11 これからの二人
それから、再びいつもの日常に戻った翌日の放課後。
お菓子同好会の活動日ではないが、薫は授業が終わってから少し図書館で時間を潰して、いつも小坂がいる場所へと行ってみる。
――あ、いた!
顔の上に雑誌を置いている男子が、ベンチに横になっていた。
雑誌の上からはみ出したソフトモヒカンは、小坂のものである。
「小坂先輩発見!」
薫の声でベンチから小坂がムクリと起きた。
その顔には少し隈が浮かんでいる。
「先輩、寝不足ですか?」
ベンチの前に立ち、その顔を覗き込む。
「……結構遅くまで、親に説教されてた」
「わぁ」
――先輩でも、お説教されるんだぁ。
「それは、大変でしたね」
薫はちょうどいい位置に小坂の頭があったので、思わずナデナデしてしまう。
固めているのかと予想していたソフトモヒカンは、フカフカした手触りがする。
案外こうした癖がつく髪質なのだろうか。
頭を撫でられると思っていなかったのだろう、小坂がぎょっとした顔で薫を見上げる。
――人を見下ろすって、なんか新鮮!
身長が低い薫は、どちらかというと見上げる場合が多いのだ。
「お前は……」
ナデナデの衝撃から立ち直った小坂が、なにかを言いかけて途中で止めたところで、薫はベンチの空いたスペースに腰を下ろす。
「そっちは、親に言ったのか?」
小坂が窺うように尋ねるのに、薫は頷く。
「はい、どうせ制服のクリーニングを頼まなきゃだし」
汚れた制服は、母親が仕事に行く途中にクリーニングに出してもらうこととなった。
今日着ているのは、従姉からもらったおさがりである。
昨日帰宅した両親には、ある程度素直に話した。
曰く、「不良狩り」なることをしているエリート高校生にたまたま絡まれたこと。
それを学校の顔見知りの先輩が助けてくれたこと。
『床に転がされて、全身汚れちゃったよ』
『もう、そのくらいクリーニングに出すからいいのよ!
それよりも気を付けてよね、女の子なんだから!』
薫が済まなそうな顔をして告げると、母親が泣きそうな表情になり。
『助けてくれた先輩に、十分お礼は言ったの?』
『うん、ちゃんと言ったよ』
けれど親としてもう一度礼をする必要があるといった会話をした後、母親が「あの高校も昔みたいじゃないのかしら」などとぼやいていた。
小坂と相手のそもそもの関係なんて、別段言わずともいい事である。
そんなことをかいつまんで話すと、「警察からの連絡だが」と小坂が言った。
「井ノ瀬、あの馬鹿たちに動画を撮られてただろう?」
「あ! そうかも!」
取り巻き三人があの時、そんなことを言っていた気がする。
「一応あの場で確認したがな、
奴らは一応モラルがあったのか、それともそこまで頭が回らなかっただけか。
アレをネットに流したりした跡がなかった。
警察でも確かめたそうだが、安心しろってさ」
「……! 良かったぁ!」
いわゆる性被害にあっていない薫だが、際どい場面だった。
動画がどこまで撮られていたかもあるが、ネットに流れていたら、薫はきっとそういう被害者として世間に見られたことだろう。
――先輩あの時、その確認をしてくれてたんだ。
薫の今後を心配してくれたのだろう。
「けど、やっぱ俺のせいで怖い思いをしたんだ。
欲しいものとか、してほしいこととかあれば、なんでも聞いてやるぞ?
叶えられる範囲なら、だけどな」
自分の喧嘩に巻き込んだことを気に止む小坂に、薫はいいことを思いついた。
「じゃあ、また激辛に付き合ってください!
あ、今度の変装は眼鏡も必須ですからね!」
「お前は、ブレねぇなぁ」
小坂に苦笑されてしまった薫なのだった。




