10 後始末
「変わってるな、井ノ瀬は」
責めない薫に、小坂が困った顔をする。
「全部を他人のせいにしたくないんです」
「他人のせいにした方が、色々楽だぞ?」
どちらがより悪かったかの不毛な言い合いになりそうになったところで、二人して思わず笑みを零す。
「ま、とりあえずここから出るか」
「はい!」
小坂に手を引かれて倉庫の外に出ると、赤いランプが見えた。
――って、パトカー?
倉庫の前にパトカーが一台止まっていた。サイレンの音がしなかったので気付かなかった。
「ここで、喧嘩があってるって聞いてきたんだけど?」
パトカーにもたれかかっていた警察官らしき人が、そう尋ねて来た。
――なに、先輩捕まっちゃうの?
薫の怯えを感じ取ったのだろう、小坂が背中をポンポンと叩くと、パトカーの方へ歩み寄る。
「もう終わったんですけど」
「っていうか、レイコさんカンカンだったぞぉ」
「……でしょうね」
世間話っぽい会話をする二人に、薫は目を瞬かせる。
「……知り合いですか?」
袖を引く薫に、小坂が答える。
「この人、母親の職場の後輩」
――え、先輩のお母さんって警察官なの!?
ヤクザの息子という噂が濃厚と思われていたのに、まさかの真逆の職業とは。
「最近つれない息子をなんとか食事に連れ出したのに、ドタキャンされちゃあねぇ」
警察の人が苦笑する。
そう言えば、家族で食事に向かっていたのだと、小坂も言っていたか。
――なんか、申し訳ないかも。
薫が積極的に邪魔したではないので、恨むならあのエリート高校生四人を恨んでほしい。
「文句はこの中にいるのに言えって。最近流行ってた『不良狩り』の犯人だから」
小坂が警察の人に中のエリート高校生たちの事を話す。
「無関係の奴を巻き込むとか質が悪かったんで、そこんとこよろしくお願いします」
小坂がそう言った後、薫の頭越しに警察の人に小声でボソボソと何事か話す。それから薫をちらりと見ると、警察の人もこちらを見て頷く。
「なるほど了解した。最近問題になってたから助かる。その件も担当に言って、ちょっときつくお灸をすえるよう言っておく」
警察の人は真面目な顔をして小坂と話した後、薫にニコリと微笑みかけた。
「巻き込まれて災難だったね。けど後のことは心配せずに、ゆっくり身体を休めなさい」
「……はい、ありがとうございます」
警察沙汰になったとあっては、彼らの学校生活はこれまで通りといかないだろう。
――うーんと叱られればいいんだ!
エリート高校生たちの末路が見えて、ちょっとスッとした薫に、警察の人が告げる。
「じゃあ二人とも、送っていくよ」
中の四人は、今駆け付けている応援が対処するらしく。この人が薫の鞄と自転車の回収のため、学校横の公園まで送ってるという。
そして向かってみれば、自転車はあの状態のまま放置されていた。財布やスマホが盗られている形跡もない。公園の隅で見えにくい場所だったことが幸いしたようだ。
だからこそ、あの四人はここに引っ張り込んだのだろうが。
「家まで送らなくて、大丈夫かい?」
「はい、通り慣れた道ですから」
自宅に送り届けようとしてくれる警察の人に、薫は首を横に振る。
そんな帰宅の仕方をしたら、次の日にはご近所中の噂の的だ。そんなの御免被りたい。
そうして去っていくパトカーを見送ると、気が付けば時刻は既に夜の八時を回っていた。
「井ノ瀬、早く帰らないと、親が心配してるんじゃねぇの?」
小坂が気にするのも当然で、いつもの薫ならばとっくに帰宅して、夕食を食べている時間だろう。
けれど、今日は少し事情が違う。
「今日は親二人とも仕事で遅くて。弟も友達の家で食べて来るそうなんです」
なので、薫も一人で夕食を食べる予定だったのだ。
「……じゃあ今、家には誰もいないのか」
「そういうことですね」
幸か不幸かの判断は難しいものの、こんな事件に巻き込まれたことを、親に告げるタイミングが自分で測れるのはありがたい。
――タイミング悪かったら、先輩が一人悪者になっちゃうかもだし。
「不良」という肩書は、それくらい影響があるのだ。
もしそうなってしまって、小坂と会えなくなったら少し寂しい。だってせっかく仲良くなれたのだから。
「じゃあ、晩飯でも奢るぞ。 こんなんで詫びになるかわかんねぇけどな」
小坂は夕食を食べ損ねたと言っていたから、自分も空腹なのだろう。
薫は夕食を今から一人で食べるのは侘しいし、やはり少し怖い。なので一緒に食べてくれるのは嬉しかった。
「先輩、辛いのが食べたいです」
薫のリクエストに、小坂がニヤリと笑う。
「じゃあ、担々麺でも食って帰るか?」
「やった、担々麺好き!」
飛び上がって喜ぶ薫から、小坂は自転車のハンドルを攫うように持つと、自分がサドルに跨った。
「ほら乗れ、腹減ったからちゃっちゃと行くぞ」
「はぁい!」
小坂が漕ぐ自転車の後ろに乗って、薫はラーメン屋まで直行する。
落ちないように、ぎゅっと抱き着いた小坂の背中が温かかった。




