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辛い×甘い=恋の味?  作者: 黒辺あゆみ
1話 お菓子と不良と私
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5 お菓子を美味しく食べてくれる人

それから、次のお菓子同好会の活動日。


「なにしてんの、薫?」


「え、いや、ちょっと」


風向きを確かめて運動場側の窓を閉める薫に、他二人に不思議そうな顔をされた。


 ――これでよし!


 小坂との約束をきちんと果たし、薫は満足げに頷く。

 そして作って食べてお喋りしてと、いつものように活動を終えた薫が、本日の成果を持って自転車置き場へ歩いていると。


「およ?」


茶髪のモヒカン頭が校舎の影にあるベンチに座っているのが見えた。

 いつもなら気付かなかったフリをして通り過ぎるのだが、今日の薫はそろそろと近寄ってみる。


「小坂先輩、こんにちは」


「……! ってお前か」


薫が声をかけると、小坂は驚いた顔をした。


 ――しかしお前呼ばわりは嫌だな。


 薫はそう思った直後、そう言えば名乗っていないことに気付く。

 小坂のような有名人ならともかく、自分のような平凡女子の名前が知られているはずがない。


「お前じゃないです、井ノ瀬薫です。

 先輩、帰らないんですか? それとも部活終わり?」


バスケット部とか案外似合いそうだが、小坂が部活をしているなんて噂は聞かない。

 ならば何故こんな時間まで学校に残っているのか。


 ――あ、先生に呼び出されてお説教の線もあるか。


 薫が失礼なことを考えていると。


「……いや、部活はしてねぇ。

 単に早く帰ると色々絡まれて面倒だから、時間を潰しているだけだ」


なんと、帰り道から学生が少なくなるまでの、時間調整のためであるらしい。


「はぁ、不良も有名になると大変ですねぇ」


しみじみと呟く薫は、ふと気づく。だったら小坂はお腹が空いているのではなかろうか?


「今日作ったのはチーズケーキだったんですが、おひとついかがですか?」


薫は小坂の隣に腰を降ろすと、手に提げている紙袋から、ラッピングしてあるカットされたチーズケーキを取り出す。


「どうぞ!」


ニコニコしながら差し出す薫を、小坂が変な目で見る。


「自分で食べればいいだろう?」


小坂の最もな言葉に、薫はいつもの調子で返す。


「私、甘いものってあんまり食べないんです」


「アレルギーかなんかか?」


すると深刻そうな顔をされたので、薫はカラリと笑った。


「いいえ? 辛いもののために、胃袋のスペースを常に空けておきたいんです」


小坂が呆れた顔をするが、そんなことは美晴で慣れている。


「……なるほど、辛党なのか。

 だったら、なんであの同好会に入ってるんだよ」


「だって、作るのは好きなんですもん。

 持って帰っても弟の口に入るだけなんで、遠慮せずに!」


薫は小坂の疑問に答えつつ、ずずいとチーズケーキを押し出す。

 今日のはベイクドチーズケーキで、なかなかの出来なのだ。

 なのでどうせなら、味がわかっているのかどうか知れない弟ではなく、ちゃんと味わってくれる人に食べて欲しい。

 小坂はあの投げつけたマフィンを食べて美味しいと言ってくれたのだから、きっとそのあたりがわかる人だと思うのだ。

 薫の押し売り紛いのチーズケーキを、小坂は渋々という様子で受け取る。

 そしてラッピングを空け、おもむろに齧り付く。


「……んまい」


「でしょ、でしょ? 今日のは大成功なんです!」


このチーズケーキは火の通り具合、焼き目、食感、どれも思わずメンバー三人で踊ってしまったくらいに、合格点の出来なのだ。

 薫の話を聞いて、小坂が眉を上げる。


「じゃあ、大失敗もあるのか」


「はい、たまには。その時は泣きながら食べます。弟が」


甘味処理係は、いつも美味しいものにありつけるとは限らないのである。



その次のお菓子同好会活動日も、薫は帰りに小坂を見つけた。


「小坂先輩発見」


「井ノ瀬は、大概物好きだな」


歩み寄る薫に、小坂が困った顔をする。

 薫だってこれが昼間の明るい時間なら、話しかけようと思わないだろう。

 教師に見られて「お前も不良なのか」とか思われたら、いらぬ疑いをかけられるかもしれない。

 小坂には悪いが、薫だってそういう計算はするのだ。

 しかし今は放課後の、しかもかなり遅い時間で、残っている生徒も教師も少ない。

 それに小坂は人目につかない場所にひっそりと座っているので、目撃されるリスクも低いというわけだ。

 小坂の隣に座った薫は、持っている紙袋をゴソゴソと漁る。


「ジャン! 今日はなんといちご大福です!」


薫が差し出した大福の白く丸い生地から、赤いいちごがちょっとだけ頭を覗かせていた。

 餅生地から作った力作だ。

 ちょっと形が歪だったりするが、それが手作りっぽくていいのではないかと思っている。


「へえ、和菓子も作るのか」


「お菓子だったらなんでもいいんです」


お菓子同好会は、甘味を差別しない主義なのだ。

 薫が引かないのは前回で学習済なのか、今日の小坂は素直に受け取り、入っていたラッピングを剥すとパクリと一口で食べた。


「ちゃんと大福じゃねぇか、美味いぞ」


「ありがとうございます!」


ニコニコ笑顔の薫を、小坂がちらりと見る。


「お前、辛いもんが好きなら、辛い菓子を作ればいいじゃねぇか」


小坂の言うことはもっともで、お菓子は甘いものばかりではない。

 しかし、問題が一つあった。


「……それがですね、他のメンバーはあまり辛いのが得意ではないんです」


薫にとっては残念なお知らせである。

 他の二人は「辛いものでいいよ」と言ってくれるのだが、薫しか喜ばない菓子を作るのは駄目だと、さすがに遠慮していた。

 それから話は、薫と美晴の「甘辛巡り」に及ぶ。


「で、いつも私の趣味に付き合ってくれている美晴に、無理をさせているのかもしれないと心苦しくて」


薫が小坂にそんな悩みを告白する。

 甘いもの巡りに付き合うのは、薫としても目の保養になるので好きだ。

 しかし美晴をこちらの趣味に付き合わせるのが、気の毒になってきたこの頃である。

 なにせ薫の辛いものレベルは、一般人に比べて高すぎるのだ。

 でも、誰かと辛いものについて語りたいのも本当で。

 友情と欲望の間に揺れる薫に、小坂がボソッと言った。


「なら、俺が付き合うか? 激辛料理」


「へっ?」


薫は目を瞬かせて小坂を見る。


「貰いっぱなしもアレだからな」


自分にとってすごく都合のいい幻聴が聞こえた気がした。

 だが、ここで確認すべき大事なことが一つある。


「先輩は、辛いものもイケるんですか?」


薫の質問に、小坂はなんてことない顔をした。


「ああ、両方好きだぞ」


 ――神がいた!

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