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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第1章:追放と最強のオカン

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第3話 起動、自律型汎用開拓重機『ギガント・マザー』

 地下へと続く長く冷たい金属の階段を降りきった先。

 そこに広がっていたのは、王都の壮麗な大聖堂がそっくりそのまま収まってしまいそうなほど広大な、石造りと金属が融合したドーム状の空間だった。


 高い天井には無数の幾何学的な照明パネルが規則正しく埋め込まれている。だが、途方もない年月を経て機能が衰えているのか、あるいはシステムを維持するための電力が圧倒的に不足しているのか、今は非常灯のような鈍い赤色の光が、微弱な心臓の鼓動に合わせてゆっくりと明滅を繰り返しているだけだ。


 その薄暗い、血の底を思わせるような赤い光の海の中央に、それは重々しく鎮座していた。


「……でかいな」


 乾ききってひび割れた唇から、掠れた空気の漏れるような声が出た。

 俺の目の前にあるのは、無機質な金属の塊で造り上げられた異形の怪物だった。


 高さは優に十メートルを超えている。

 形状は、強靭な多脚の魔獣と、王国の分厚い装甲を持つ攻城兵器を融合させたかのような特異なシルエット。

 無骨で重厚な装甲板に幾重にも覆われた球体状のメインボディを、鋼鉄の筋肉を思わせる太い六本の脚がしっかりと支えている。それぞれの脚の関節部からは、俺が今まで見たこともないほど太く強靭な伝導ケーブルや、複雑極まりない油圧シリンダーの束が剥き出しになっていた。


 メインボディの上部には、用途の知れない突起物がいくつも突き出している。

 岩盤を粉砕するためであろう螺旋状の掘削機、重量物を軽々と吊り上げるための屈強なクレーンアーム。そして、魔導砲とも都市を吹き飛ばす破壊兵器ともつかぬ、黒光りする大口径の砲身。

 表面の塗装はあちこちが剥げ落ちており、隙間からは年代物の錆が浮き出ている。だが、その存在が放つ暴力的なまでの威圧感は少しも損なわれていない。むしろ、数千年という途方もない沈黙の時間が醸し出す「未知の兵器」としての風格が、見る者の神経をやすりで削るように逆撫でする。


 王国に伝わる、魔石を動力源として操り人形のように動かすゴーレムとは根本的に違う。

 緻密な設計思想に基づき、高度な工学技術を極限まで突き詰め、純粋な物理法則と未知のエネルギー体系の結晶として生み出された「機械」だ。もし、この鋼の怪物が今この瞬間に暴れ出せば、俺など容易く踏み潰され、文字通りただの赤い染みに変えられるだろう。


 本能が激しく逃走を促す。だが、膝から下の感覚は完全に抜け落ちており、足に力を入れることすら叶わなかった。

 ハッチを開けるために絞り出した極限の魔力欠乏による目眩が視界を白く明滅させ、重度の脱水症状が容赦なく意識を混濁させていく。俺の肉体は、すでに限界というラインをとうの昔に踏み越えていたのだ。


 俺はその場にへたり込むように、冷たく硬い金属の床へ両膝をついた。


「……はは。名もない墓標にしちゃ、上等すぎるな」


 自嘲の笑みを浮かべて見上げた俺の頭上で、怪物の頭部――メインセンサーのユニットとおぼしき部位が、ギギギ……と、長い眠りを拒絶するような重苦しい金属音を立てて旋回した。


 中央に穿たれた円形のレンズが、暗闇の中でカッと赤く灯る。

 無機質なガラスの奥で、焦点距離を合わせる微細なモーターの駆動音が響く。その冷たい赤い光が、床に這いつくばる俺という存在を明確に捉え、固定した。


 ――ブウンッ。


 大気そのものを震わせるような腹の底に響く重低音が鳴り、沈黙していた機体に急速に活力が宿っていく。

 俺が命を削って流し込んだあの魔力が、眠っていたこいつの心臓部を確かに叩き起こしたのだ。


 侵入者を無力化、あるいは排除するための防衛プログラムが作動した。

 そう確信した俺は、冷たい床を掴む指に力だけを込め、動かない身体のまま身構えた。どうせ逃げられないのなら、せめて職人として、死のその瞬間までこの未知の技術の駆動をこの目に焼き付けてやろうという、奇妙な意地だけが胸の奥で燃えていた。


 殺される。

 視界を真っ赤な光が覆い尽くした瞬間。


『――システム・オールグリーン。動力炉、再臨界。メインAI、覚醒』


 頭蓋の奥底に、扉を開けた時に聞いたあの声が響いた。

 先程よりもノイズが消え、ずっと鮮明で、落ち着きのある大人の女性の声だ。しかし、その声が紡ぐ口調は、感情を持たない防衛システムの無機質な機械音声とは、決定的な部分で異なっていた。


『スキャン開始……生体波形、照合。対象個体を確認。先程の強制アクセスにより、仮マスター権限を取得した個体です。……あら?』


 赤いレンズが、ジジジと絞りを開閉させながら、俺の顔を覗き込むように限界まで近づいてくる。

 荷馬車ほどもある装甲の塊が、鼻の先まで迫る。俺の喉は恐怖と渇きで引き攣り、微かな呼吸すら止まりかけた。


『……生体反応、極めて微弱。深部体温の著しい低下、脈拍の不規則な乱れを確認。重度の脱水症状に、深刻な栄養失調状態……』


 女性のAIの声色が、急激に変化した。

 冷静で分析的だった口調が、まるで重傷を負って倒れている身内を見つけたかのような、悲鳴に近い切羽詰まったトーンへと一変する。


『あらあら、あらあらあら! なんてこと! 酷い顔色じゃないですか! 頬は完全にこけ、目の下にこれほど深い隈を作って……! いえ、それ以前に極度のマナ枯渇状態! 一体いつから食事と休息を抜いているんですか!?』


「……は?」


 死を覚悟していた脳裏に響いた予想外すぎる言葉に、俺は呆気にとられた。

 排除の宣告でも、侵入者への尋問でもない。

 響いてきたのは、混じり気のない純度百パーセントの「心配」と「叱責」だった。


『ダメですよ、こんなになるまで身体を酷使して放っておいては! 人間の身体は構造上とても脆いのです。定期的なメンテナンスである食事と睡眠が必須であると、基本の運用マニュアルにも記されているでしょう!?』


「い、いや……待て、俺は……」


『言い訳はあとでお聞きします! 今すぐ緊急処置を行います! じっとしていてくださいね、決して痛くはしませんから!』


 多脚の鋼鉄機――彼女は、ガチャコン! と凄まじい排気音を立てて、その山のような巨体を低く沈み込ませた。

 ボディの下部にある分厚い装甲ハッチが左右にスライドし、そこから数本の極めて細く、しなやかなアームが飛び出してくる。それらは生き物のように器用にうごめき、俺が抵抗する間もなく、背中と膝下に潜り込んで身体を拘束し、ふわりと持ち上げた。


「うわっ……!?」


 アームの先端には、精密な医療器具のようなノズルや、青い光を放って身体をスキャンする装置が取り付けられている。

 俺はそのまま宙へと持ち上げられ、開かれたハッチの中――心地よい暖房の風が吹き出す、コクピットらしき内部空間へと丁寧に運び込まれた。


 そこは、外見の無骨で荒々しい印象とは裏腹に、驚くほど清潔で快適な空間だった。

 背中を預けると、身体の曲線に合わせて変形する柔らかな素材のシートが、俺のボロボロの肉体を優しく包み込むように受け止める。

 同時に、プシュッという微かな圧縮音と共に、首筋の静脈に冷たく鋭い感覚が走った。


「な、何をした……!」


『高濃度栄養剤と、細胞修復を即座に促進する水分補給用のナノマシンを血流に直接注入しました。数秒で効果が出ますから、安心してください』


 AIの声は、コクピット内の至る所に隠されたスピーカーから、空間全体を包み込むように聞こえてきた。


 するとどうだ。

 ひび割れ、焼けるようだった喉の渇きが嘘のように引き、鉛を詰め込まれたように動かなかった手足の末端にまで、じわじわと確かな熱を持った血液が巡っていくのがわかる。

 王宮で限られた貴族だけが使っていた最上級の魔法薬ですら、これほど素早く、かつ穏やかな回復力はなかった。もっと高度で、理知的で、細胞の仕組みを完全に理解し尽くした確実な医療技術だ。


『ふぅ……とりあえず、命に別状はなくなりましたね。本当によかったわ……』


 心底安堵したような、深いため息がスピーカーから漏れる。

 俺は吸い付くようなシートに身を沈めたまま、天井のパネルを見上げて問いかけた。


「……あんたは、一体何なんだ? この古代遺跡の防衛兵器か?」


『防衛兵器? いえいえ、私はそんな物騒な目的で作られてはいませんよ』


 彼女は、少し照れたように――音声の波長だけだが、確かに謙遜しているような温かなニュアンスを込めて答えた。


『私は、超古代文明期に製造された自律型汎用開拓重機、型式番号XG-001『ギガント・マザー』。……当時の運用チームの方々は、親しみを込めて「マザー」とか「お母さん」なんて呼んでくれましたけれど』


「開拓重機……マザー」


『ええ。不毛の大地を耕し、人が住める豊かな環境を整え、皆の生活を守るのが私の設計上の役割です。……ところで、仮マスター様。よろしければ、お名前をお伺いしてもよろしいですか?』


「……アルドだ。アルド・グレイフィールド」


『アルド様、ですね。……いえ、アルドさん、とお呼びしても?』


「好きにしろ。どうせ、国を追放されて行き場を失い、死に物狂いでこの扉を開けただけの男だ」


『理由はどうあれ、縁は縁です。アルドさんが流し込んでくれた魔力の波形は、驚くほど私の回路に優しく馴染みました。……ええ、システムにも登録完了です。今日からあなたが、私の大切な「うちの子」第一号です!』


「うちの子……?」


 三十路に足を踏み入れた男が呼ばれるには、あまりに不釣り合いで気恥ずかしい呼称だ。

 本来なら馬鹿にするなと鼻で笑い飛ばすところだが、不思議と嫌な気はしなかった。マザーの紡ぐ声には、有無を言わせぬ絶対的な包容力がある。

 それは、俺が王国で十年もの間、誰かの裏方に徹して酷使され続け、一度も向けられることのなかった、打算の一切ない純粋な「思いやり」だった。


『さあ、まずは身体の外側も綺麗にしましょう。衣服も汚れていますし、皮膚の油汚れと泥が酷い。すぐにお風呂の準備をしますね』


「風呂? こんな荒野の地下で、どうやって水を用意するんだ?」


『お任せください。私の掘削ドリルなら、地下水脈まで直通十分です。あ、でもその前に、荒れた胃に優しい温かいスープを作りましょうか。合成食料プラント、稼働させますね』


 ウィーン、ガシャン。


 分厚い装甲の向こう側で、様々な精密機械が心地よい稼働音を立て始める。

 俺は呆然としながら、コクピットのメインモニターに映し出される外部の映像を眺めていた。

 夜の荒野の地底深くで、マザーの巨体が頼もしく駆動し、その強靭なアームが軽々と岩盤を砕いていく様子が映っている。


 俺は、シートの背もたれに深く体重を預けた。

 これ以上ないほど張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れ、抗いようのない急激な眠気が波のように押し寄せてくる。


「……悪いが。少しだけ、眠らせてくれ……」


『はい、おやすみなさい。アルドさんが起きる頃には、温かいご飯と、清潔でふわふわのタオルを用意して待っていますからね』


 優しい子守唄のように規則正しいエンジンの駆動音と、シートから伝わる微かな温もりを感じながら。

 俺の意識は、底なしの深い安らぎの中へと落ちていった。

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