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翠の龍の花嫁<最終話>

「大丈夫ですか?クレア」

 レンの優しい声を聞いたクレアは思わず涙ぐんでしまった。彼にすがって泣き出したい気持ちだった。母親の異常を感じていたのに逃げ出してしまったことを後悔した。そして取り返しのつかない奇行に走らせてしまった。

「・・・母さんが・・変だったの・・・何だか怖くて・・・でもこんなことをするなんて・・・」

 レンは頷いて震えだしたクレアを抱きしめた。

「クレア、貴女のせいでも誰のせいでもありません。ただ我が子を愛しすぎただけ・・・」

 アガサはクレアが目の届かない所に行くのを嫌がった。何処かに行くとしても時間を決められてその時間通りに帰らないと癇癪を起こしていた。それがこんな事になるとはクレアは思いもしなかったのだ。

「先生!その気狂いの娘を庇うのですか!」

 抱き合っている二人が気に入らないコルダは声を張り上げた。集まって来ていた村人達も一斉に非難しだした。火付けの犯人がいない今、怒りの対象はクレアだった。

「何だ!お前達!いい加減にしろよ!」

 燃える炎のような髪をしたサードがそれこそ怒り狂った。


「そうです、黙りなさい!何の罪もないものを非難するのは許しません!」


 レンはクレアを背に庇って村人達に向き合った。いつも穏やかな笑みしか見た事のなかったコルダは息を呑んで真っ青になってしまった。レンの端整な顔はうっとりするものだが一旦、笑みが無くなれば恐ろしく冷たいものに変貌するのだ。それでも勇気あるものが小さな声で言った。

「も、もう森も家も何もかも無くなってしまうんだ。こいつらがこの村に来なかったら良かったんだ。責任をとれ」

 クレアが、びくっと震えた。それを感じたレンが彼女にだけ優しく微笑んだ。

「クレア、大丈夫ですよ」

「先生・・・」

 レンはクレアの瞳に浮ぶ涙を指で、そっと拭ってまた微笑んだ。たちまちクレアの顔が赤く染まり俯いてしまった。もうまともにレンの顔を見る事が出来ない。ドキドキと胸が高鳴って息が止まりそうだった。

「サード、用意は良いですか?」

「いいぜ!でも良いのか?やっちゃって?」

「構いません、クレアを悲しませたくありませんからね」

「それはそうだ!」

 サードは不敵に笑い頷いた。

「あ、あんた達!何をするつもりだ!」

 二人の不穏な言葉に村人達がざわめき始めた。

「彼女に責任をとれと言ったでしょう?私が代わりにその責任とやらを取ります」

「は?はははっ、どうやって取るんだ?あんた馬鹿か?医者風情に何が出来る!」

 嘲りを無視したレンはいきなり力を解放した。右袖はその力に霧散し現れた腕にはくっきりと翡翠色の龍紋が浮び上がった。龍紋の長さと色の鮮明さでその力を知ることが出来る。


「ち、地の龍!」

「はっ、騒ぐなよ!地の龍に何が出来るって?ちょっとばかり力が強くても火事なんてどうしようも無いさ!」

「お、おい!あれ!あの男は宝珠だ!」

 驚く村人が指差したサードも力を解放し左手に輝く珠紋を刻んでいた。放出された力は翡翠色と黄金色の光りとなって森全体を囲い込んだ。

「な、何やっているんだ?」

「良く見ろ!煙も炎も空に上ってない!あいつらの力で抑えているんだ!」

「そんな馬鹿な・・・」

 それは何もかも遮断する蓋を森全体にしたような感じだった。レンの鉄壁の防御を大きく広げたようなものだ。村を焼き尽くすかと思った炎は瞬く間に消えたが森は焼け野原になっていた。村人達が呆然と見る中にレンとサードは更に力を増していた。焼け焦げた大地から新しい芽が芽吹き出したのだ。クレアが見た林檎の木のように恐ろしい速さで木々が育ち、森を形成していく―――

 焦土と化した大地に生命が芽吹くこの光景をクレアは間違え無く見た覚えがあった。

自然と感動で涙が溢れて来た―――


(・・・私は見た事がある・・・この二人を・・・)


 顔まで思い出さなくてもクレアはそう感じた。

 力を収め振り向いたレンに村人達は我に返ったが驚き過ぎて誰も何も喋らなかった。そこへ助けを州城へ呼びに行っていた村長が次元回廊で駆けつけた水龍と共にやって来たのだ。

「火事は?いったいどうなったんだ?」

 訳が分からないと言う感じで言う村長は皆の視線がレンに注がれているのを見た。

「先生?」

「お、お父さん!せ、先生が火事を消して、も、森を元通りにしたの!」

 コルダが興奮しながら言った。

「そんな馬鹿なこと・・・そうですよね?お役人様。どうしましたか?お役人様?」

 村長と共に来ていた水の龍がレンの前で跪いて低頭していた。

その男にレンは少し溜息をつき声をかけた。

「君は?」

「はい!以前、青天城で碧の龍とご一緒のところを拝顔致しました」

「お役人様?何を?」


「お前こそ何を言っているんだ?このお方は四大龍の翠の龍ではないか!」


「な、なななっ!み、翠の、翠の龍様!」

 村長はもちろんだが村人達も腰を抜かして驚いた。

「あ~あ、バレてやんの。あんな力使ってもバレて無いから良かったと思ったのにな。なあ、レン?」

「そうですね」

 役人に平伏されては誤魔化せないだろうとは思ったレンだったが・・・

「あの・・・もしかしてご正体を隠されていたのですか?」

 そうだと言ってこの男が恐縮させるのも可哀想だと思ったレンは曖昧な笑みを浮かべたに留めた。

「せ、先生が・・・翠の龍・・・」

 クレアの悲痛な声にレンは、はっとした。

「クレア、君を騙していたのでは無くて!ああ、いつも私は肝心な時に言葉が出ない!クレア、私は――」

 レンはその時初めて彼女が、ぎゅっと胸に握りしめているものに気が付いた。


「翡翠の玉?」


 クレアはレンに迷う心の中を見られたのかと驚いて思わずその玉を落としてしまった。慌てて拾う前にそれをレンが拾い上げた。

「返して下さい!私の大事なものなのです!」

「覚えているのですか?」

「いいえ!でも大事なものに違いないのです!大好きだった人から贈られたものですから!」

「あら?クレアさん。結婚を約束した人がいるのに翠の龍様に色目を使っていたの?嫌らしいわね」

「うるさい!お前は引っ込んでいろ!」

 サードがクレアを罵るコルダを一喝した。

「サード、静かにしなさい。クレアと大切な話をしているのですよ」

 レンは用心深くクレアの様子を窺いながら記憶の欠片を見つけようとしていた。まだ例の頭痛が来る前に少しでもきっかけが欲しかった。レンは懐から大事に包まれたあるものを出した。その包み開くとそれは半分に欠けた翡翠の玉だった。驚くクレアの目の前でその二つの玉を合わせるとそれはピタリと一つになった。そしてその裏に書かれた文字をレンは読んだ。

「クレアへ愛を込めて・・・レン」

「え?・・・そんな・・・」

 欠けた玉を持っていてその贈り主がレン?そんな馬鹿なとクレアは思った。

「だって・・・母さんは相手の人は死んだって・・・そんな」


(頭痛の気配は無い・・・それなら・・・)


「クレア、探しましたよ。気が狂う程に―――貴女を見つけられなかったらきっと狂っていたでしょうね」

「あ・・・」

 クレアは思い出した。あの白い建物を訪れた時に確かにレンが隣に居た。そしてクレアに言ったのだ。


『私もああなると思いますよ。クレア、貴女を亡くしてしまったらきっとね』


 焦土とかした大地を蘇らせたのもレンとサードだった。そして・・・そして・・・

「レン様・・・」

「クレア?クレアなのですか?」

 頷いたクレアは泣きながらレンの胸の中に飛び込んだ。

「クレア」

 二人は強く、強く抱き合った。

「な、何よ!あれ!」

 コルダが意味分からず足踏みして言うとその理由を知る役人が答えた。

「翠の龍の婚礼の朝、花嫁が次元回廊の事故に巻き込まれて行方不明でした。中央では有名な事件です。方々手を尽くして探しておられましたが・・・見付かって本当に良かったです」

「クレアが翠の龍の婚約者・・・そんな・・・」

「そうさ!クレアを苛める奴はオレが許さないぜ!」

 サードが吼えた。炎のような髪と瞳を持つ翠の龍の宝珠の噂は誰でも知っている。彼に近付く女は容赦なく排除するらしいと・・・その暴れ馬を手懐けた女性こそレンが花嫁にと望んだ娘だと言う話。それがこの平凡なクレアだったのだ。

 その後、放心状態のアガサが見付かりそれを保護して治療されることとなった。あの悲しい白い建物の中で―――




「どうしましたか?クレア?」

「・・・アガサさん・・・どうしているのかと思って・・・」

「会ってあげたいのでしょうけれど駄目です。彼女の為になりません。これは自分自身で解決しなければ何の意味も無いのです。彼女の心の傷は深い・・・その傷を埋める代わりを与えても何の解決にもなりません。私には分かります。クレア、貴女の代わりは誰にも出来ないし失えばどうなるのか知っています」

「レン様・・・」

「そうだぜ、クレア!レンの奴、お前が死んだと思って暴走してよ。オレなんか挽き肉にされそうだったし、紅の龍と碧の龍の火水の陣が炸裂するし戦争でも始まったかと――(うっ、しまった・・・こえぇ~)うにゃうにゃ・・・」

 サードはレンにチラリと見られて冷や汗をかいた。

「と、ところでさ!クレアよく思い出したよな?今まで思い出そうとしたら頭痛くなっていたのにさ」

 それはクレアも不思議に思っていた。

「それはアガサの処方薬を飲まないようにしたからでしょう。私に言われてから飲んで無かったのでしょう?」

「はい。治療が重なると身体に悪いからとレン様が言われたので飲むふりだけしていました。治療は内緒でしたから・・・それが?」

「彼女の処方していたものは思考を鈍らせる類いのもので、それを飲ませた後、暗示のようなものをかけていたのでしょう。それが途絶えて思い出しやすくなったと言う感じでしょうか。人の精神とは複雑で繊細ですからね」

「なんだ!やっぱりオレの言う通りに、さっさとクレアを攫って来れば良かったんだ!」

「そんな単純なことじゃ無いと言っているでしょう?そうかもしれないと言っているだけです。今度も奇跡だと思っていいぐらいです」

「そう何度も何度も奇跡があったら奇跡なんて言わないぜ。ふん!」

 サードはふて腐れて言った。言い合う二人を見たクレアは、クスクス笑い出した。

「クレア~笑い事じゃないぜ」

「だって相変わらずだから面白くって!」

 こらっ、と殴るふりをしたサードから身を引いたクレアがまた笑った。そんな二人のじゃれ合いをレンは面白くなさそうに見ると間に割って入って来た。

「サード、もう用事は無いでしょう?向こうに行ったらどうですか?」

「はいはい。お邪魔しましたぁ~」

 サードが後ろ手を振りながら去って行った。

「全く・・・」

 その後ろ姿を見送ったレンがクレアに向い合うと彼女の手が伸びて来た。おずおずとレンの短くなった髪の先に触れた。

「・・・綺麗な髪だったのに・・・ごめんなさい」


(サードですね。彼女に余計な事を言ったのは!)


「切るのが面倒だったからそのままだっただけです。この方が軽くて楽ですしね」

「そうですか・・・レン様は長いのはお好みじゃなかったのですね・・・私はレン様の髪を三つ編みするのが楽しみだったから・・・」

 残念そうなクレアの声を聞いたレンは直ぐにサードが出て行った扉を開けた。

「サ――ドっ!サ――ド!戻って来なさい!」

 大声で名前を呼ばれたサードが、ぎょっとして慌てて戻って来た。


(オ、オレ何かした?)


 レンの右手で珠紋の出る左手を掴まれたサードは驚いて思わず手を引っ込めかけた。しかし龍力の解放でそれも叶わず活性の力を放出する事となった。その活性とは・・・もちろんレンの髪だ。短かった髪が見る間に背中を覆う長さになった。艶やかな黒髪は以前よりも少し長いかもしれない。

「さあ、クレア、もう元通りでしょう?編んでくれますか?」

「レン様ったら!はい、喜んで」

 いきなり呼び戻されて勝手に力使われて揚句の果てに目の前で、いちゃいちゃし始めた二人に呆れたサードだったが肩を竦めただけだった。

「まあ~いいか。万々歳だよな」

 やれやれとサードは部屋を後にしたのだった。


如何でしたでしょうか?この二人(三人)の話はとても好きです。もしかしてアーシア×ラシードよりもかもしれません。キャラ的にはアーシアとラシードが好みなのですが三人の相乗効果でしょうか??さくさく進みました。←これ重要です(笑)好きだと話が進み気乗りしないとダラダラ書いて進まないもので。いずれにしても気に入って頂ければ嬉しいです。

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