第五話
初等学園に入って四年が経った。
あのお茶会から私はあの九人とプライベートな関わりは持っていない。
貴族として最低限の付き合いはあるが、それだけだ。
そして五年生。
今年の始めにはある、重大なイベントがある。
「魔力保有量A……ゲームの中ではB+の筈だったんですけど……適性属性も火であることは変わりませんが、全体的に適性率の偏りが少ないですわ……」
魔力測定。
この世界の魔力持ちは殆どが貴族だ。平民から魔力持ちが出てくる場合、大抵先祖に貴族がおり、それが先祖返りしたことにより魔力を得る。
シャロンは内の護衛隊長の子どもだが、ナナは極細子爵家の三女なので魔力を持っていてもおかしくはない。
「やっぱり、ここはゲームでは無いんですのね」
どうせなら、全く違う世界なら良かったのに。
中途半端に似てるから、色々困る。
この四年間で私の周囲は色々変わった。
それは原作通りのものもあればそうでないものもある。
例えば、弟。
私が初等学園の二年生の時、弟が生まれた。
これは原作通りであるが、伯爵家として男児が生まれたのは喜ばしい。
これで私がローズクォーツ家を抜け、冒険者になっても家は存続する。
後はアリア(・・・)の学園での立ち位置。
ゲームでは同学年の多くの女生徒を取り巻きとし、ライアンを初めとしたあの高貴な男子生徒達にアタックしていたが、今の私は親しいと言える友人は数人しかおらず、普段は図書館で魔法の事を調べている、物静かな少々近づき難い生徒と化していた。
また、アリアがそのような性格になったためか、シャロンにアタックしてくる女生徒も結構いる。
シャロンは私のお付きだからと全て断っているようだが。
「アリア、測定の結果はどうでしたか?」
「A、でしたわ」
「僕はA−でした。これでちゃんと魔法学園へ入学出来ますね」
「そうだけど……シャロン、貴方は本当にそれで良いの? 剣士になりたいのでしょう? それなら騎士学園へ行くべきだわ。私からお父様にお願いを」
「いいえ。剣なら父上に習っていますので。俺はアリアの従者です。側にいさせて下さい」
「……そう」
変わったこと、といえば私とシャロンの関係も少し変化した。
シャロンは他の貴族と話すように私にも敬語を使い出し、一時期私のことも『様』を付けて呼んでいた。
『様』付けはなんとか止めてもらったけど、年々『主人』と『従者』としての関係が色濃くなって来ている。
「ふう……」
「? どうかしましたか? アリア」
「いえ……。ああ、シャロン。明日の休日、私は部屋で本を読んでいる予定だから。貴方は好きにしてて良いわよ」
「そう言われましても、そういうわけにはいきません」
「じゃあ、何かあったら呼ぶから、敷地内にはいて頂戴」
「畏まりました」
恭しくお辞儀するシャロンにふと、幼き頃、頬が触れそうな程近くで一緒に絵本を覗き込み、読んだ事を思い出す。
(もう、あの頃とは何もかも違う)
一抹の寂しさを感じながら、それを振り払うように私は小さく頭を振った。
☆★☆★
「……よし、大丈夫」
洗濯場からくすねてきたメイド服に身を包み、裏門から屋敷を出る。
部屋には自分の姿をした式神を残してきたので、まずバレることはないだろう。
なんでこんな中世ヨーロッパ風の世界に式神なんて陰陽道の術があるのか問い詰めたいが、あるのだから仕方ない。敢えて言い訳すれば、この世界が日本製の乙ゲーに酷似しているからだ。以上。
学園へ通えるようになってから私は二つの魔法を重点的に調べ、練習してきた。
一つは冒険者として魔物を狩るための攻撃魔法。
もう一つは冒険者として活動している間、アリアが行方不明だとバレないようにする魔法。
前者はちゃくちゃくと準備が整って行ったが、後者は難航した。
最初に考えた屋敷の者達に私がいるように錯覚させる幻覚系の魔法は対象者が多すぎて却下。
部屋自体に私がいるかのように幻影を見せる魔法をかけることも考えたが何かあった時に対応出来ないのでこれも却下。
結果、式神を採用した。
この式神、自立しており、消えた時に記憶を共有出来る優れものだが、学園の図書館は疎かこの世界の書物には殆ど乗っていない魔法だ。
何故そんな物を私が知っているかというと、原作ゲームで出てきたからだ。
その時には魔法陣や必要な材料、作り方などは明かされなかったが、公式資料集の初版のオマケに書いてあった。
あれを買い、そして暗記していた私ナイス。
オタクの本領発揮である。
それでも材料集めや細かな調整で今日まで掛かったが、それでも、完成はした。
「今日から、私は冒険者になる……!」
今の私の姿はいつもの長い金髪に桃色の瞳ではない。
短く切られた銀髪。青い、青い海みたいな眼。そして、今より五年程年嵩に見える容姿。
魔法で変身した、全くの別人がそこにはいた。