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「――単刀直入に言おう、リセ。今回の依頼は、媚薬なんだ」
「媚薬、ですか……?」
上から下まで、ずらりと薬瓶の並んだ長棚。
その一番下の段にある薬に手を伸ばしかけていたわたしは、アーレイン侯爵の口から飛び出したただならぬ薬品名に手を止めた。
◆◆◆
アーレイン侯爵が店へ来るようになったのは、三カ月前。医官である父の補佐として、アーレイン侯爵家へ同行したのがきっかけだった。
病状が良くないという話で伺ったのだが、幸いにもアーレイン侯爵は軽い風邪で、薬の飲み方や看病の仕方を実践で侍従に伝える程度に留まった。
その時も、侯爵からかなり感謝されたのを覚えている。
そして、その二週間後。
店内に陳列した薬草を整理しながら、いつも通りお客様の様子を窺っていた時。からんころん、と扉の鐘が鳴り、「いらっしゃいませ」と振り返れば――そこにアーレイン侯爵の姿があったのだった。
――アーレイン侯爵よ。
――なんて麗しい。こんなところでお会いするなんて。
令嬢たちの色めいたさざめきが耳に届く。自分のドレスを確認して姿勢を正したり、こっそり手鏡を構えて前髪を直したりする令嬢たちの姿。
それもそうだろう。アーレイン侯爵ほどの美形、めったにいない。
整えられた金髪の隙間から覗く、青灰の瞳。細く通った鼻筋に、花びらのような唇。眉がきりりとしていなければ、美女と見間違えてしまいそうな。
くるんと跳ねる栗茶の髪に、同色の猫目という平凡な容姿の自分が恥ずかしい。
目を潤ませた令嬢たちの挨拶を上手く躱しながら、アーレイン侯爵は店を見渡している。
何か探しているのだろうか。
店主として声をかけようと足を向けた、瞬間。わたしと目があったアーレイン侯爵が、宝物を見つけた子どものように微笑んだ。
「リセ嬢!」
「へ」
眩しい笑顔に、店のすべてが固唾を呑む。令嬢たちの視線が、じとりとわたしを狙っている。
真っ直ぐこちらへ向かってくるアーレイン侯爵。
え、えええええ!
大慌てのわたしに気づくはずもなく、アーレイン侯爵がわたしの手を取る。
「え、なっ…………わ……!」
「先日はありがとう。君が持ってきてくれた薬と、的確な看病のおかげですぐに熱が下がったんだ。
リセ嬢はこの店で働いていると聞いて来てみたんだが、迷惑だっただろうか?」
「と、とんでもない! もったいないお言葉まで、ありがとうございます!」
わたしが処方したのは簡単な風邪薬だ。
でも、そんな風に言われたら嬉しくなってしまう。
わたしの名前を憶えていてくださった上に、わざわざ来てくれるなんて。
「この店はハーブやお茶も売っているのだな。今日はあまり時間がないので、また買いに来てもいいだろうか」
「は、はい! もちろんです」
それから後のことはよく覚えていない。
とにかくアーレイン侯爵はそれ以来本当によく来てくれるようになった。
開店時間での来店は他のお客様(特にご令嬢たち)の混乱を招くので、最近では午前と午後の営業時間の間――昼休憩での来店をお願いしている。
断じて二人きりになりたいとかではない。断じて。
そして、今現在。
さきほど聞いた、物騒な薬の名前が頭の中でリフレインする。
媚薬……?
「どういうことですか……?」
振り返ると、カウンターの前に立つアーレイン侯爵が、懇願するようにわたしを見つめていた。
悩ましいお顔も本当にきれい。ついほう、と眺めていると、こほん、とアーレイン侯爵が咳払いする。
「ええと、リセ。少し話を聞いてもらいたいんだが……その……まずは立ち上がってもらっても?」
「ぬぁッ!」
言われて初めて、膝をついて前かがみ――つまり、アーレイン侯爵に大きくお尻を突き出したままの自分に気づいた。
だ、だって仕方ないじゃない!
ほしい薬が一番奥にあったんだもの!
「し、失礼いたしました、アーレイン侯爵!」
慌てて立ち上がり、パンパンとドレスを叩く。
セピアのブラウスに、深緑のジャンパードレスを重ねたシンプルなものだが、胸元をリボンで編みこんだデザインが気に入っていた。
「アーレインでいいと、何度も言っているだろう」
「いいえ、そんな! 恐れ多いです!」
「俺が、そう呼んでほしいんだ」
「………」
アーレイン侯爵は、優しい方だ。医師家系とはいえ下級貴族のわたしに、呼び捨てでいいと言ってくれる。
乞うように見つめられて、気恥ずかしさと劣等感で顔に熱が集まる。アーレイン侯爵に見つめられたら、誰だってそうなるに違いない。
「………リセとは親しくなってきたつもりだったのだが、俺とは距離を取りたいということだろうか」
「そ、そんなことは……! お言葉に甘えて、今後はアーレイン様と呼ばせて頂きます! ですから、どうかお顔を上げてください!」
思わずカウンターから身を乗り出して答えると、しゅん、と項垂れていた顔に花が咲いた。
美しい上に可愛らしいってどういうこと!
そんなアーレイン様を見ていると、勘違いしてしまいそうになる。
アーレイン様は、わたしを好いてくださってるんじゃないかって。
は!
だめだめ、しっかりしなきゃ。
そんなわけないし、第一わたし自身、アーレイン様を好きになってしまったら泣くはめになるのは目に見えている。
所詮は薔薇と雑草。釣り合わない。
ぱんぱんっ、と思いきり両頬を叩く。
くだらない妄想に蕩けていた頭が、ようやくしゃっきりした。
アーレイン様がデートにでも誘ってくれたら、期待もできる。
でも、そんなことは一度もない。
だから、つまり、そういうことなのだ。
「ど、どうした。そんな風に顔を叩いたら痛いだろう」
「な、なんでもありません! それより、先ほどの話って……」
「あ、ああ。それが――」
そっと伏せられた瞼。
言いにくいんだろう。迷うように開いた口元が、また閉じられる。
まあ、媚薬、と言っていたし当然か。
「アーレイン様。よろしければ、あちらでお茶を飲みながらお話しませんか?」
店の奥。隅に置かれたテーブル席を手で指す。
青灰の瞳が、ちらりとそちらへ移り、こくんと頷いた。
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本日5話まで更新。
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