おれがおまえを構う理由2
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お待たせしました、今回は少し短めです。
彼女とは王宮で何度もすれ違ったが、日に日に落ち込んでいく様子が傍目からも良くわかった。いつもの活発な性格を出して、批難されることを恐れているのだろう。初日に被っていた仮面は、どんどん分厚くなっていった。周りの態度など気にするな---そう言いたかったのは山々だが、四六時中一緒にいるわけにもいかない相手にそんな軽々しいことは言えない。かといって、他の慰めの言葉も思い付かず……結局のところ、何もできなかったのだ。いや、しなかったのだ。励ましの言葉をかける機会はいくらでもあったはずだ。それをしなかったのは、単に自分が怖じ気づいていただけなのだろう。ヴァルマール王国の女性とは少し違った、客観的に見てもいかにも"小動物のようで可愛らしい"彼女にかける言葉がわからなかったのだ。今まで堅物で通してきた弊害だろう。大変困った。
強いて言えば、ヒソヒソと陰口を叩く王宮の使用人達を叱咤し、彼女達への誤解が解けるよう説明したことくらいか。しかし一部の使用人を反省させたところで、状況がすぐ変わるわけでもない。彼女のため息を吐く姿を見かける度、もやもやとした、なんとも言えない気持ちを感じた。
……どうか、彼女の思いのまま、その感情を見せてほしい。押し込めている喜怒哀楽を、そのまま。
そう思ってはいたものの、どうすべきかわからぬままだったある日。その事件は起こったのだ。
いつものようにフラール家の悪い噂を信じきり、とんでもない言葉を言い放った部下を叱咤している最中。
ふと視線を感じ、顔をあげればそこにはまさにあの侍女……エマが、こちらを壁の影に隠れるようにして見ていた。
なぜそんなところに隠れているのか。そう疑問に思ったが、すぐに答えにたどり着く。
……また陰口を聞いていて、それでも何もできず、黙って見ているしかなかったのか。
再び、心の中にもやもやとした感情が湧いてくる。なぜ、声をあげない。なぜ、怒りを見せない。見せればいいのに---いや違う、自分が見たいのだ。喜びでも怒りでも泣き顔でも何でも良い、彼女の、その弾けるような感情を。
そう自覚した瞬間、表情と口元が勝手に動いていた。
「……彼女のような体型の女性に、俺は欲情できない。」
なんだか凄いことを言ってしまった気がする。隣にいる部下までぽかんと口を開けている。しかし1度言ってしまった発言は撤回できないし、恐らくこれが正解なのだ。彼女の仮面を剥がすには。
その証拠に、俺と目があった瞬間から酷く怯え固まっていたはずの彼女はしかし、俺のその言葉を聞いた3秒後には何かを降りきったように、その顔にしっかりと怒りの表情と、そして少しの涙を見せた。
ああそうだ、俺はこれが見たかったのだ。
もやもやとした感情は消え、変わりに胸には満足感が残る。
……まさかその直後、水を掛けられることになるとは思わなかったが。
こうして俺は不名誉な噂と共に、彼女の天敵となった。
俺の噂を心配したアルベルト様にこの経緯をお話ししたところ、それはそれは大いに笑われたあと、たいそう呆れた顔をされた。「無自覚ほど恐ろしいものはないね、私にはもうお手上げだ。」降参ポーズと共に言われたその言葉の意味を、俺はまだ理解できていない。