4 ケーキで不良が釣れた
しかし自分は今、恐らく小坂に助けてもらったのだ。
「あ、えっと、ありがとうございます」
取りあえず礼を言うべきだということで、薫がぺこりと頭を下げると。
「……お前に、いつか菓子を貰ったからな。美味かったぞアレ」
小坂がボソッとそんなことを言った。
――お菓子を貰った?
自分はこの不良にそんなものをあげただろうか。首を捻る薫は記憶を遡って、小坂との遭遇を思い出してみる。すると一件引っかかった事案があった。
確かあれは同好会の終わり、暗闇に立つ小坂にビビって持っていたマフィン入りの紙袋を投げたのだったか。
「あの時投げたヤツのこと?」
「忘れてたのかよ!」
薫のようやくひねり出した回答に、小坂がツッコむ。
――あれ、しっかり中身を食べたんだぁ
囮として投げたはいいが、てっきり捨てられたと思っていたのに。
「でもおかげで助かりました。今度はこのケーキを投げるところでした」
囮にできるのはこれしかないので、小坂の登場がもうちょっと遅かったら、薫はやっていたかもしれない。マフィンと違って投げたら中身はぐちゃぐちゃになり、食べられたものではないだろう。そうなったら、また買い直す羽目になり、そのお金はおそらく薫のお小遣いから減らされるのだ。
そう思うと、小坂に感謝である。
「ケーキを爆弾みたいに使うのは止めろ、するならコショウとかにしておけ」
小坂からは的を射ているのか外しているのか、微妙な反応が返ってくる。だが最もな話なので、今度ポケットにコショウやトウガラシでも仕込んでおくべきか。
「ご意見参考にさせていただきます、それじゃあサヨウナラ」
薫がもう一度ペコリとして去ろうとしていたら。
「……あのよ、ちょい頼みたいんだが」
なんと小坂がそんなことを言ってきた。
不良の言う頼みとはなんだろうか。酒とかタバコを買って来い? それとも万引きしてみせろ? どちらにせよ犯罪臭しか感じられない薫に、小坂が告げた内容とは、驚くべきもので。
それから五分後。
「いらっしゃいませ、ってあら? さっきのお客さん」
「……スミマセン、また来ました」
目を丸くする店員のお姉さんに、薫は笑顔を張り付ける。
そう、薫は再び先ほど買い物をしたケーキ屋にいた。
「忘れ物ですか?」
お姉さんの質問に、しかし薫は首を横に振る。
「いいえ、もう一度買い物です」
そう、小坂の言った頼みとは、ケーキ屋でケーキを代わりに買って来てくれということだった。曰く、「今、女が大勢いて行き辛い」とのこと。
確かに現在、店内に女性客の集団がいて、ケーキ選びに夢中になっているためまだ帰りそうにない。
「えっとですね、まず……」
薫はその集団を無視して小坂に言われたケーキを選び、預かっていたお金で支払いを済ませると、さっさと店を出る。
薫としても、間を置かずすぐに買い物に来るのは、意外と恥ずかしいものである。
先程の路地の所で、小坂が待っていた。
「どうぞ、買って来ました。お釣りです」
「……サンキュ」
受け取った瞬間、小坂の顔がフニャリと崩れた。その表情は、ケーキを前にした美晴の顔に似ている。
「そのケーキ、先輩が食べる分ですか?」
「ばっ、いや、その」
薫の質問への慌てようで、真実が知れてしまった。小坂は焦り過ぎである。
――ケーキとか、食べる人なんだぁ。
食べてはいけないとは思わないが、見た目の厳つさとのギャップが凄い。
「甘いもの、好きなんですか?」
薫がさらに尋ねると、小坂がフイッと横を向くが、その耳が赤い。
「だったら、どうだって言うんだよ」
恥ずかしいらしい小坂が、不貞腐れたような言い方をするのが、なんというか存外可愛い。
――こんなデカくて厳つい相手なのに、可愛いってなによ?
薫が小坂に対して抱いていた恐怖心が、少しだけ和らぐ。
「スイーツ男子って今時っぽいですね」
薫がそう言うと、小坂は疑わしそうに視線を寄越す。
「らしくないとか、言わないのか?」
「男子が甘いもの好きなのがですか? それを言うなら、私のコレは弟に言われて買いに来たケーキですよ」
薫が自分の分のケーキを掲げると、小坂が微妙な顔をする。
「いや、男子どうこうじゃなくてだな」
「まあ、ビジュアルに関していえば、そうかもしれませんが」
確かに、薫も見た目とのギャップが凄いと思った。
けれどそれを言うなら、最近はロック系のゴツそうな芸能人や筋肉ムキムキのスポーツ選手だって、スイーツ好きを公言しているのだから。スイーツ好きの不良がいてなにが悪いのか。
「先輩が草分け的存在として認知されれば、厳つい不良たちの中にも『実は……』とか言って、甘もの好きなのをカミングアウトする人が増えるかもしれませんよ?」
この薫の意見に、しかし小坂が嫌そうな顔をする。
「そんなもんで草分け的存在とか言われてもな。っていうか、俺のことはいいんだ」
ふと我に返ったようにする小坂が言った。
「せっかくだから今言っておく。お前ら、菓子作る時は窓を閉めろ。腹減ってたら胃にもろに直撃するだろう」
どうやら薫がお菓子同好会の部員だと知り、これを言おうとしていたようだ。
どうやら風に乗って、運動部が活動する方に甘い匂いが流れていたらしい。お腹が空いている時のお菓子の匂いは酷だというのは、薫にもわかる。
けれどまだエアコンが入らないので、窓を全部閉めるのは熱中症になる。
「……これからは、風向きに気を付けます」
話がついたところで、薫は小坂と別れた。




