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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第1章:追放と最強のオカン

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第2話 辺境の荒野と古代の遺跡

 王都を出てから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 空はすでに完全に夜の帳を下ろし、頭上には見たこともないほど鮮明な星空が広がっていた。王都の煤煙に霞まない、氷のように冷たく瞬く無数の光。

 静寂に包まれたその光景は恐ろしいほどに美しいが、今の俺には、その美しさを愛でるような心の余裕など微塵も残されていなかった。


「……ハァ、ハァ……」


 肺から絞り出される呼吸は、やすりで削られたように掠れている。乾ききった唇を舐めても、舌に砂のざらつきを感じるだけだ。

 鉛のように重い両足を、ただ機械的に前へと運び続ける。


『死の荒野』。


 王国の東に広がるこの不毛の大地は、その名の通り、生命を拒絶する場所として知られている。

 足元には、ひび割れた赤土と、刃物のように鋭利な岩屑が延々と続いている。草の根一つ、虫の這う跡すら見当たらない。時折吹き抜ける夜風は容赦なく体温を奪い、露出した肌を砂混じりの風が打ち据えていく。


 王城の息の詰まるような檻から抜け出した直後の高揚感は、すっかり極限の疲労と渇きに塗り潰されていた。自ら望んでこの過酷な道を選んだとはいえ、水一滴、防寒具一つ持たずに踏み入るには、少々無謀が過ぎたかもしれない。王都での徹夜続きの労働で体力は削り取られており、その上、十分な補給も休息もないのだ。歩くたびに軋む関節の痛みが、現実の過酷さを容赦なく突きつけてくる。


「……まだ、倒れるわけにはいかない」


 誰に聞かせるでもない独り言は、ヒューヒューと鳴る風の音に掻き消された。


 ふと、視界の端の岩陰で何かが蠢く気配を察知し、俺はピタリと足を止めた。

 目を凝らすと、暗闇の中に赤い複眼が二つ、三つと浮かび上がる。体長二メートルを超える巨大な蠍が、威嚇するようにハサミを打ち鳴らしながらこちらの様子を窺っていた。


『レッド・スコーピオン』。


 冒険者ギルドの規定で言えば、Cランク相当の魔物だ。

 腰元に手をやるが、そこには愛用の工具ベルトも、護身用の短剣もない。ポケットに残っているのは、オイルが半分ほど残った安物のライターと、ひしゃげた煙草の空箱だけだ。あとは、疲弊しきった自身の身体と、底をつきかけているわずかな魔力のみ。


 戦うのは愚策だ。まともな武器すらない現状で、あの分厚い甲殻を打ち破る手段はない。

 俺は岩壁に背を張り付け、呼吸を浅く保ち、極力気配を殺しながら、蠍の視界から外れるように岩場を大きく迂回した。

 幸い、蠍は俺を明確な獲物として認識していなかったようで、深追いしてくる気配はない。暗闇の中に赤い複眼が完全に溶け込んで消えていくのを確認し、ようやく強張っていた肩の力を抜いた。


 やり過ごせたとはいえ、運が良かっただけだ。次に別の魔物と遭遇した時、同じように逃げ切れる保証はどこにもない。体力が尽きて一歩も動けなくなれば、文字通りこの荒野の泥土に還り、獣たちの餌食になるだけだ。


 安全な場所を探さなければならない。風雨をしのぎ、魔物の目を誤魔化せるような窪みか、洞穴か。

 俺は目を閉じ、意識を足の裏へと集中させた。

 視覚や聴覚といった五感ではない。長年、王国中のインフラを整備し続ける中で培った、俺独自の魔力探知の感覚だ。


 固有スキル【魔力変換・接続】。

 本来は魔導具に魔力を流し込み、その機能を最大限に引き出すための力。それを応用し、微弱な魔力の波紋を大地に流し込むことで、地下深くに埋設された水道管の錆びや、分厚い壁の裏の断線を「音」として感知する。

 勇者カイルたちからは「地味な配管工の特技」と嘲笑われた能力だが、今はこの微かな感覚だけが俺の命綱だ。


 呼吸を整え、足裏から大地へと魔力の波紋を浸透させていく。

 波紋は乾燥した赤土を伝わり、地下深くへと潜り、すり鉢状に全方位へと広がっていく。

 返ってくる反響に意識を澄ます。


 ……岩。岩。脆い地層。ずっと深い場所に僅かな地下水脈の反応があるが、徒手空拳で到底掘り起こせる深さではない。


 どこまで探っても、返ってくるのは冷たい自然物の不規則な反応ばかりだ。

 額から嫌な汗が流れ落ち、目に入る。魔力の残量が底をつきかけている証拠だ。

 やはり、ここはただの死の大地なのか。

 探知の網を広げるのをやめ、魔力の供給を断とうとした、その瞬間だった。


 ――キンッ。


 脳裏の奥底で、硬質で澄み切った反響音が鳴った。

 無機質で、一切の歪みを持たない均一な反響。自然界に存在する鉱物や岩石では、決してこんな音は返ってこない。極めて高度に精錬され、幾何学的に加工された金属特有の「声」だ。

 しかも、その質量は途方もない。俺の探知範囲を覆い尽くすほどの、規格外に巨大な金属の塊が、この荒野の地下に眠っている。


 乾ききった喉が、無意識にゴクリと鳴った。

 距離は北東へおよそ二キロ。

 今の体力で辿り着けるかどうかの、まさに瀬戸際だ。しかし、あそこには巨大な「人工物」がある。人工物があるならば、少なくとも身を隠す空間や、何かしらの手がかりが残されている可能性がある。

 俺は夜空の星を頼りに方位を定め、ひび割れて痛む足に鞭打って再び歩き出した。


★★★★★★★★★★★


 北東への二キロの道のりは、永遠にも等しい長さに感じられた。

 何度も足をもつれさせて転び、手のひらや膝を岩で擦り剥きながら、泥臭く前へと進み続けた。やがて、荒涼とした平原が不自然に途切れ、すり鉢状に凹んだ巨大な盆地のような地形が現れた。

 周囲を高い岩壁に囲まれており、肌を刺すような風が遮られている。


 そして、その盆地の中央。

 月明かりに照らされた地面から、周囲の赤土とは明らかに異質な、鈍く光る構造物が顔を覗かせていた。


「……なんだ、こりゃ」


 近づいて手で表面の泥を払い除けると、それは巨大な灰色の金属板だった。

 王国の城壁に使われているような粗雑な鉄鋼ではない。継ぎ目ひとつなく滑らかで、長年の風雨に晒されているはずなのに錆一つ浮いていない。俺が知る限り、いかなる最新の魔導工学をもってしても、これほど純度の高い金属を精製することは不可能だ。


 さらに泥を拭い去ると、金属板の表面に微細な溝が幾何学的な模様を描いて走っているのが見えた。

 魔導回路だ。

 見たこともない法則で編まれた、あまりにも複雑で、それでいて完璧な機能美に溢れた術式。


 王国の書庫で埃を被っていた禁書に記されていたおとぎ話を思い出す。はるか昔、この大陸には今の魔法文明を遥かに凌駕する「超古代文明」が存在し、魔法と科学を極めた彼らは、天を突く塔や空を飛ぶ船を造り上げていたという。

 俺の目の前にあるのは、紛れもなくその遺産の一部だ。


 表面に手を這わせると、極めて微弱だが、かすかなエネルギーの残滓――熱を感じた。

 まだ死んでいない。

 探知能力によれば、この金属板は途方もなく巨大な構造物の、ほんの「入り口のハッチ」に過ぎない。本体は遥か地下深くに埋没している。


 俺が立っている場所のすぐ足元に、スリット状の隙間と、手のひらを合わせるような窪みを見つけた。

 外部アクセス用の認証パネルだ。

 試しに手をかざしてみるが、当然のように無反応だ。動力を司るマナが完全に枯渇しており、システム全体が深い休眠状態にある。

 どんなに高度な機構を備えていても、動力がなければただの鉄の塊に過ぎない。


 俺の魔力を直接流し込んで、強制的に再起動させるしか道はない。

 カイルのように湯水のごとく魔力を垂れ流せるなら容易いだろうが、俺の魔力量はせいぜい一般の魔導士の平均か、それに毛が生えた程度だ。おまけに、ここまで歩き通した疲労と先程の探知で、魔力はすっからかんに近い。

 ここで無理に魔力を絞り出せば、最悪の場合、魔力欠乏によるショックで心臓が止まる。


 手を引き、夜が明けるのを待つべきか。いや、朝の直射日光を浴びれば、確実に脱水症状で死ぬ。

 どうせ死ぬのなら。

 俺は、目の前の緻密な魔導回路を愛おしむように指でなぞった。


 職人としての血が、理性を焼き尽くすほどの熱を持って沸騰していた。

 十年もの間、王宮の腐りかけた古い設備や、勇者たちの身勝手な武器の尻拭いばかりを強いられてきた。俺が本当にやりたかったのは、こういう未知の技術に触れ、その構造を解き明かし、自らの手で新たなものを創り出すことだったはずだ。

 この未知なるテクノロジーの扉を前にして、素通りすることなどできるわけがない。


「……最高の仕事だ」


 俺は覚悟を決め、泥まみれの手を窪みへと強く押し当てた。

 固有スキル【魔力変換・接続】を限界まで引き上げる。

 意識の奥底に燻っている魔力の残り滓をかき集め、一本の細い糸のように練り上げる。そして、手のひらを通して遺跡の回路へと、静かに流し込んだ。


 バチッ。


 強い静電気が弾けたような鋭い痛みが、手のひらから腕を伝って脳天を貫いた。

 拒絶反応ではない。長きにわたって干からびていた回路が、急激な魔力の流入に対して引き起こした物理的な負荷だ。ここで力任せに押し込めば、たちまち回路はショートして二度と開かなくなる。

 俺は奥歯を強く噛み締め、痛みに耐えながら、毛細血管の隅々にまで魔力を浸透させるようなイメージで、細く、深く、静かに魔力を送り込んでいく。


 深い。どこまでも果てしなく深い。

 回路は地下深くへと複雑に絡み合いながら伸びている。何重にもかけられた物理的なロック機構、見たこともない多重の暗号化術式。

 俺は呼吸を忘れ、目に見えない回路の詰まりを一つずつ解きほぐし、断線している箇所には魔力で一時的なバイパスを構築していく。


 視界の端が白く明滅し始めた。耳鳴りが酷く、自分の心音が警鐘のようにガンガンと響く。

 魔力欠乏の末期症状だ。全身の血が沸騰し、指先からドロドロと溶け落ちていくような錯覚に襲われる。


(動け……! 繋がれ……ッ!)


 理屈を超えた直感だけで、回路の最深部、システムの中枢とおぼしき場所へ向けて、残された命の火を燃やすように全魔力を叩き込んだ。


 ドクン。


 足元の地面が、巨大な心臓のように脈打った。

 途切れかけていた意識が、その振動で強引に現実に引き戻される。

 金属板の表面に刻まれた幾何学的なラインが、淡い青色の光を帯び始めた。光は血流のように網の目を走り、泥にまみれた古代のハッチを幻想的に彩っていく。


『――システム、再起動。予備電源ヲ確保。生体魔力波長ノスキャンヲ実行……』


 頭蓋に直接響くような、無機質で透き通った女性の声。


『波長データ、該当ナシ。未登録ノ個体デス。……強制アクセスコードヲ確認。当該個体ヲ、一時的ニ仮マスターとして登録シマス』


 プシュウゥゥゥ……ッ!


 重厚な排気音が荒野の静寂を破り、何百年、あるいは何千年もの間閉ざされていた分厚い金属板が、地響きを立ててゆっくりとスライドした。

 開いたハッチの奥には、地下へと続く緩やかな階段が口を開けていた。


 俺は限界を迎えた両膝を突き、その場に崩れ落ちた。

 全身から脂汗が吹き出し、指一本動かす気力すら残っていない。

 荒い息を吐きながら、開かれた暗闇を見つめる。

 そこから漂ってくるのは、遺跡特有の死臭やカビの匂いではない。かすかな機械オイルの香りと、完璧に調整された空調による、清浄で冷たい空気だった。


「……上等だ」


 俺はひび割れた唇を歪めて笑い、震える足に力を込める。冷たい金属の壁に手をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。

 青白い光が漏れ出す地下への階段へ向けて、重い一歩を踏み出す。

 階段の先にある広大な暗闇の底で、微かな駆動音が鳴り始めたのが聞こえた。

 俺は、油と鉄の匂いが立ち込めるその深淵へと、ゆっくりと降りていった。

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