なりきりタイム
画面に映る配管工を眺めながら、つぐみは呟く。
「なぜわたしはヒゲの生えたおっさんを操作しているのか……」
「急にどうしたんですか?」
「なぜ可憐な美少女のわたしがヒゲの生えたおっさんを自分の分身として操っているのか」
「……少女?」
「そこはいいでしょ!? わたしまだ十代だよ!? 可憐とか美にツッコんでよ!」
「そういえばそうでしたね」
未成年なのだから少女でも確かにおかしくはない。
「そんな少女のわたしの分身だったら同じ少女というのが道理。せめて女キャラじゃなきゃ駄目でしょ」
またなにを言い出すのか。
「このゲームにはヒゲの兄弟しかいないんだからしょうがないですよ。昔のゲームってだいたいプレイヤーキャラの性別は決まってますもん」
「そんなことはわたしもわかってる。でもふと思ってしまったからそれこそしょうがない。だから、操作するキャラの性別って大事だよねーって話を始めようよ」
「そんなに大事ですか? ゲーム性自体にはあんまり関係ないような……」
「甘いなー透くんは。性別によってキャラの性能が変わるのなんてザラだし、アクションゲームやら格ゲーやらはキャラごとにモーションからして違う。ゲーム性に関わってくる大問題だよ」
つぐみは画面から目を離し、透の方にずいっと顔を近づける。
透は画面の中で配管工が溶岩の中に落ちていくのを見つつ、
「……格ゲーといえば、さっきつぐみさんが使ってたのって男キャラでしたよね? そこは少女じゃなくていいんですか?」
ついさきほどの対戦のことを思いだし言った。おっさんから少女までキャラの揃ったゲームだったが、つぐみが使っていたのはマッチョな男キャラだった。
「それはほら…………わたし格ゲーでは性能でキャラ選ぶ方だからさ」
「そんな知識や技術ありましたっけ?」
「ところで透くんは性別にこだわりあるかな?」
ガチャプレイの話題は禁止らしい。
「僕は基本的に男キャラを使いますよ。プレイヤーキャラが女キャラ固定だとそれだけであんまり乗り気になれなかったりしますし」
「なんで? 勿体なくない?」
わたしはおっさんでも喜んで使うのに、と今しがた文句を言った舌の根も乾かぬうちにそんなことを平然と言ってのける。
「なんか落ち着かないというか……。感情移入できない感じがするんです」
「ゲームやってる時にそんなに感情移入する?」
「ん~~~~……とにかくなんか落ち着かないです。あとなんか恥ずかしい感じ」
「そういう人もいるんだねえ」
「でも僕の周りだとそういう方が多いですよ。みんな男キャラ使います」
透の周りで女キャラを嬉々として使うのは父親ぐらいである。
「でもせっかく別の性別のキャラが使えるんだから使った方が儲けもんじゃない?」
「なにがどう儲かるんですか」
もはやおっさんを使うことへの不平不満などつぐみの中には存在していない。
「せっかく女になりきれるんだからそれを楽しもうよ透くん」
「オンラインゲームとかならともかく、普通のゲームでなりきるぐらいの感情移入はしないですよ」
そんなプレイ姿を他人に見られたら恥ずかしくてしょうがない。
「つぐみさんだっていまおっさんになりきってないし」
「わたしはゲームでなりきらなくても現実でできるもん。だからゲーム中になりきる必要なし!」
現実で?
一瞬なにを言っているのかわからず、透の頭は固まった。だが、すぐにそれがなにを指しているのか気づく。
「まさか……他人に憑依するってことですか? つぐみさん、どこかの誰かに憑依したことが……?」
「あッ……」
しばし沈黙。
「一回だけだよ」
「それ、前に僕の体に憑依した時のことですか?」
「……………………二回だけだよ」
「再犯じゃないですか! 寝てる時ですね!? 寝てる時にまた勝手に憑依したんですね!?」
「二回だけだから! 二回だけだからぁッ!」
コントローラーを放ってその場から逃げ出そうとするつぐみ。しかし、それよりも素早く透の手がつぐみの腕を掴む。
「ちょっとした好奇心ですぅ! 一回目はゲームすることしか頭になかったから、今度は男の体を体感してみようと思ったんですぅ!」
「……なんか変なことしてないですよね?」
「なんもしてない! 入ってみたらなんか落ち着かなくてすぐに出ちゃったし! 大丈夫! 透くんにマイナスなことはなにもないから!」
言いながら、つぐみはすでに土下座をしていた。人生で二度も幽霊に土下座をされる人間がこの世にどれぐらいいるだろう。
「ごめんなさい!」
「ところで、生まれ変わったら男と女どっちがいい? って話題はあるあるだよねー」
「つぐみさんにとってはそれってデリケートな話題な気もしますけど」
「え? なんで?」
この幽霊、成仏する気は一切ないな。透は改めてそう思った。