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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第65話 新鮮な海の幸と宴

 研究所の最深部に設置された巨大な金属のリングが、低く重厚な駆動音と共に眩い光の渦を生み出した。

 空間そのものが歪むような強い振動が空気を震わせる。視界を遮る光の膜が弾けると同時に、むせ返るような磯の香りと、ねっとりとした湿気を帯びた潮風が、テラ・テルマエの乾燥した地下室へと一気に流れ込んできた。


「転送完了。……魔力波長の安定を確認。座標のズレなし。完璧だな」


 俺がリングの横に設置された制御盤から手を離すと、ゲートの向こう側――南の港町ポルタの薄暗い倉庫から、ララとヴァネッサが次々と木箱や樽を抱えてこちらの世界へ足を踏み入れた。


「やったわ! 成功よ! これで港とこの街が、歩いて数歩の距離に繋がったのよ!」


 ララが抱えていた重そうな木箱を床に置き、興奮冷めやらぬ様子で両手で拳を握りしめる。彼女の額には汗が浮かんでいたが、その大きな瞳は前人未到の物流ルート開拓という達成感で爛々と輝いていた。


「重いぞ、これ。……中身は水と魚ばっかりなんだろう?」


 ヴァネッサが肩を回しながら、大きな木樽をドスンと下ろした。彼女の使い込まれたレザーアーマーには、海辺特有の潮風の匂いと、海賊討伐の激戦を物語る細かな擦り傷がいくつも刻まれている。


「アルド! 無事だったか!」


 開かれた重厚な防音扉の向こうから、リーリャやソフィア、ザラ、そしてヘレナたちが足早に駆け込んでくる。

 彼女たちの背後から、「わおぉぉぉんっ!」という野太くも歓喜に満ちた遠吠えと共に、巨大な銀色の影が弾丸のような速度で飛び出してきた。


 テラ・テルマエの豊かな食生活で驚異的な成長を遂げ、今や体高1メートルに迫る立派な銀狼となったシロだ。

 その巨体が床を蹴って宙を舞い、俺の胸元に前足を乗せて力いっぱいに押し倒そうとしてくる。俺は両足でしっかりと踏ん張り、受け止めたその分厚い胸毛をわしゃわしゃと撫で回した。ずっしりとした重みと高い体温が伝わってくる。見た目は恐ろしい魔物のように大きくなっても、中身は拾った時の甘えん坊のままだ。


「ああ、ただいま。対のゲートは無事に設置できた。これでいつでも港町と行き来できる。それに……」


 俺は足元に積まれた木箱の一つを指差した。


「最高の土産もな。シルヴィアが作ってくれた氷のおかげで、鮮度は完璧だ」


 箱の蓋を開けると、砕いた氷が敷き詰められた中に、銀色や赤に輝く魚の鱗、大ぶりの二枚貝、そして触角を忙しなく動かす手首ほどもあるエビや、奇妙な吸盤を持つ軟体生物が所狭しと並んでいた。

 港町を出発する直前に組合長が持たせてくれた、極上の海の幸だ。冷気と共に、濃厚な海の匂いが広がる。


「ひゃっ……! な、なんだこの生き物は……! 目が横についているぞ!」


 内陸の荒野や森で生まれ育ったリーリャが、見たこともない海の生物たちに驚き、ビクッと半歩後ずさる。普段は凛としたエルフの戦士である彼女が、得体の知れない軟体生物の動きに怯える姿は少し珍しかった。一方、未知の生物を前にしたヘレナは、考古学者としての好奇心を隠しきれない様子で身を乗り出し、その奇妙な形態を熱心に観察し始めている。


「これが『海』の恵みですのね……。生臭いと聞いておりましたが、冷やされているせいか、ただ強い塩の匂いしかしませんわ」


 ソフィアが恐る恐る箱の中を覗き込む。

 その目の下には、連日の徹夜作業の証である薄い隈ができていた。領主である俺が不在の間、街の行政処理から難民の受け入れ対応まで、彼女がどれだけの激務を一人で背負っていたか、想像に難くない。

 少し離れたところに立つザラも、普段の優雅な立ち振る舞いに隠しきれない疲労の色を滲ませていた。彼女もまた、急増した領民の健康管理に追われていたのだろう。


「とりあえず、宴の準備だ。港町の連中も、海賊が消えて大騒ぎしてる頃だろう。俺たちも開通祝いといこう。……だが、その前に」


 俺は木箱の横に置いていた布袋から、水滴のついたガラスの小瓶と、茶色い塊が入った包みを取り出した。


「ソフィア、リーリャ。それにザラも。留守番ご苦労だった。少しばかり、胃と頭を叩き起こすぞ」


 俺は小ぶりの杯を人数分用意し、小瓶の中に入った琥珀色がかった液体を注いだ。蓋を開けた途端、ツンとした独特の強い酸味が広がり、その匂いだけで顎の奥がキュッと締まる。


「それは……何のお薬かしら?」


 ザラが怪訝そうに杯を受け取る。


「穀物を長期間発酵させて作った『もろみしぼり酢』を、湧き水で割ったものだ。だまされたと思って一気に飲んでみろ。そして、すぐにこの塊をかじるんだ」


 俺は包みの中から、不揃いに割られた黒糖の塊を取り出し、それぞれに手渡した。

 港町での激戦後、ヴァネッサの疲労を吹き飛ばした強烈な組み合わせだ。


 ソフィアが意を決したように杯を煽った。


「っ……! す、酸っぱ……!」


 彼女の端正な顔がクシャリと歪む。だが、俺が「黒糖だ!」と指示すると、彼女は慌てて茶色い塊を口に放り込み、ガリッと噛み砕いた。

 直後、ソフィアの目が限界まで見開かれた。


「……あ。甘みが……酸味と混ざって……」

「ふぅ……っ。これは、凄いわね」


 ザラも同じように飲み下し、小さく息を吐いた。


「酢の酸味が疲れを散らして、この黒い塊の純粋な甘みが一気に力に変わるのね。……乱暴だけど、驚くほど効くわ。視界が急に明るくなったもの」


 薬師である彼女の言う通り、二人の顔からは先ほどまでのどんよりとした疲労感が抜け、瞳に力が戻っていた。


「よし。目が覚めたら、調理場へ移動だ。今日はマザーの火力もフル回転でいくぞ」


★★★★★★★★★★★


 広場の中央に急遽設置された巨大な調理台の周りには、すでに匂いを嗅ぎつけたガムリ親方たちや、エルフの農夫たちが集まり始めていた。

 夕暮れの空に焚き火の火の粉が舞い上がり、街全体が祭りのような熱気を帯びている。


「まずは、海の魚の純粋な味を知ってもらう」


 俺は、マザーが精密な研磨で仕上げたミスリル製の包丁を手に取った。

 まな板の上には、血抜きと神経締めを完璧に施された、透き通るような白身を持つ大型の魚が置かれている。


 ミスリルの極薄の刃が魚の身に吸い込まれるように入り、抵抗なく繊維を断ち切っていく。細胞を一切潰さないその滑らかな断面は、夕日に照らされて艶やかに輝いていた。

 俺は薄く切り分けた身を、砕いた氷を敷き詰めた大皿に美しく盛り付け、その横に、ツンとした刺激を持つ緑の香草の根をすりおろしたものと、大豆から作られた黒褐色の発酵調味料を添えた。


「『白身魚の冷やし切り身』だ。この黒い汁に、緑の薬味を少しだけ溶かして、身をつけて食べてくれ」

「生の肉を、そのまま……?」


 リーリャが躊躇いがちに先を細く削った木の枝を手に取った。

 エルフは生野菜や果物は食べるが、獣や魚の肉を生で食べる文化はない。火を通さない肉に本能的な警戒心を抱くのは当然だ。


 彼女は薄く切られた白身魚を黒い汁に少しだけ浸し、恐る恐る口に運んだ。


「……ッ!」


 リーリャの尖った耳が、ピクリと跳ねた。


「なんだ、これは……。臭みなんて全くない。それどころか、噛めば噛むほど、上品で強い甘みが口の中に……それに、この緑の薬味の刺激が、魚の脂をさっぱりと洗い流してくれる……!」

「美味えっ!! なんだこの弾力は! 川魚の泥臭さとは別次元だぞ!」


 ガムリ親方も大声を上げ、次々と切り身を口に放り込んでいる。冷やされた魚の身が持つ弾力と、臭みのない純粋な甘みは、内陸で暮らす彼らにとって未知の体験だった。


「次は温かい料理だ」


 俺は、マザーのアームが支える巨大な鉄鍋の前に立った。

 熱した鍋に、木の実から搾った黄金色の油をたっぷりと引き、香りの強いニンニクに似た根菜を刻んで入れる。油に香ばしい香りが移り、フツフツと小さな泡が立ったところで、先ほどとは別の、丸ごと下処理をした白身魚と、砂抜きをした大量の二枚貝を豪快に放り込んだ。


 ジュワァァァッ!!


 甲高い爆音と共に、油と魚介の水分が激しく弾け飛ぶ。

 そこに、エルフの畑で今朝採れたばかりの真っ赤な完熟トマトをざく切りにして加え、強い果実酒を一気に注ぎ込んだ。


「マザー! 強火だ!」

『了解しました。炉心出力上昇、バーナー全開です』


 ゴォォォォッという轟音と共に、鍋の底を青白い炎が包み込む。

 アルコールが一瞬で飛び、代わりに魚介の強烈な旨味と、トマトの酸味、そして果実酒の芳醇な香りが混ざり合った、圧倒的な匂いが広場中に爆発した。


 鍋の中で貝の口が次々とパカパカと開き、中の肉厚な身が顔を出す。

 魚の骨と貝から滲み出た極上の出汁が、トマトの水分と油分と完全に乳化し、白濁した黄金色のスープへと変化していく。グツグツと煮立つ音に合わせて、広場を囲むエルフやドワーフたちが一斉に喉を鳴らした。


「仕上げに香草を散らして完成だ。『白身魚と貝のトマト煮込み』だ!」


 大皿に取り分けられた熱々の料理が、次々とテーブルに運ばれていく。

 一緒に添えられたのは、外はカリッと、中はモチッと焼き上げられた硬焼きのパンだ。


「スープにパンを浸して食うんだ。一滴も残すなよ」


 ヴァネッサがいの一番にパンをスープに浸し、豪快に口に放り込む。彼女は目を見開き、無言でジョッキの麦酒をあおった。


「反則だろ、アルド……。魚と貝の旨味が凝縮された汁を吸ったパン……これだけで無限に酒が飲めるぞ……!」

「トマトの酸味が、魚介の濃厚な出汁を重くさせずに、完璧なバランスでまとめているわ。……すごい。海の幸って、こんなに奥が深いのね」


 ララが目を細め、すでに次回の輸送ルートの採算計算を忘れたように食事に没頭している。


「わふっ! はふっ、はふっ!」


 足元では、シロが専用の巨大な器に入れられた魚の身とスープを、千切れんばかりに尻尾を振りながら夢中で舐め回していた。

 その頭上では、マザーの妹分である小型ドローンのシスターが、チカチカと青いランプを点滅させながら楽しそうに旋回している。


『シロちゃん、美味しいですか? お兄様の料理は世界一ですからね!』


 夜風が、広場の熱気と香ばしい匂いを空へと運んでいく。

 俺は鍋の火を落とし、冷えた麦酒の入ったジョッキを手に取った。騒がしくも温かい仲間たちの笑顔を見つめながら、俺は静かに、充実した疲労感と共に喉を潤した。

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