二章④
なにより、彼女は落ちこぼれではない。自他ともに認める優秀な令嬢であるシルヴィアは、恋を邪魔する悪役令嬢であるとともに、ヒロインの良きライバルだ。
誰にも負けない自信と、毅然とした美しさ。それが彼女の魅力なのに。それに、やはり縦ロールがないのは……。
「ーーい、いいえ、ダメよ! 懐古厨なんてナンセンスだわ。新プリには新プリのいいところがあるんだから。いつまでも過去作に囚われていては、新たな楽しみに気づけなくなる。そうよ、縦ロールじゃないブラコンのシルヴィアにだって、きっと魅力があるはずよ!」
否定的な考えを振り払おうと、頭を振る。カツン、と石畳を踏みしめる音がしたのは、そのときだった。
「そこでなにをしておられるのですか?」
振り向いた私は、背後に立っていた青年の姿に言葉を失った。
純白の騎士服。輝く金の髪。精悍ながらも眼差しの穏やかな相貌に、一際目を惹く宝石のような碧い瞳ーーその姿に、前世の記憶が引き起こされる。
20年前、近所のおもちゃ屋の前を通りかかった中学生の頃の私は、とあるゲームのパッケージに描かれていた王子様に恋をした。
王子様の名前は、レオンハルト・ジーク・アストレイア。
当時、共働きだった両親は帰りが遅く、休日も仕事に追われている有様だった。一人っ子の私は引っ込み思案で、仲のいい友達もいない。そんな孤独な私に、その王子様は優しく手を差しのべ、微笑みかけてくれたのだ。
お小遣いをはたいてゲームを購入した私は、彼が導いてくれた世界ーー恋と青春の、輝くようなプリンス&プリンセスの世界に瞬く間にのめり込んだ。
その憧れの王子様が、今、生まれ変わった私の目の前にこうして立っている。
まるで夢のような出来事で、でも紛れもない現実でーー
言葉を上手く紡ぐことのできない私に向かって、レオンハルトは形のいい口元を綻ばせ、記憶の中の彼と同じように、にっこりと微笑みかけてくれた。
「メルリーヌ女史。黙っていないで、私の質問に答えてください。ここでなにをしておられたのですか?」
(はわわわああっ!! レオンハルト王子の、蕩けるような笑顔が目の前に……っ!! ……って、あれ? 気のせいかしら。なんだか、昔見た笑顔と雰囲気が違う……ような?)
よく見ると、目が笑っていないような気がする。
その言葉にも、見えない棘が含まれているような気がする。
一体どうして、と焦る私の目の前に、例のパラメータが現れた。
レオンハルト・ジーク・アストレイア(17)
【好感度】 0
学力 200
魔力 180
強さ 180
リッチ度 200
流行 150
可愛さ 150
アストレイア王国第一王子、シルヴィアの婚約者。マリンローズの担当生徒。品行方正、成績優秀、完全無欠の完璧な王子を演じているが、内心は利己的で、自分の役に立つかどうかでしか他人を評価しない狡猾で腹黒な一面を隠し持っている。父、アストレイア国王が病に伏せってから、その二面性はますます激化している様子だ。
(好感度0って、さっきから地味に傷つくわ……い、いいえ、そんなことよりも、狡猾で腹黒!? あの優しさと正義感に手足が生えたようなレオンハルト王子が、まさかの腹黒属性キャラにシフトチェンジ……っ!? う、嘘よっっ!! あの誠実なレオンハルトが腹黒キャラなんて、そんなの嘘よーーっっ!!)
「まま、待って! 落ちついて、まずはパラメータに書かれていることが本当かどうか確かめるのよ。大袈裟に書いてあるだけかもしれないし……」
狼狽える私に、レオンハルトの碧い双眸がスッと細まった。
「ぱらめーた……? 先に言っておきますが、下手な誤魔化しは通じませんよ。先ほど、強力な魔力の高まりを感じました。そしてその直後、フレースヴェルグ嬢が泣きながら走り去って行った。ーーメルリーヌ女史は、生徒の指導に攻撃魔法を不当に使用していると、かねてから噂されていることはご存知ですか? 生徒会長として、学園の治安を乱す者は、誰であろうとこの私が許さない……!」
(ダメーーーーーーーーッッ!! その決め台詞はヒロインとのイベントに使う大事な台詞なの!! サポキャラの私に言うような台詞じゃないのよーーっ!!)
しかし、肝心のヒロインはやはり現れない。
どうなっているのだ。
シルヴィアはヒロインでなく私をいびってくるし、レオンハルト王子は腹黒設定な上に、大事な決め台詞を無駄打ちしてしまうし、もうどうしていいかわからない。
受けたショックのあまり、くらくらと眩暈がする。レオンハルトは薄く整った唇に、王子様らしからぬ暗い笑みを浮かべた。
「その狼狽えよう。噂の真偽を問うまでもなく、明らかなようですね。ーーが、残念ながら、今回は証拠がありません。命拾いされましたね……?」
「……っ!」
その、まるで悪役のような意地の悪い笑みに、自分の中でなにかが崩れていくのを感じた。
こんな、笑顔ーーこんな、脅しの道具みたいな笑顔を浮かべるなんて。
こんなの、私の王子様じゃない。
(……わかってる、わかってるわ。リメイクの話を聞いたときから、こういうことは覚悟してた。時代のニーズの変化に対応することも大事よ。あれから20年も経ってるんだもの。今の女性達にも楽しんでもらえるように、変えていかなくてはならないこともある。現に、前世の生徒たちは、新プリのレオンハルト王子を激推ししてたじゃない。ただ優しいだけじゃなく、腹黒属性を追加したほうが市場ウケがいいのよ。意固地になって、粗探しをするなんて不毛なだけ。どんなプリプリでも、愛を込めて作られたプリプリよ。だから……だから、受け入れるべきなのよ)
わかっている……でも、それならどうして、こんなにも心が苦しいのだろう。
まるで、大切な思い出の品を壊されてしまったような。
悲しくて、やるせのない気持ちになってしまうのだろうか。
「メ、メルリーヌ女史……? 泣いておられるのですか……!?」
「……え?」