6 心臓に悪いヒト
『会って話すのは止めよう、会って話すのは止めよう、会って話すのは止めよう……』
薫の頭の中で、小坂のセリフがこだまのように響いている。
小坂と出会ってからこれまでのことが、走馬灯のように流れていき、思考か真っ白になる。
――私、なんかウザかった? 実はすっごい迷惑な奴だった?
一緒にいて楽しいと感じていたのは自分だけで、小坂はすごく嫌がっていたのだろうか。薫は次から次へと不安が湧いてくる。
しかし、小坂の話はまだ続いていた。
「って、本当ならコッチが言うべきなんだろうけどよ。井ノ瀬は俺と一緒にいたって、得することなんかねえだろう? だから、もう来んなって言うべきなんだろうけど」
薫を見ないで喋る小坂が帽子を取って、ガリガリと頭を掻く。すると帽子で押しつぶされていたソフトモヒカンが、ひょこりと立ち上がる。
「でもなぁんか無理っぽいっつーか。お前を振り払えないし、頭の中で顔がチラチラするっていうか。あんな危ねぇ目にあわせたのに、会うのを止めようと言えないのが、すげぇモヤモヤする」
そこまで話してようやく、小坂が薫の顔を見た。
「うぇっ……」
大泣き寸前で、涙を堪える顔をしている薫を。
「なに、んな顔してるんだよ!?」
「だって、だってぇぇえ! 先輩が……!」
ギョッとする小坂に対し、薫は言いたいことが言葉にならず、とうとう涙を決壊させて喚く。すると、小坂に仰け反って距離を取られた。そんなにひどい顔をしているのか。
でも今の薫は確かに、映画のように美しく涙を流すヒロインとは程遠い。盛り上がる涙で見えにくいし、涙に釣られて鼻水も出て来てズビズビしているし。現実の泣き顔というのは、さほど美しくないものだ。
「泣くことねぇだろうが」
「勝手に出るんですぅ!」
薫は困ったように言う小坂に怒鳴り返すついでに、ズズっと鼻水を啜る。
しかし今の話の流れがいまいち頭に入って来ないのだが。小坂は会うのを止めるのか、はたまた会うのを止めるのが無理っぽいのか。今の薫にでもわかるよう、簡潔に五十字以内で説明してほしい。
「あの、結局どういうことですか? 私ウザいですか? 嫌いですか? 消えた方がいいですか?」
薫が尋ねると、小坂は「ばっ……!」となにかを言いかけて途中で止め、口を開いたり閉じたりする。
「嫌いっていうんじゃなくて、なんつーか……」
小坂は遠回しな表現を探しているようだが、薫としては余計に辛いものがある。
「気を遣わずにズバッと言ってください。ウザいんだったらこのまま立ち去って、雨に打たれながら心頭滅却しますから……」
薫はしょぼんと肩を落とし、今からでも雨に打たれに出ようとする。
「待て待て待て!」
それを小坂が慌てて引き留める。
「風邪を引いても先輩を恨みませんから、ご心配なく。どうせ私は雨に濡れて帰るのがお似合いの女なんです……」
「ああくそ待てって!」
目の前の道路にある水たまりのように、どよんとした気分の薫に、小坂が怒鳴りつけた。
「だから! お前のことが好きだから、会いたくなるっていうことだ!」
「……え?」
薫は目を瞬かせる。
『好きだから、好きだから、好きだから……』
また薫の頭の中にこだまが響く。
この好きというのは、ライクではなくてラブの意味合いでの言葉と認識していいのだろうか。最凶最悪の不良として名を馳せる小坂が、ごくごく普通の一般女子な、多少激辛好きなところのある薫を。
――ただの食べ歩き仲間じゃなくて?
正直に言えば、すごく嬉しい。舞い上がるくらいにはしゃぎたくなる。
けれど一方で薫は、自分が思いをよせてもらえるような女ではないことを、よくわかっていた。
「……っわたし、私は。そんな風に思ってくれるのが似合う、可愛い女子じゃありません。先輩は知らないだろうけど、嫌なヤツなんですよ」
薫は涙声で懸命に喋る。
「仲良しのはずの美晴に、先輩の話ができないんです。なんか、話すのがもったいないっていうか、私だけのことにしていたいっていうか」
意外と怖くなくて、実はイケメンで、カッコいい小坂のことを、知られて盗られたくない。そんなことを考えてしまったのだ。自分は小坂の彼女でもなんでもなくて、ただの後輩女子。
薫だってとっくに気付いていた。これが独占欲なのだと。小坂の優しさを自分だけの宝物にしていたいと考える、欲張りでわがままで、醜い女なのだ、自分は。
「私、勝手なんです。私だけの先輩でいてほしいだなんて」
真っ直ぐな好意を向けられるような、綺麗な心根の持ち主ではないと告げた薫に、小坂は静かな眼差しを向ける。
「それは、要するに俺が好きっていうことか?」
「うえ……?」
涙と鼻水でグシャグシャの泣き顔を上げた薫は、呆けた声を漏らす。
――あれ? 私、しれっと告白しちゃった……?
そんな事実に今更気付く。話の流れというか、空気というか、そんなものに乗せられるようにペロッと言ってしまうとは、なんということだろうか。
小坂はさらに言葉を続ける。
「だったら、俺も同じことだ。井ノ瀬が美味いもんを食って幸せそうにしている顔とか、誰にも見せたくないと思う」
「ふぁ……!」
凄いことを言われた。
――同じって、先輩が私と同じだって!?
薫の脳は処理能力を超えてダウンをしようとしている。きっと頭のてっぺんから煙を吹いているに違いない。
呆ける薫の両肩を、小坂がガシッと掴む。その拍子に帽子が地面に落ちるのに構わず、真っ直ぐな眼差しで薫を見る。
「俺は去年まで馬鹿やってて、学校からちいっと目を付けられているような男だけどよ。できれば、井ノ瀬薫と付き合いたい」
小坂の真摯な言葉に、薫の胸の奥底からなにかが溢れ出て来る。
――付き合いたいって、私と……!
「ばだじで、いいんでずがぁ~!?」
気分は乙女チックに盛り上がっていたのだが、口から発せられたのは涙声なんていう可愛らしいものではなく、雄叫びになってしまった。
「もう少し色気のある泣き方があるだろうが。でも、井ノ瀬らしいけどな」
落ちた帽子を拾って被り直しつつ微笑む小坂が、とってもイケメン過ぎて、心臓に悪くて困る。
「うぅ~、色気が無くてごめんなさいぃ~!」
――嬉しいのか恥ずかしいのか、どうしてこうなったのか謎なのか、色々わかんないよ!
己の涙のように雨も止む様子はなく、天候は相変わらずの中。薫はこれからどうしたものかと、泣いて少し落ち着いてきた頭で考える。
予定だとこれからバスに乗って駅まで戻り、電車の時間までブラブラと時間を潰すのだが。
――それってさ、デートって言わない?
今更この事実に思い至る。




