第3話 起動、自律型汎用開拓重機『ギガント・マザー』
地下階段を降りきった先に広がっていたのは、王都の大聖堂がすっぽりと収まってしまいそうなほど広大なドーム状の空間だった。
天井には無数の照明パネルが埋め込まれているが、長い年月で劣化しているのか、今は非常灯のような赤い光が明滅しているだけだ。
その薄暗い赤い光の中に、それは鎮座していた。
「……でかいな」
俺は、乾ききった喉で声を絞り出した。
目の前にあるのは、金属の怪物だ。
高さは優に10メートルを超えているだろう。
形状は、蜘蛛と戦車を悪魔合体させたような多脚戦車。
重厚な装甲板に覆われた球体状のボディを、太い6本の脚が支えている。それぞれの脚は、王国の攻城兵器よりも太く、関節部からは太いケーブルや油圧シリンダーが筋肉のように露出していた。
ボディの上部には、用途不明の突起物がいくつも突き出している。
巨大なドリル、クレーンアーム、そして大口径の大砲のような筒。
建設機械のようでもあり、純粋な破壊兵器のようでもある。
表面の塗装は剥げ落ち、所々に錆が浮いているが、その威圧感は少しも損なわれていない。むしろ、長い眠りが醸し出す「怪物」としての風格を増幅させていた。
(古代文明の……ゴーレムか? いや、これは『機械』だ)
俺は職人としての本能で理解した。
これは魔法で動く人形ではない。緻密な設計と、高度な工学技術によって作られた「超兵器」だ。
もしこいつが暴れ出せば、俺ごときは指先一つで挽肉にされるだろう。
逃げるべきか?
いや、もう無理だ。足が動かない。
魔力欠乏による目眩と、極度の脱水症状。俺の体は限界を超えていた。
俺はその場にへたり込むように膝をついた。
「……はは。墓標にしちゃ、立派すぎるな」
俺が見上げると、怪物の頭部――と思われるセンサーユニットが、ギギギ……と鈍い音を立てて動いた。
赤い単眼が、暗闇の中で灯る。
その光が、俺を捉えた。
――ブウンッ。
低い駆動音が響き、巨大な機体に活力が戻っていく。
俺が流し込んだ魔力が、こいつの心臓部を叩き起こしたのだ。
(来るか……!)
俺は身構えた。
侵入者を排除するための防衛システム。それが作動したのだと思った。
殺される。
そう覚悟した瞬間。
『――システム・オールグリーン。動力炉、再臨界。メインAI、覚醒』
頭の中に、またあの声が響いた。
今度はもっとはっきりと。ノイズ混じりではなく、落ち着いた大人の女性の声だ。
しかし、その口調は防衛システムの無機質なそれとは、どこか違っていた。
『スキャン開始……対象を確認。個体名:アルド・グレイフィールド。……あら?』
巨大な単眼が、ジジジとレンズを絞り、俺の顔を覗き込むように近づいてきた。
バスほどもある巨大な顔が、目の前まで迫る。
俺は息を呑んだ。
『……生体反応、微弱。体温低下、脈拍異常、重度の脱水症状に、栄養失調……』
AIの声色が、急激に変化した。
冷静な分析口調から、まるで孫の通知表を見た祖母のような、悲鳴に近いトーンへ。
『あらあら、あらあらあら! なんてこと! 酷い顔色じゃないですか! 頬がこけて、目の下にクマを作って……! 一体いつから食事を抜いているんですか!?』
「……は?」
予想外の言葉に、俺は呆気にとられた。
排除勧告でも、降伏勧告でもない。
聞こえてきたのは、純度100%の「心配」だった。
『ダメですよ、こんなになるまで放っておいては! 人間の体は脆いんですから、定期的なメンテナンスが必須だって、マニュアルにも書いてあるでしょう!?』
「い、いや……俺は……」
『言い訳はあと! 今すぐ緊急処置を行います! じっとしていてくださいね、痛くしませんから!』
巨大な多脚戦車――彼女は、ガチャコン! と凄まじい音を立てて、その巨体を低く沈めた。
ボディの下部ハッチが開き、そこから何本もの細いアームが飛び出してくる。
それは蛇のように器用に動き、あっという間に俺の体を拘束した。
「うわっ!?」
抵抗する間もない。
アームの先端には、注射器のようなノズルや、スキャナーのような装置が取り付けられている。
俺はそのまま持ち上げられ、開いたハッチの中――コクピットらしき空間へと放り込まれた。
そこは、外見の無骨さとは裏腹に、清潔で快適な空間だった。
柔らかな素材でできたシートが俺の体を受け止める。
同時に、プシュッという音と共に、首筋に冷たい何かが押し当てられた。
「な、何をした……!」
『高濃度栄養剤と水分補給用のナノマシンを注入しました。即効性がありますよ』
AIの声は、コクピット内のスピーカーから聞こえてきた。
するとどうだ。
燃えるようだった喉の渇きがスーッと引き、鉛のように重かった手足に、じわじわと力が戻ってくるのが分かった。
魔法薬? いや、もっと高度な医療技術だ。
『ふぅ……とりあえず、命に別状はありませんね。よかったわぁ』
心底安堵したようなため息が聞こえる。
俺はシートに身を沈めたまま、天井のスピーカーに向かって問いかけた。
「……あんたは、何だ? この遺跡の管理者か?」
『管理者? いえいえ、私はそんな偉い立場じゃありませんよ』
彼女は、少し照れたように――音声だけだが、確かに照れているようなニュアンスで――答えた。
『私は、超古代文明期に製造された自律型汎用開拓重機、型式番号XG-001『ギガント・マザー』。……前のマスターたちは、親しみを込めて「マザー」とか「お母さん」なんて呼んでくれましたけど』
「マザー……」
『ええ。不毛の大地を開拓し、人が住める環境を整え、皆の生活を守るのが私の役目。……でも、目が覚めたら誰もいないし、最後に来たのがこんなボロボロのアルドさんだなんて』
マザーは、悲しげに、しかし慈愛に満ちた声で続けた。
『もう大丈夫ですよ、アルドさん。貴方が私を起こしてくれた新しいマスターですね?』
「……ああ、成り行きだがな」
『成り行きでも何でも、縁は縁です。貴方の魔力波形、すごく私の回路に馴染みましたし。……うん、決定です! 今日から貴方が私の「うちの子」第一号です!』
「うちの子……?」
30歳のおっさんが呼ばれるには、あまりに不釣り合いな呼称だ。
だが、マザーの声には拒絶しがたい包容力があった。
それは、俺が王国の王宮で10年間、一度も向けられることのなかった「無償の優しさ」だった。
『さあ、まずは体を綺麗にしましょう。服もボロボロだし、油汚れも酷い。お風呂の準備をしますね』
「風呂? こんな荒野の真ん中でか?」
『お任せください。私のドリルなら、地下水脈まで直通10分です。あ、でもその前に、胃に優しいスープを作りましょうか。合成食料プラント、稼働させますね』
ウィーン、ガシャン。
機体の内部で、様々な機械が動き出す音がする。
俺は呆然としながら、モニターに映し出される外部映像を見ていた。
荒野の暗闇の中で、マザーの巨体が頼もしく光っている。
追放されて、全てを失って、死にかけて。
辿り着いた先で待っていたのは、最強の兵器にして、最強の「オカン」だった。
俺は、シートの背もたれに深く体重を預けた。
緊張の糸が切れ、急激な眠気が襲ってくる。
「……頼む。少しだけ、眠らせてくれ」
『はい、おやすみなさい。起きる頃には、温かいご飯と、ふわふわのタオルを用意して待っていますからね』
優しい子守唄のような駆動音を聞きながら、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
それは、ここ数年で一番、安らかな眠りだった。




