5 近さが気になるお年頃
店を出た薫たちはこの後の予定として、バスで駅まで戻って、電車の時間までブラブラと時間を潰す予定である。
小雨の降る中、傘をさして並んで歩く。
「焼肉屋でランチ、イイ!」
「そりゃよかった」
歩きながら心の声を上げる薫に、小坂が表情を和ませる。
「お昼の焼肉店って、あんななんですねぇ」
「案外入りやすいだろう?」
しみじみと呟く薫は、小坂の意見に頷く。
焼肉というとどうしてもおじさん臭いイメージで、あえて遠ざけていたところがある。
それに高くつくという先入観もあった。
けれどランチだと、夜のメニューに比べてお得だ。
ファストフードとは比べるべくもないが、高校生でも払える程度。
ちょっとお小遣いが入って奮発できる時なんかに、最適かもしれない。
客もおじさんばかりというわけでもなく、家族や夫婦連れが結構いた。
今ならんでいた行列にも男子高校生の集団があったりする。
ならば高校生の女子二人で入っても、それほどおかしくないだろう。
量も薫ではランチセットは多すぎるが、美晴みたいな普通の女子の食事量だと大丈夫だと思われる。
それにここまで来なくても、薫の自宅周辺にだって焼肉店はあるもので。
そこでもランチ営業をしているのだろうか?
帰ったら早速調べてみよう。
――今度、美晴を誘ってみようかなぁ。
美晴もきっと焼肉ランチを気に入るに違いない。
あれで結構食いしん坊だから。
「あーでも、激辛探しもまだまだ精進が足りないってことかぁ」
薫のサーチも、結局は薫の好みや移動範囲が反映される。
こういった調べ漏らしがあるのは当たり前なのだろうが。
世の中には焼肉のように、薫が先入観で拒否しているけど、実は親しみやすいグルメがもっとあるのかもしれない。
現在の薫は悔しいような、未知の世界を前に立っているような。
フワフワとした気分であった。
「ま、次には違う店を教えてやるよ」
歩きながら告げる小坂に、薫はキラリと目を光らせる。
「ホントですか? 本気にしますよ!」
「嘘は言わねぇって」
思わぬ次の約束に、薫はニヤニヤするのが止まらない。
――先輩と一緒に出掛けると、世界が広がるね。
だから、小坂といると楽しいのだ。
薫がお腹が一杯で心身共に満ち足りた気分でバス停へ歩いていると、次第に雨脚が強くなってくる。
「やべぇな、ちょっと走るか」
「はい!」
薫が小坂に促され、少し先に見えているバス停まで走る。
食後の全速力は辛いもので、それでも頑張って足を動かす。
そうして薫たちがバス停の屋根の下に入り込んだ直後。
ザアアアァッ!
雨の勢いが、バケツをひっくり返したようなものに変わった。
これはギリギリセーフという奴だろう。
――バス停に屋根があってよかったぁ!
でなければ、バス待ちの間にずぶ濡れになるところだ。
「すっげぇ降るな」
「早く梅雨が明けてくれるといいんですけど」
ザアザア降りの雨を見ながら、二人言葉を交わす。
今年は梅雨明けが遅くなるのではないかと、天気予報で言っていた気がする。
梅雨が早く開けても水不足問題が発生し、遅かったら日照不足で野菜などが育たなくなるのだそうだ。
なんとか両方のバランスが取れるくらいに、ピッタリいいタイミングで梅雨明けしてもらいたいものである。
というか、雨がひどいのはこうして屋根の下へ避難できたので、まあいいとして。
屋根付きバス停というものは、晴れていると気にならないが、雨が降り込まないスペースに留まろうとすると、ぐっと範囲が狭くなるもので。
二人並んで立っていると、密着しているようである。
――バス停って、結構狭いな……
歩いている時にならない距離が、止まっていると気になって来るのはどうしてか。
どうかすると小坂の体温まで感じられるのが、なんというか、すごく気恥ずかしい。
しかも「立っているのもなんだし」とイスに座ろうとすると、それはそれで問題が発生する。
椅子は長椅子タイプではなく、個別のイスが連結されているもの。
それに並んで座るといっそう距離が近いし、一つ空けて座るのも逆にどうだろうか。
――こういう場合、どうするのが正解?
とりあえずの試みとして、そろりと一歩離れようとした薫だったが。
「濡れるぞ、もうちょいコッチ寄れ」
「……ういっす」
小坂に先手を打たれ、横に出した足を戻す。
酷い雨だからだろう。歩く人がいなくなり、通る車の量も減った。
ザアアアァ……
そして重苦しい色の雨雲がどこまでも続き、しばらくこの土砂降りは弱まりそうにない。
――なんか、雨の中に閉じ込められたみたい。
今まるで、お互いだけの世界にいる気がする。二人曇天の空を見上げて無言でいる中で、そんな錯覚に襲われていると。
「なあ井ノ瀬」
ふいに小坂が声をかけてきた。
「はいっ!?」
――ヤバい、なんか妄想入ってたよ私!
天下の行動で二人きりの世界ってなんだと、薫は自分にツッコミを入れながらも、このタイミングで話しかける小坂にドキドキして、思わず声が裏返る。
「……あのな」
しかし続く小坂の声が、土砂降りの雨の音に消されそうになりながら、しかししっかりと薫の耳に届く。
「俺らもう、会って話すのは止めよう」
突然の言葉に、薫は振り向くことすら出来ずに固まった。
――え?
この瞬間、薫の心臓が止まった気がする。




