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八章④


「ベスティア獣王国が、金の産出国であることはご存知ですわね? 近年、かの国は金と絹との有利取引を条件に、砂上の商業大国シャンドラマハールとの間に交易路を築きましたの」


 私は、胸中のマリンローズの記憶を辿りながらうなずいた。


 ベスティアは獣人たちの王国だ。彼等は人間よりも強靭な肉体を活かし、山を切り崩し、森を開いて、広大な国土を手に入れてきた。


 そして、大規模な開拓は巨万の富をーー豊富な金をもたらしたのだ。


 金の産出国として一気に国力を増したベスティアは、隣国であるアストレイア王国を我が物にと侵略を企て、その進行を阻む目的で築かれた要塞都市こそが、現在のベオウルフ公国である。


「交易路の完成とともに、ベスティアにはシャンドラマハール産の上質な絹製品が大量に輸入されるようになりましたわ。針子たちはその絹地にさらなる価値を生み出すため、金糸で贅沢な刺繍を施しましたの。分厚い絹地に、緻密な金刺繍。贅の限りを尽くしたドレスは大流行し、〝金の衣〟と讃えられるようになった。かつて、社交界最高の装いは、我がアストレイア王国で生産される総レース地のドレス、〝聖女の衣〟をおいて他にありませんでしたわ。しかし、ベスティアの王侯貴族たちは、〝金の衣〟こそが最高の装いだと、各国の社交の場で〝聖女の衣〟を貶めているのです。今や、諸国の王侯貴族たちは〝金の衣〟の虜ですわ。ーーアルベルト王子。貴方が妹君への贈り物に選んだ理由も、そのせいではありませんの?」


「ち、違う! アストレイアのドレスがおとしめられていると知っていたら、選ばなかった! ただ、母上に相談したとき、ベスティアのドレスが評判だと聞いたからーー」


「非難しているわけではありませんのよ。流行とはそういうもの。古くなったものは捨て、常に新しいものを作り出さなければ食い潰されてしまう。ーーでも、これ以上、ベスティアに富を貪られるわけにはいきませんの。アストレイア王国の技術の粋をもって、より上質で美しい〝金の衣〟を作り上げればーーそれを、王子の婚約者たるわたくしが纏い評判になればーー富は我が国に集まる。そう思いませんこと?」

 

「……!!」


 シルヴィアの言葉は、ここにいる全員の予想を遥かに超えていた。


 ベスティア獣王国による経済的侵略に、どう対処すべきか。


 彼女はアストレイア王国の次期国王と友好国の王族たちに向けて、そう問いかけたのだ。


 皆は即座に返答できず、考え込んだ。


 毅然と背筋を伸ばし、紫水晶の瞳を鋭く光らせるシルヴィアは、兄に甘やかされて育った我儘な令嬢ではけっしてない。


 いかなる状況でも、王のために策を巡らし敵を排する。


 王の影として王家を支え続けてきた、公爵家の血を引く臣下なのだ。


(間違いだった……! ただ、レオンハルトとの不仲を解消するだけでは駄目なのよ。シルヴィアのバットエンドを回避する条件は、サマーパーティーでベスティア獣王国を超えるドレスを纏い、アストレイア王国の威信を取り戻すこと……!!)


 だが、どうすればそんなことができるというのか。


 前世の記憶を取り戻して、まだ数ヶ月しか経たない私には、社交界の知識などないに等しい。


 ギュッと胸元を握りしめ、胸中のマリンローズに問いかけてみるが、焦燥感が増すだけだ。


 国中の者から恐れられている〝天雷の魔女〟。


 行く先々で腫物に触るような扱いをされれば、社交界から遠ざかりたくなるのは当然だ。派手な装いを自慢し合い、どうでもいいおしゃべりをするーーマリンローズはずっと、そんなことのために財を費すなんて馬鹿らしいと侮蔑してきた。


 だが、シルヴィアの言葉がその認識を変えた。


 ーー社交界は、国力を示し互いを牽制し合う戦場なのだ。


「わかりましたっ!!」


 今の自分ではシルヴィアの言葉は崩せない。


 そんな絶望的な気持ちを断ち切ったのは、一国の王子でも王女でもなく、それまでテーブルの端でじっと話を聞いていた平民出身の少女ーーアンジェリカだった。


 シルヴィアは冷たい眼差しで一瞥し、パチンと扇を開いて口元を覆った。


 〝貴女と話すことはない〟という意味だが、アンジェリカは構わずに続ける。


「シルヴィア様が、今の話を黙っていた理由がわかりましたよ! ドレスが大好きだからこそ、本当は、そんな使い方はしたくないんですよね?」


「ーーっ! し、知ったような口を聞かないで頂戴! アンジェリカ! たとえ貴女がメルリーヌ女史の弟子だとしても、平民出であることには変わりなくてよ! 貴族の社交界から最も遠い存在である貴女に、なにがわかるというの!?」



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