二章③
「わたくしの誕生日パーティーを台無しにした上に、あんな醜態を晒しておいて、よくのこのこと学園に顔を出せましたわね! おわかりでないようなので、はっきりと教えてさしあげますわ! 嫁ぎ遅れの上にセンスの欠片もない貴女など、お兄様の婚約者に相応しくありませんことよ!!」
高圧的な啖呵。
濡れて汚れた野良犬を見るような侮蔑の視線。
そうですわ、その通りですわ、と取り巻きたちのテンポの良い合いの手に、ザッと血の気が引いた。
覚えがあって当然だ。さっきから彼女が口にしている、この台詞はーー
「ま、待って待って、ちょっと待ってっっ!! 貴女がその台詞を言わなきゃいけない相手は、私じゃないでしょう!? 聞かなかったことにするから、ヒロインが来てから言い直して! それに、なんなのその髪型は! 縦ロールはどうしたの!?」
「た、縦ロール……? 訳のわからないことを言って、惚けようとしても無駄ですわよ! 昨夜、夜会にお戻りになったお兄様がはっきりと仰ったのですわ。〝困窮に喘ぐ民達のために、自らの財産を投げ打つとはまさに理想の女性だ。自分は、メルリーヌ女史に婚約を結ぶつもりだ〟と! 年下侯爵子息の次はお兄様をたぶらかすなんて、絶対に許しませんわーーっ!!」
シルヴィアは深い紫水晶の双眸に、怒りを湛えて私を睨みつけている。
取り巻き令嬢たちも殺気立っており、かの氷麗の公爵閣下に並々ならぬ想いを寄せていることがうかがい知れた。
要するに、彼女たちは、私がシリウス兄様と婚約の約束をしたことが気に入らないのだ。
(な、なるほど……いわゆる、同担拒否過激派ってやつね。私は歓迎派なんだけどーーじゃないわ! なんだか様子がおかしいわ。どうして私がヒロインみたいなポジションに立ってるの? ヒロインはどこにいるの)
辺りに素早く視線を巡らせるが、噴水広場に彼女が現れる気配はない。
このままイベントのシナリオの通りにことが進んでしまったら、ヒロインとレオンハルト王子との運命的な出会いを邪魔してしまうことになる……!
(どうにかして、シナリオの流れを変えなきゃ……そうだ! 確かこの後ーー)
浮かんだ考えに、私は袖口に〝あるもの〟を忍ばせている左手をギュッと握りしめた。
いちかばちかだが、やるしかない。
「メルリーヌ女史がお兄様の婚約者だなんて、わたくしは絶対に認めませんことよ! これでもお食らいあそばせ! 〝大いなる天空の聖獣よ、我が敵をーー」
(来た……!)
シルヴィアは心ない言葉でヒロインを傷つけたあと、彼女に加護を与えている聖獣の力を使って、魔法で彼女を傷つけようとする。
それを、阻止できればーー
シルヴィアの呪文の詠唱に呼応するように、彼女の〝杖〟ーーこの世界での魔法士の〝杖〟は様々な形状をしている。シルヴィアの場合は、青い宝石を抱く鷲の髪飾りーーが光を帯びた。その瞬間、
「〝紫雷の鞭〟!!」
反射的に、私の手が左の袖口に伸び、忍ばせていた〝杖〟ーー愛用の教鞭ーーを引き抜いた。熱に似た魔力が指先まで満ち、教鞭の先端から銀紫の光が疾る。
パシーーーーンッ!!
「キャアアアーーッ!!」
それはまさに、雷の鞭だ。雷光は光を帯びていたシルヴィアの髪飾りを一瞬で叩き落として消えた。
彼女は甲高い悲鳴をあげ、その場に倒れ込む。
(い、今の動き……すごい! 呪文も、私がやったのよね……!? 流石は王国随一の魔法士、〝雷の女帝〟の名は伊達じゃないわ!)
魔法を使うなんて初めてで、使えるかどうかもわからなかった。だが、マリンローズの身体は任せておけとばかりに、イメージ通りに動いてくれた。達人の、真剣の居合抜きを思わせる早技だった。
私は大きく息をつき、真っ青な顔で硬直しているシルヴィアと、令嬢たちを睨みつけた。
「『シルヴィア・フレースヴェルグ! 無許可の攻撃魔法の行使は学園の規則のみならず、我が国の法に反する重罪です! 罰として、貴女には一週間の謹慎を言い渡します!!』」
「……っ! 謹慎……ですって……」
舌が動くままに告げてから、泣き出しそうなシルヴィアの顔にハッとした。
(ち、ちょっと待って! それは重すぎるわ。シルヴィアには幼い頃に母親を亡くしたショックが原因で、気持ちが上手く言葉にできないと、つい感情的になってしまうという設定があるはず。部屋に閉じ込めたって、その癖が直るわけではないわ。罰を与える前に、指導して改善するべきよ!)
「ーーっ、と、まあ……ほ、本来なら、一週間の謹慎に処すべきですが、今回は特別に指導のみに留めたいと思います。ーーいいですか、シルヴィアさん。魔法は刃物と同じなのよ? 怒りに任せて振り回せば、誰を傷つけるかわからない。感情のままに魔法を行使することは、絶対にあってはなりません。それに、貴女のお兄様との婚約には理由があるの。落ち着いて話をしましょう?」
言いながら、私は袖口に教鞭をしまい入れ、地面に落ちた髪飾りを拾って、涙目のシルヴィアに差し出した。
しかし、彼女はそれを引ったくるや、
「この暴力教師!! ド辺境の田舎令嬢の分際で、よくもこのわたくしに攻撃魔法を行使しましたわねっ!? 覚えてらっしゃい、お兄様に言いつけてやりますわーーーーっっ!!」
ーーと、見事な捨て台詞を叫びながら、ドレスをひるがえし走り去ってしまった。
なんという鮮やかな逃げっぷりだ。
取り巻きの令嬢たちも、我に返るや彼女の後を追っていく。
ぽつん、とその場に残された私は、大きなため息を吐き出した。
「はああ……っ! びっくりした! レオンハルト王子の登場は阻止できたみたいだけど、シルヴィアの性格があんなに変わってるなんて思わなかったわ。シリウス兄様が登場した影響なのかしら。昔の彼女なら、間違いなくレオンハルトに泣きつくはずなのに……リメイク版とはいえ、あんまり極端なキャラ変はしないで欲しいわね」




