表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辛い×甘い=恋の味?  作者: 黒辺あゆみ
4話 餌付けしたのか、されたのか

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/31

8 心配御無用!

***


薫を自宅近くまで送り届けた亜由美の車は、小坂宅へと戻って行く。

 小坂が後部座席で窓の外を見ていると、亜由美が話しかけてきた。


「楽しい娘ね、薫ちゃんって」


迂闊なことは言うまいと黙っているものの、亜由美は構わず話を続ける。


「アンタが最近夜に出歩かないと思ったら、薫ちゃんの連絡待ちだったのかぁ。

 そうよねぇ、外に居たら落ち着いてやり取りできないものねぇ」


「……」


「出かけるのにそんな変装までして、微笑ましいったらありゃしないわ」


「うるさい」


からかい口調の亜由美に、小坂は苦々しく返す。

 これまでの自分はどうせ帰っても一人で、決まった夕食の時間なんてものはなく。

 適当な時間に食べればいいとばかりに、遅い時間まで外をぶらついていた。

 喧嘩三昧に飽きて、不良連中との付き合いを減らしはしたが、夜遊びが減ったわけではなかったのだ。


 小坂は今までに、いわゆる彼女であった女が数人いた。

 どれも相手から請われてのものだが、あの頃は彼女らと出かけるのが、正直億劫で仕方なかった。

 「恋人だから」という義務感で一緒にいたというのが本音である。

 結局どれも数カ月程度の期間しか持たず、今では彼女らがどこでなにをしているかも知らない。


 なのに一人の女子のために生活をガラリと変えるなんて、昔の自分が知れば晴天の霹靂だろう。

 今では、学校を出たら真っ直ぐ自宅に帰っているという健全ぶりである。

 理由は亜由美が言った通り、薫が連絡してくるからだ。

 昔の彼女らとならば、変装して出かけるなんて「面倒臭い」となりそうなものなのに。

 薫と出かけるとなると、何故か不満が浮かばない。

 さらに、自ら店を選んでエスコートするなんて。

 しかもまだ恋人でもなんでもない相手に対してだ。



 ――これが、好きってことなのかもな。


 いつでも行動が一直線で、素直な薫。

 小坂のせいであんな酷い目にあったのに、まるで子猫のように懐いてくるのを、くすぐったく感じる。

 あの、こちらを真っ直ぐに見て来るキラキラした目が眩しくて、そしてそのキラキラを曇らせたくない。

 そう思って行動していると、不思議と穏やかな気持ちになるのだ。


 薫といると喧嘩の強さで有名なキングではなく、普通の男子高校生で居られる気がする。

 実際薫と一緒に街を歩いていても、通行人に怯えられることがない。

 今まで帽子を被って変装したとしても、威圧感があるのかビビられていたというのに。

 これがどれだけ凄いことか、きっと薫は気付いていないだろう。

 自然と笑みが浮かぶ小坂の様子を、亜由美がバックミラー越しに見つめる。


「おねーちゃんは安心したのよ?

 喧嘩ばっかだった雅美にも、恋愛する真っ当な心があったんだってね」


この姉も態度には表さないものの、喧嘩ばかりの弟を心配していたのは知っている。

 心の片隅では、申し訳なく思っていたのだが。


「早速、パパとママに報告しなくっちゃ!」


「報告なんて、しなくていいんだよ!」


余計なことをしそうな亜由美に、小坂は怒鳴る。

 これだから、この姉は嫌なのだ。


***


帰宅した薫がリビングを覗いたら、母親はテレビをみていた。

 弟と父親はまだ帰っていないらしい。


「ただいまぁ、はいお土産」


薫は早速手に持っていた袋を渡すと、母親が早速中を見る。


「なにこれ、コチュジャン?

 薫ったらどこ行って来たのよ」


「焼肉屋。これ超美味しかったんだから!」


薫の説明に母親は「女子二人で焼肉?」と首を捻っている。

 家族には今日誰と出かけるかというのを言っていないので、いつものように美晴と出かけたと思っているのだろう。

 だがあえて本当のことを言ったりはしないで、さっさと自分の部屋に入る。


 ――まだ、教えるのは恥ずかしいもんね。


 薫は着替えながら、今日の出来事を反芻する。

 あの小坂から「好き」だと言われるなんて、朝出かける時の自分に想像ができただろうか。

 楽しくて、美味しかった後での出来事に、薫はよく心臓がパンクしなかったなと思う。

 今になっても、「むきゃー!」と叫んでのたうち回りたくなる。

 亜由美の登場は、ある意味緩衝材として薫を落ち着かせたともいえよう。


 ――私って月曜日までに、いつも通りに戻れるかなぁ?


 また美晴に怪しまれたら、次はどう答えればいいのか。

 ニマニマしながらも悩ましい問題を考え、ベッドの上でゴロゴロしていたら弟や父親が帰って来て、しばらくすると母親に呼ばれた。


「晩御飯よー」


もうそんな時間になっていたことに、薫は驚く。


 ――ヤバい、どんだけボーっとしてたのよ、私!


 変に思われまいと、改めて気を引き締めて家族の待つ食卓へ向かう。


「今日はね、薫のお土産でスープを作ったの」


母親が夕飯に、土産のコチュジャンを隠し味程度に入れた、辛味噌スープを作ってくれていた。


「へえ、そうなのか」


テーブルに置かれたコチュジャンの瓶を、父親が手に取って眺める。


「ねーちゃん、こんなとこまで行ったのか?」


コチュジャンを売っている店を見た弟が、感心するような呆れるような顔をした。


「もち、激辛のある場所ならどこへでも行くのよ!」


そんなやり取りをしてからスープを食べると、コチュジャンがとても美味しくて家族にも好評だった。

 もちろん隠し味程度では物足りない薫は、コチュジャンを足して食べたのだが。

 こんな風に一家団欒をした後、入浴を終えた薫は自室のベッドの上で、漫画を読みながらまったりしていた。


 ――先輩、連絡するっていってたけど。


 それがいつになるのかと、薫がソワソワして落ち着かないでいると。


 ピリリリ♪


 机に放っていた薫のスマホの通話音がなった。


「……!」


飛びついて画面を見ると「まさみん」の文字がある。


 ――先輩だ!


「もしもし!」


勢い余って怒鳴るように話してしまい、電話の向こうから小さく笑い声が聞こえた。

 ちょっと前のめり過ぎたようだ。


「ゴホン! えー、今日はお疲れ様でした」


薫は仕切り直しとばかりに、努めて平静に言う。


『おう、お疲れさん。

 なんつーか、今日はすまなかった。

 まさかあそこでアネキに会うとは』


「でもあれはあれで、電車賃が浮いてお得でしたよ」


謝る小坂に、薫は良かった点を挙げる。

 小遣いの節約になったのだから、むしろ「ありがとう」というべきだろう。

 例え内心で、二人きりではなかったことに、ちょっぴり残念に思っていたとしても。

 薫がそんな風に考えていると。


「ところでだな」


小坂が改まった口調になった。


「はい、なんでしょう!?」


薫はベッドの上に正座して背筋を伸ばす。

 きっと、昼の話の続きをする気だろう。


 ――今度は落ち着いて、冷静に。


 興奮を抑えようと自分に言い聞かせている薫に、小坂が尋ねた。


『改めて聞くが井ノ瀬、お前本当にいいのか?

 俺と一緒にいると、損なことがたくさんあるぞ?』


小坂が迷うような、苦しむような口調で告げた。

 今、電話の向こうではどういう顔をしているのだろうか。

 薫は目の前で顔を見て会話していないことが、とても惜しい気持ちになる。

 もし、小坂が悲しそうな表情をしていたら。

 薫はギューッとほっぺたを引っ張ってやりたい。

 得か損かなんて、そんな時期はとっくに通り過ぎてしまったのだと。


「先輩は私に、一緒に不良をしてほしいんですか?」


『そんなわけないだろうが、馬鹿野郎』


薫が尋ねると、速攻で否定された。


「だったら健全なお付き合いをするわけで、問題ないじゃないですか」


小坂と一緒にいると、薫の素行を疑われるのは仕方のないことだろう。

 けれど夜遊びもしない、酒もたばこも嗜まないなんて、既に不良と呼ぶには疑問である。

 喧嘩も極力避けるために、下校時間をずらすという努力までしている。

 そんな小坂に残っているのは「キング」のレッテルだけ。

 そのレッテルの影響力が、やたらとデカいのだが。

 そんな小坂と付き合うには困難が多くても、一緒にいるための努力をしよう。

 過去は変えられないのだから、未来志向で考えたい。


「先輩が普通の男子と同じようにしていれば、先生たちだって見る目が変わるはずですよ」


そうなれば薫と一緒に歩いていても、なにも言われなくなるだろう。

 これは長期戦略であり、小坂が目指すはちょっと喧嘩が強いだけの一般男子生徒だ。

 そして薫たちは、夜の街を闊歩する不良カップルになるのではない。

 明るい場所で楽しく過ごす、普通の恋人同士になるというわけである。


「私、好きなことのためなら頑張れるんです!」


『……』


明るく言い切る薫に、電話の向こうが沈黙したかと思えば、小さく笑い声が聞こえてきた。


『俺と一緒にいるのは、「好きなこと」なのか』


「うひゃっ!?」


どうやら勢い余って、また告白してしまったらしい。

 どうして自分はこうも色々駄々洩れなのか。


 ――でも、先輩が笑ってくれたから、まあいいか!


 薫は「ふへへ」と変な笑いを漏らす。


『じゃあ、これからよろしくな』


小坂の言葉に、薫はスマホに向かって敬礼してみせる。


「はい! 末永く、よろしくお願いしまっす!」


こうして、三校の「キング」と平凡女子というカップルが誕生した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ