4 怪しむ美晴と、その時小坂は
ゴールデンウィーク明け。教室では連休中になにをしたかの話題で溢れていた。
その中で、美晴相手に熱心に語るのは薫である。
「でね、麻婆豆腐がすっごく辛かった!
そして美味しかった!」
麻婆豆腐だけではない、ノーマークだったエビチリとの出会いも忘れてはならない。
そしてなにより、甘味のコーヒーゼリーでシメることができたのだ。
――完璧な一日だったなぁ。
薫は語りながらも幸せの記憶を反芻して、うっとりとした表情である。
一方そんな薫と裏腹に、冷たい視線を寄越してくるのが美晴だった。
「へえ、薫一人で行って来たの?」
「……うん?」
薫が自分の世界にトリップしていたのから戻ると、美晴はなにかの犯人を見るような目でこっちを見ている。
「ずいぶんたくさん食べたみたいだけど、アンタ食細いじゃない。
食べきらなかったんじゃない?」
――しまった!?
美晴の鋭いツッコミに、幸せなあまりしゃべり過ぎたことに気付く。
男、しかもあの小坂と行ったとか知れたら、なにを言われるかわからない。
ここはとにかく誤魔化す場面だろう。
「……それは、手伝ってもらったっていうか」
「誰に?」
「……弟とか」
「アンタの弟、『おねーちゃんとお出かけ♪』とかするタイプじゃないでしょうが」
――ヤバい、美晴が名探偵だ
これ以上はボロを出さないために、沈黙が金である。
しかし黙ったことこそ「怪しんでください!」と言っているようなもの。
加えて、薫はあまり口が上手い方ではない。
「薫ぅ? 私たち親友よねぇ?」
笑顔が怖い美晴への、答えに窮した薫だったが。
キーンコーンカーンコーン♪
「あ、予鈴! 席に戻らなきゃ!」
いつもギリギリまで駄弁る薫は、この時ばかりは天の助けとばかりに美晴から離れた。
「……怪しい」
美晴の視線が、いつまでも薫を追っていた。
その後も一日、美晴の追及は続く。
――美晴もしつこいなぁ
これも、彼氏いない歴イコール年齢仲間故なのか。
***
連休明け初日の昼休み、茶髪のソフトモヒカン頭な男子の姿が屋上にあった。
そう小坂である。
この季節に昼食をとるのは大抵ここなのだ。
――けど、ここももうじき駄目だな。
既に日差しがジリジリとしてきており、もう少しすればコンクリートの熱で居られなくなるだろう。
そうなると、涼しい木陰に避難場所を代えるだけだが。
パンとお茶を昼食に、なんとなく屋上から下を眺めていると、ここ最近で見慣れた姿を発見した。
――井ノ瀬だ。
飲み物を買いに行くのか、購買のある方へと友人らしき女子と一緒に歩いている。
あれが話していた「美晴」だろうか。
「変な奴だな、アイツも」
井ノ瀬薫という人物は、どちらかと言えば背が低く、ショートヘアにパッチリとした目という外見があいまって、小動物めいた雰囲気の女子である。
どちらかと言えば猛獣系であろう小坂とは、合いそうにない存在なのだが。
何故か懐かれてしまった。
これが腕っぷし自慢の男どもなら、「ウザい」とばかりに蹴散らせば済む話だ。
しかし薫はそうではない。
しかも話すきっかけを作ったのは自分の方だったりする。
けれどあの時は、こうまで懐かれるとは思っていなかったのだ。
――実際、最初すっげぇビビられてたしな。
小坂がなんとなく薫の動きを目で追っていると。
「おー、やっぱここだった」
開けっ放しの屋上のドアの方から、声がした。
「おっす、俺もここで飯を食うぞ」
そう言ってやって来たのは、背が高くて体格のいい男子だった。
名を矢口といい、小坂の一つ年上の先輩で、中学まで所属していた空手道場で世話になった人である。
矢口は小坂の隣に座るとさっさと大きな弁当箱を広げ、豪快に食べ始める。
「矢口さん、いきなりなんスか」
友人の多い矢口が昼休みに、弁当を食べるためだけにこんな屋上まで上がってこないだろう。
「おう、察しがいいな」
矢口が頬張っていた弁当をごくんと飲み込み、ニヤリと笑った。
「おめぇ知ってるか?
二年のヤツが『不良狩り』とかいうフザけたのにやられて、入院中とかいう話」
「いや? 初耳です」
――そう言えば、ちょい廊下が静かだとは思ったか。
どうやらそれは、いつも騒がしいのが休んでいたせいらしい。
基本一人が好きな小坂は、あまり他人とつるむことをしないので、こういう話が入り辛いのだ。
そんな小坂も「不良狩り」というのは聞いたことがある。
このあたりの地域でいわゆる不良と呼ばれる連中が、ボコられて病院送りにされているという事件だろう。
「狩り」のターゲットにされているのはいつも、イキがっているが腕っぷしがあるわけでもないハンパ者ばかり。
一部の世間では持て囃されているようだが、弱い奴を狙って悦に入っているだけの、下種な連中だ。
「それに連休中にヤラれたらしくてな、今朝俺の耳に入って来た」
「あー、ハメ外して狙われたってか」
あの連中はまさしく通り魔のようなものなので、やられた奴は運がないとしか言いようがない。
「そんでな?
ボコられた後、相手さんがお前の名前を言っていたらしい」
『お前のところのキングに言っておけ、次はお前だとな』
そんなセリフを残されたのだそうだ。
「はぁん、俺を名指しねぇ」
ここは「ご指名ありがとうございます」とでも言うべきか。
それにしても、誰が言い出したのか知らないが、その「キング」というあだ名は止めて欲しい。
「ま、喧嘩を売られたら返り討ちにしてやりますけど」
「お前なら平気だとは思うが、一応気ぃ付けとけよ?」
そして色々と喋りながらも弁当を食べ終え、用事が済んだ矢口が立ち上がると、ふとこちらを見下ろした。
「それとな。一年の女子に餌付けされてんじゃねえぞ?」
「……!」
言われた内容に、小坂は一瞬固まる。
「練習帰りに二人並んで座っているのを見た時、笑いそうになったぞ」
ニヤニヤしている矢口に、小坂は顔をしかめた。
――最悪だ
まさか見られていたのに気付かなかったとは、不覚である。
「……矢口さん、なんでアソコ通ってるんスか?」
部活動の生徒が体育館との行き来に使う道ではないはずだ。
具体的には、実習棟を使う自転車通学の一年生しか通らない。
二年と三年の自転車置き場は違う場所だからだ。
そして実習棟で活動する部活動は、他には科学部しかない。
故にあの時間通るのは、調理室を出て自転車を取りに行く薫くらいである。
人が通らないからこそ、あそこで暇を潰しているのに。
しかも薫が通るのは、部活動の大半が帰った後くらいだ。
この疑問に、矢口が答えたところによると。
「部長会議で遅くなってな?
猫を追いかけて、たまたま通ったんだよ。
安心しな、誰にも言ってねぇから」
だそうだ。そう言えば猫好きなのだ、この男は。
「それにしても緩んだ顔してまぁ、三校のキングが形無しだな?」
矢口はとても楽しそうだ。
――ヤベぇ、しばらくイジられる
矢口の笑い声が校舎内に消えていく中、小坂は片手で顔を覆った。
***




