十八禁ゲームじゃん
「真白、ちょっと兄ちゃん呼んできて。ご飯できたから」
台所にいるお母さんから声をかけられる。
私は食卓に箸を並べていた手を止めた。
お父さんの分、お母さんの分、私の分、兄ちゃんの分。
兄ちゃんの箸だけ、いつも最後に置く。どうせまた、部屋から一回じゃ出てこない。
「えー……呼んでもなかなか来ないから嫌だ」
「呼んできて。お願い」
「はーい」
私は箸を置いて、廊下へ出た。
兄ちゃんの部屋は二階の奥にある。
昔は、兄ちゃんの部屋へ行くのが好きだった。
兄ちゃんの部屋で漫画を読みながら、どっちが先に新刊を読むかでじゃんけんしていた。
夏祭りで私が迷子になった時も、兄ちゃんは屋台を全部見て回って、泣きそうな顔で私を見つけた。
帰り道で買ってくれたりんご飴は、甘すぎて半分も食べられなかったけど、兄ちゃんは文句を言わず残りを食べた。
その頃の私は、兄ちゃんの後ろをずっとくっついて歩いていた。
兄ちゃんが選んだ映画を、ソファーで一緒に観る。
兄ちゃんが宿題をしている横で、私も宿題をする。
でも、そういうのは少しずつ減った。
最近の兄ちゃんは、家族で出かける話をすると返事だけして、スマホの通知を見ている。
私が「久しぶりにどこか行かない?」と言っても、限定ショップだの配信だの推しの誕生日だのが先に来る。
兄ちゃんの予定表は、全てオタクイベントで埋まっていた。
「兄ちゃーん。ご飯」
ドアの向こうから、女の子の声が聞こえた。
兄ちゃんの声じゃない。
明るくて、甘くて、いかにも画面の中から出てくる声。
『先輩、今日こそ私だけを見てくださいね?』
私はドアの前で顔をしかめた。
音量下げろ。
「兄ちゃん、入るよ」
一応言ってから、ドアノブを回した。
部屋の中は、いつも通り散らかっていた。
床に段ボール。
机の上に開封済みの袋。
棚にアクスタ。
壁一面には露出の多い女の子のタペストリー。
椅子には脱ぎっぱなしのパーカー。
壁際にはダンベル。
そして、兄ちゃんはいなかった。
「……あれ?」
私はドアを開けたまま、部屋の中を見回す。
窓は閉まっている。ベッドの下にも、机の陰にも、人の気配はない。
なのに、パソコンの画面だけがついていた。
画面いっぱいに、タイトルロゴ。
『ヘキサデシマル・ラヴァーズ ~0からFまでの恋の定義~』
画面の中に、制服の女の子がたくさん表示されていた。
十六人。
兄ちゃんが昨日、夕飯中に熱弁してきたやつだ。
「これが原作なんだよ」
兄ちゃんは味噌汁を持ったまま、やけに楽しそうに言っていた。
「アニメだけ見てると分かんないんだけど、原作はヒロインごとのルート構造がさ。いや、まずタイトルのヘキサデシマルって十六進数のことで」
「へえ」
「0からFまでで十六人いるわけ。そこに恋の定義を重ねてるのがよくて」
「女の子いっぱい出てくるってことでしょ」
「雑! いや、そうだけど雑!」
兄ちゃんは笑っていた。
私と話すより、父さん母さんと話す時より、ずっと楽しそうだった。
私はその顔を見て、箸で焼き魚をつついていた。
可愛い作られた女の子たちを泣かせて、笑わせて、はい感動。
くだらない。
兄ちゃんの机の上には、限定版らしい箱が置かれていた。円の中に十八という数字が書かれているキラキラのシール。肌色の面積がやたら広いイラスト。
私は箱を指でつつく。
「十八禁ゲームじゃん」
彼女もいないのにえっちなゲームを遊ぶ。
兄ちゃんきも。
口には出さなかった。部屋に本人がいないから、言っても届かない。
「真白呼んだ? 今トイレー!」
部屋の外から兄ちゃんの声がした。
やっぱりトイレに行っていたのか。
私が部屋の外に出ようと顔を上げると、画面の中でカーソルが勝手に動いた。
NEW GAME。
LOAD。
CONFIG。
その横に、青いイルカのマスコットが跳ねた。
カーソルはNEW GAMEの上で止まる。
クリックしていないのに、文字が白く反転した。
「え、押してない」
画面全体が白で塗りつぶされた。
私は振り返って部屋のドアに向かおうとした。
足元のダンベルに、踵が引っかかった。
「うわっ」
体が後ろへ倒れる。
棚からアクスタが一枚落ちて、床で軽い音を立てた。
次の瞬間、部屋にあったローテーブルの角が頭にぶつかった。
ごつん、と鈍い音がした。
白い画面だけが、最後まで視界に残った。
痛い、と思ったところで、目の前が真っ暗になった。




