7 意外な遭遇
薫としては、これまでは目的は激辛巡りのつもりだった。
しかし、告白を経てからの二人きりでの行動は、立派なデートなるのでは。
告白からの付き合い開始のいきなりデートとは、展開が早くないだろうか。
――ヤバい、恥ずかしくなってきた……。
泣きながら内心でワタワタする薫だったが、そんな時。
ブゥゥン、キキッ!
バス停の前に、一台の水色の軽自動車が急停止した。
「まさか、この車……」
小坂が低く呻くと同時に、車の窓が下がる。
「こぅら雅美ぃ!
女を泣かすたぁテメェには百年早いんじゃあ!」
そして車中から、ドスの効いた女の声が飛び出てきた。
「え、なに?」
いきなり罵声を浴びせてきたことにビックリした薫は、駄々流れだった涙がピタリと止まる。
「雅美! 因縁つけて泣かせたんだったら承知しないよ、あぁん!?」
運転席から助手席へ身を乗り出して凄む女に、薫はポカンとするばかり。
彼女の言葉は怖いが、しかしその体格は決して逞しい人ではない。
小柄で、薫よりも少し高いくらいの身長。
フワフワのウエーブのかかった髪型と相まって、とても可愛らしい印象を受ける。
薫が呆気にとられる横で、小坂が「はぁ~」と深い深いため息を吐いた。
「アネキ、なんでここにいる……」
「へっ?」
なんと、ケーキを買いに小坂をパシらせるという、あの噂の姉がこの人なのか。
――想像していたのと違うんですけど!?
薫は小坂の姉のことを、小坂によく似たキツイ性格のスラっとした美人で想像していた。
しかし目の前の彼女は黙っていれば、小坂をパシらせるイメージがない。
薫がびっくりして口が開けっ放しである一方で、小坂は姉に凄まれても慌てず騒がず、冷静に返す。
「井ノ瀬は学校の後輩で、一緒に飯をする約束してたんだよ」
小坂の説明に、薫も「ウンウン」と横で頭を何度も縦に振る。
「そういえばアンタ、なんか変装っぽいことしてるじゃないの。
え、ホントに絡まれてないの?」
首を傾げつつもまだ疑う姉に、小坂は再びため息を漏らす。
「……面倒なのに絡まれたな」
――面倒って先輩、お姉さんに向かって。
だが薫としても、微妙なタイミングで会ってしまったとは思う。
告白直後のドッキドキ展開が、見事にぶった切られたのだから。
「ここでバス待ってたの?
だったらちょうど帰るところだし、乗って行きなよ」
どういう顔をすればいいのか困る薫と小坂に、姉が手招きする。
これに「ノー」を返すことは、薫にはできなかった。
――だって、それって二人きりで居たいって言っているようなものじゃん!
というわけで、車に同乗することになる。
「なんだぁ、バス待ちの暇つぶしに怖い話をしてただけかぁ」
「そうなんですよ、一度泣いたら止まらなくなって。ハハハ……」
朗らかに笑う姉の運転する車の助手席に座る薫は、笑みを取り繕う。
あの場の説明を「告白シーンでした」と正直に言うのは恥ずかしく、こんな説明でごまかしたのだ。
最初はある意味恐怖でドキドキしたので、怖い話というのもあながち嘘でもない。
「……」
小坂はと言えば、後部座席で無言である。
どうやら余計な会話をしたくないらしい。
――告白したばっかりだなんて、よりによってお姉さんに知られたくないよね。
この姉の様子だと、喜々としてイジりそうだ。
小坂は気まずいなんてものではないだろう。
なんというタイミングで遭遇したのだと、薫だって思うのだから。
あの後ラブラブな雰囲気になったかもしれないし、二人きりなことに薫の心臓が耐え切れなくなったかもしれない。
想像は膨らむものの、今更あの空気に戻ることはできず、薫の涙もとっくに止まってしまった。
薫は惜しいような、少しだけホッとしたような気持だった。
――まあ、いいか。
ともあれ、こうなってしまったのは仕方ないと割り切った薫は、帰りの電車賃が浮いたことを喜ぶことにする。
姉は名前を亜由美というらしい。
姉弟で名前が亜由美と雅美とは、字面だとまるっきり姉妹だ。
亜由美の同級生から妹と勘違いされて、呼び出されたりしたかもしれない。
なのに片方はこのガタイの良さだ。このギャップにビビられることは多いだろう。
――ヤバい、そのあたりがすっごい気になる。
薫が小坂の姉弟事情を一人想像して、内心ニヤニヤしていると、後ろから小坂に小突かれた。
「お前、なんか変なこと考えているだろう」
「変な事じゃないです、失礼な」
薫のニヤニヤ心が漏れていたのだろうか。
だが変な事と認めたら、小坂の名前が変だということになる。
少なくとも両親が事前に考えていた名前であるのは間違いないのだ。
ただ、男とわかっても再考しなかっただけで。
そんな二人のやり取りを、亜由美が横目でちらりと見る。
「仲良しそうね、二人って。
ねえ、もしかしてアナタが饅頭娘?」
そしてそんなことを尋ねてきた。
――饅頭娘?
なんだそれはと思ったが、そう言えば先日小坂に、饅頭の持ち帰り用を渡したのだったか。
亜由美はあれを食べたようだ。
「先輩にあげた饅頭なら、私がお菓子同好会で作ったもののおすそ分けです」
「おすそ分けかぁ、へー。
そうだったのねぇ雅美ぃ」
薫の説明に、亜由美が楽しそうにバックミラー越しに後ろを見た。
「……」
小坂はまたしても無言である。
――徹底してノーコメントですか、先輩。
この様子だと小坂姉弟は、姉の立場が強いのは間違いないようだ。
車内では薫が亜由美とお喋りし、小坂が後ろで無言な状態が続き。
そうしてようやく地元へ帰って来た車が、薫の自宅近くで止まった。
「ここでいいの?」
「はい、もう家はそこですから」
尋ねる亜由美に、薫は自宅の方を指さす。
自宅周辺の道はあまり広くないので、そんな所まで車を入れさせるのは申し訳ない。
「送ってもらって、ありがとうございました!」
「ついでだから、いいのよ~」
ペコリと頭を下げる薫に、亜由美がひらひらと手を振る。
――電車賃は浮いたけど、先輩と話せなかったなぁ。
薫はちょっと、いや、だいぶ寂しく思う。
小坂は姉の前で迂闊なことを言いたくないのか、会話でも短く「ああ」とか「いや」とか返すだけだった。
告白劇の直後としては、なんとも盛り上がらない二人だったりする。
薫が内心しょんぼりしていると、後部座席の窓が開いて、小坂が顔を出した。
「後で、連絡入れる」
低く呟くように告げた小坂に、薫はパアっと表情を明るくする。
「はい、待ってますね!」
我ながらお手軽な性格だなと思った薫だったが、嬉しいのだからしょうがない。




