9 優しい不良
そして倉庫にエリート高校生四人のうめき声が響く中、小坂が彼らのポケットからスマホを探り出し、操作している。
「よし、そこまで馬鹿してなかったか」
安堵した様子の小坂に、薫はもぞもぞと起き上がる。
「先輩、つよーい!」
すっかり涙が引っ込んだ薫が称賛すると、小坂が寄って来て両手のガムテープを剥していく。
「あーあ、全身砂埃まみれじゃねぇか」
ついでに乱れた薫の上着を直しつつ、モロ見えだった下着をさりげなく隠すと、汚れを掃ってくれる。
「先輩、アイツら私に超失礼だった!」
されるがままの薫は、今まで言えなかった文句を垂れ流す。
「地味とか、身体がどうのとか、病気うつすとか、私健康な十六歳ですもん!」
清らかな乙女に向かって失礼極まりない話である。
「エロそうな顔したメガネに胸揉まれたし、なんか気持ち悪かったし、うええぇ……」
話しているうちに、また涙が溢れてきた。
――もう心配ないんだ!
助かったのだという安心感で、薫はまるで赤ん坊のようにしゃくりあげて泣く。
涙と鼻水できっとひどい顔になっているであろう薫を、小坂がぎゅっと抱きしめる。
「怖い思いをさせたな、俺を釣り出す餌にされるなんて、ホントに悪かった」
「ふぐぅ、ホントですよぅ。先輩の変装が甘いのが悪いんですぅ」
えぐえぐと泣きながら、薫は訴える。
小坂はあっさり身バレしたのを反省してほしい。
「……井ノ瀬、文句言うポイントがズレてねぇか?」
小坂が困ったように言いながら、薫が泣き止むまでそのままでいてくれた。
それからしばらくして、薫の泣き声も治まってきて、落ち着いたと思ったのだろう。
「井ノ瀬は本当に、あー、アレされてねぇか?」
小坂が言葉を濁しながら確認する。
「うぃ、パンツ脱がされないように頑張りました。
褒めてください」
ここで恥じらって誤解を与えても仕方ないので、薫は直球な言い方をする。
「おー、お坊ちゃんとはいえ男四人相手に立派だ。
偉かったぞ井ノ瀬」
小坂が再び薫をぎゅっとして、さらに頭をナデナデしてくれた。
本当に褒められたので、薫が少し顔を上げてみると、当然だが小坂の顔が至近距離にあった。
――先輩間近でもイケメン、胸板厚い、ぎゅーが凄い!
薫は泣き止んだ代わりに興奮してきた。
「むふぅ、だって三人は少しヘタレだったし」
薫が興奮具合を誤魔化そうとしてそう話すと、小坂が少し屈んで視線を合わせて来た。
「奴らは童貞野郎が粋がってカッコつけたこと言ってみただけだろう。
むしろそれで済んでホッとした」
むしろ性犯罪に躊躇しない相手じゃなくて幸運だったそうだ。
もしそうだったら、とっくにコトが終わっていると言われ、今更ながらにゾッとする。
「先輩が間に合ってないけど、間に合って良かったですぅ~!」
薫はまたジワリと涙を滲ませながら、微妙な日本語を使う。
もう少し遅かったら、さすがに危なかったかもしれない。
「ホントに悪かった。
家族揃って飯に行くとこで、スマホ見てなかったんだよ」
また泣きそうになる薫を、小坂が抱き寄せる。
今度は肩口に顔を埋める体勢になり、ほんのり汗が香る。
――先輩、汗かくくらい急いでくれたのかな。
遅れて着信に気付いて、慌てて走って来たのだろうか。
だとしたら嬉しいのだけれども。
そして小坂は彼らがどんな連中なのかを教えてくれた。
なんでも最近巷を騒がせている、「不良狩り」のメンバーなのだとか。
「『不良狩り』ですか」
そう言えば、ニュースでそんな単語を聞いた気がする。
自分とは関係のない話だと、聞き流していたのだが。
「あいつらは不良やってるけど弱いのばかりを襲って、病院送りにしまくってたんだよ」
「なにそれ!」
高校生同士の喧嘩なんてレベルではなく、立派な暴行事件である。
しかも弱者をねらい撃ちとか、卑怯すぎる。
「そんで、そのリーダー格の奴がちぃっと俺と関係あるヤツでな」
昔からなにかと目の敵にされているらしい。
――なんか、理由がちょっとわかるかも。
薫は伸びている彼をちらりと見る。
小坂の方が断然強かったし、実はイケメン度も負けてるし。
勉強なんて競っても、本人が気にしなければ勝敗なんて意味がないもので。
要は小坂に全体的に負けている自分を、認められないのだろう。
「だから、井ノ瀬が目を付けられたのは、完全に俺のせいなんだよ」
小坂がそう告げる。
確かにそうだ。薫が小坂と二人で出かけたりしなければ、こんな目にあわずに済んだ。
「もっと文句を言っていいんだぞ?
俺なんかに関わったからだって」
そもそも出会いの時点で、「不良なんかと話さなければよかった!」と思う方が楽だろう。
だが、落ち度があるのは薫だって同じことだ。
「私だって、知らない人にホイホイ付いて行っちゃったのも悪かったんです」
あそこで無視して自転車に乗って去っていれば、こんなことにならなかったのだ。
ちょど下校時間であったことだし、薫が公園までついていかなければ、他の生徒もいる中で堂々と連れ去ったりはできなかっただろう。
「一回だけ一緒に出掛けたのを、よりによってあの人に見られたとか、運が悪かったんですよ」
――あ、でも鞄と自転車どうなったんだろ。
あのままあの場に放置されているのだろうか。
だとしたら回収に行かなければならない。




