3 暗くなっての外出は危険
激辛成分を補充して元気いっぱいの月曜日。
今週末からゴールデンウィークが始まるため、クラスではどこへ出かけるかという話題で忙しない。
「薫はどうする?」
「私は自宅待機組ですぅ」
教室での美晴の問いかけに、薫はそう答える。
つまりはなんの予定もないということだ。
「私はお祖父ちゃんの家に行くの。
進学祝いをたんまり貰える予定だから」
美晴はなんと高校進学のお祝いをしてもらいに出かけるという。
「いいですなぁ、美晴さんは」
「薫はもう貰っているんでしょうが」
恨めしい顔の薫に、美晴が呆れた顔をする。
そう、薫は春休みに両方の祖父母に会いに行き、しっかりお祝いをもらっていた。
「でも、貰っていいなら何度だって貰いたいじゃない」
「まあ、それはわかるけど」
そんな話をして、授業もつつがなく終わり、同好会の活動日でもないので真っ直ぐ帰る。
「じゃあねー」
「また明日」
バス通学の美晴と別れ、薫が自転車置き場に向かうと。
――あ、また会った。
視線の先に茶髪のソフトモヒカンの頭がある。
そう、小坂である。
最近小坂とよく遭遇すると思うのは気のせいだろうか?
それとも今までもチラチラしていたのだが、薫が気にかけなかっただけなのだろうか。
――うん、そうかもしれない。
そういうことにしておいて、薫は「あれは風景だ」と自分に言い聞かせながら、自転車をささっと取りに行く。
「あ、おい……」
小坂の声が聞こえた気がするが、風景に流れる雑音なはずなので、気にせず自転車を発信させる。
薫は不良に用はない。
君子危うきに近寄らずなのだ。
こうしてさっさと帰った薫だったが、何故か自宅でまったりしておられず、現在、夕刻の商店街を歩いている。
手に下げているのは、とあるケーキ屋の紙袋だ。
「あんにゃろう、甘えやがってぇ」
薫はこれを欲しがった弟に怒りを向ける。
受験戦争から脱却した薫と違い、弟は今まさに戦争に突入しようとしていた。
そして受験勉強に早くもめげそうになった弟が、「ケーキを食べたら問題集をもうちょっと頑張れるかもしれない」とか言い出したせいで、薫がこうして買い出しに行かされた訳である。
――まあ確かに、私もやった手だけどさぁ。
「辛いものを食べないと問題集を一ページも開けない」と言い張って、弟にコンビニに激辛のお菓子を買いに行かせたのは、去年の話だ。
姉弟で同じことをしているだけの話だった。
「さっさと帰ってテレビ見よっと」
薫は家までの近道を通ろうと、少々細い路地ながらも通り慣れた道へと入っていく。
そうして歩いて行くと、問題が発生した。
薄暗い夕暮れ時の路地の出口に、他校の制服を着たいかにも不良っぽい男子数名が、道を塞ぐ形でたむろしているのが見えたのだ。
「げっ……」
あれは避けるしかないと思い、面倒だが道を戻ろうとしていると、不良の一人が薫の存在に気付いた。
「おいアレ、三校の制服じゃね?」
三校とは、薫の通う三野河高校の略称である。
着替える間もなく買い出しに出て来たため、薫の格好は制服のままなので、学校がバレるのも当然である。
「じゃあ、あの小坂のとこのヤツじゃねぇかよ」
誰かがそう言うと、そこにいる全員がこちらを向く。
誰もかれも人相が悪い。そしてどうやら小坂絡みで色々ある人たちなようだ。
――せめて着替えてくればよかった!
後悔先に立たずとは、まさにこのこと。
すぐに走って逃げればいいのだが、いかんせんビビってしまって足が震えて言うことを聞かない。
「おい嬢ちゃん、俺らはおめえのガッコの奴にヒデぇ目に遭わされたんだよ」
「同じガッコなんだから、嬢ちゃんに詫びしてもらいてぇなぁ」
不良たちはぶっ飛んだ理論を振りかざして来た。
――ちょっ、マジでヤバいんだけど!?
薫がケーキの箱を庇いながら、なんとかジリジリと後さずっていると。
「おい、お前ら目障りだ、視界に入るな」
彼らの後ろから、そう割入った声がある。
――今度はなに!?
薫が向こうを見ると、そこにいたのは茶髪のソフトモヒカン頭の人物で、こちらも制服を着たまま。
そう、小坂だった。
「おっ、お前小坂!」
「やべぇぞ、オイ」
不良たちはさっきまでイキがっていたのはどうしたのか、コロッと態度を変えて後ずさり出す。
「なんだよ、俺の名前が聞こえたから、俺に用があるんだろう? ああ?」
小坂がドスの効いた低い声で、不良たちを威嚇する。
目の前の彼らと迫力が違い、薫までブルってしまう。
――ちょっとチビりそう!
薫はそうならないためにも、ぐっとお腹と太ももに力を入れる。
この齢でお漏らしは嫌だ。
だが、チビリそうなのは薫だけではなかったようで。
「ちっ、行くぞ!」
「ちょっ、待てって!」
不良たちは口調だけ聞けばシャキッとしているようだが、走り去る姿は足腰をガクガクさせながら時折こけそうになっている。
そして、この場に残されたのは薫と小坂の二人。
目を合わせたら襲われるというのは、動物園の猿山で聞いた話だったか。
薫は今まさにその猿の心境で、小坂と目を合わせたくない。
――私帰っていい? いいよね?
不良たちが去ったおかげで、邪魔するのは小坂一人で、薫の通れる程度道は空いている。
しかしいかんせん、薫の下半身が恐怖の名残で動いてくれない。
黙す薫をどう思ったのか。
「暗くなったら歩く道は選んだ方がいいぞ」
小坂から最もな指摘を貰ってしまった。