部が崩れている。そこから砂時計の砂粒のように、数多の魔物が王都に向かって雪崩れ込むのが見えた。
「アンジェリカ! 結界壁が……!!」
「嘘……っ!?」
もう間に合わないのかと蒼白になった瞬間、天馬が大きく嘶き、角の先から眩い光を発した。光は波紋となり、宮廷の一室を中心に王都中に広がっていく。真昼のような光だった。光が消えたあとには、魔物の姿は微塵もなくなっていた。
これが、聖女に加護を与える聖獣の力か。
「す、すごい……! けど、いくらなんでも、チート過ぎない?」
『聖女の魔力に触れると、魔物は魔素レベルにまで分解されるっていう設定があるの。ーーって、そんなこと説明してる場合じゃない! ママ、プリシラ姫! ペガサスたんに乗って! 早くマリンローズ先生を助けに行かないと、間に合わなくなる!!』
『先生を拐った犯人はシリウスロッドです! 彼の目的は、先生の魂ーー〝神龍の宝玉〟を奪い、彼女と融合して新プリ最高討伐難易度のラスボス〝氷雷の魔王〟に生まれ変わること! 世界滅亡エンドが確定する前に、すべての攻略対象たちの力を合わせて、先生を取り戻すのです!!』
「で、でも、どこに拐われたかがわからないわ……!」
『大丈夫! わたしたち、新プリは全ルート攻略済みだから!! ーー〝シリウスロッドルートで拐われたマリンローズ・メルリーヌは、魔王の封印石の間に囚われている〟!!』
力強い小さな手に導かれ。
自身溢れる強い言葉に背を押されて、アンジェリカはプリシラとともに天馬の背に乗り込んだ。
六枚の翼をいっぱいに広げ、天馬はひとりでに開け放たれたバルコニーの窓から、王都中央広場を目指して飛び立っていく。
そして、突然の眩い光に魔物の群れが消え去ったことに驚くレオンハルトたちの目の前に、聖女かくありきとばかりの神々しさをもって、舞い降りたのだ。




