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  作者: 琥月銀箭
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 ■■■


 幸セナ日々。父ガ居テ、母ガ居テ、兄ガ居テ。

 何モカモガ、楽シカッタ。

 デモ、何時ノ日ダッタダロウ。全テハ壊サレタ、アイツニヨッテ。家ガ無クナリ、住ンデイタ街ガ無クナッタ。友達モ、何モカモ失イ。

 自分ガ壊サレテイク。人間トイウ器カラ剥離サレル。実験人体トイウ器ニ移シ変エラレタ。

 地獄ダ。様々ナ実験ヲサレタ。

 中身ノ無イ人形。自分ガ解ラナイ。皆厭ダ。厭、厭、厭。


 鉄の塊から抜け出す。扉を開けると目の前は森の中だった。鉄の塊は、森の中に異様な姿で建てられている。だから、ここが何処なのか私には一切わからなかった。

 雨が降り、土が抜かるんでいる。幾ら走っても、走っても、土に足が持っていかれる。このままでは、追手に早くも捕まってしまう。それは何としてでも嫌だった。私の為、逃亡する為に犠牲になってくれた人がいる。氷見という私と同じ年頃の女の子が。

 その子の為にも、私は逃げなければならない。

 襤褸襤褸な衣服が雨に打たれて肌にびっしりと貼り付いてくる。身体が冷えて、鈍っていく。夜中とあって、一寸先は闇だった。

 容赦なく追手が追って来ている。息切れしながらも、私は駆け抜けた。


 走っていく。追手の声がやがて耳に聞こえてなくなってきた。振り切ったのだろう。私は木陰に腰かけた。

 口から白い吐息が漏れる。肺は新しい空気を求めて、呼吸を忙しくくり返した。

 泣きたくなってくる。こうした不幸な状況。救いようのない自分。憐れで、馬鹿馬鹿しくて、このまま死んでしまってもいいかもしれない、と思った。

 瞼を閉じて、このまま眠ってしまおうと。ゆっくりと意識が途切れていく。どうせ、誰も助けてくれない。

 その時だった。途切れかけていた意識に問いかける声が。微風のように。

「君、大丈夫?」

 男の声だった。私は追手かと思い、咄嗟に後ろに飛び退いた。だが、追手ではなかった。追手とは関係のない普通の男だった。

 次の瞬間、私の意識は途切れていた。最後に温もりを感じながら。


 ◇◇◇


 コケコッコー、と俺の生きる目覚ましが外の庭で鳴き声をあげている。

 俺は布団を退かして上半身を起こす。ボサボサな髪を弄りながら、欠伸をした。背筋を伸ばした。

 辺りを見渡すと、何の変哲もない和式の部屋が目に入る。畳みの上に敷かれた敷布団。白い壁に、高そうな壺の置き物。掛け軸までかけられている。後は和卓やテレビがあるくらいだろう。

 今更こんな家に住んでいるのは、珍しいだろう。今となっては洋式の家が、街では一般的なこの頃、このような和式の家は、どこか浮いていた。街に建っているとしても、数軒だ。俺はそれが物凄く恥ずかしかった。この土地に、代々長きに渡って住んでいるにしても、世間と浮いている事は末裔として、この上なく恥ずかしい。学校でも、どこか噂立てされ、それが耳に入るだけで嫌になる。いずれはこの家など出ていくつもりだ。

 布団を片付け、襖を開ける。

 日本庭園に差し込んでくる朝の陽の光。池の水面に光が反射し、寝惚けた俺の目が醒覚していく。また欠伸をして、身体を覚ます。

「さぁ〜て、今日も学校に行くか」

 いつもの常套文句を口にしてから、俺は居間へと向かった。

 途中、数人の住み込みの女中とすれ違いに、挨拶をした。

 居間にやってくると、燻し銀のような父親が、囲炉裏を前にして新聞紙を広げていた。右手に俺の兄貴が座り、朝餉に手をつけている。

「おはよう、親父」

「ん」

 親父は俺を視線だけをこちらに向け、また新聞紙に視線を戻した。兄貴は一切こちらに見向きせず、一心に朝餉を食べている。

「おはよう、瀬介」

 家族の中で唯一まともに挨拶をしてくれる人物。それは母親だった。優しき顔が何とも微笑ましい。堅苦しい父親や兄貴とは正反対だ。

「おはよう、母さん」

 席に着くと、女中が朝餉を運んできた。

「どうぞ、お召し上がりくださいませ」と、一礼をすると下がった。俺は「いつもありがとう」と礼を言うと、女中は深深と一礼をした。

 朝餉はいつもと変わらぬ内容だ。純白の御飯にしめじの入った味噌汁、焼き鮭。遠川(とうかわ)家では定番中の定番だ。

 箸を手に取って、食べ始める。御飯の炊き加減、味噌汁や焼き鮭の火加減の全てが完璧だ。何処かの料亭のような朝餉に、俺は半ば飽きていた。だが、折角作ってもらったものだし、食べないわけにもいかない。

 他人に不快な思いを与えなくい。当たり前の事を、俺は胸に深く刻んでいた。

 朝餉を綺麗に平らげて、「御馳走様」と、手を添えて言葉を口にした。

 学校に行かないといけないので、俺はそそくさと居間を後にした。


 自室に戻り、学生服に着替える。押入れから取りだす紺色の学生服を身に纏う。何だか新鮮な気分になりつつ、バッグに教科書やノートを詰め込むと、駆け足で玄関へと向かった。

 玄関で靴を履いている時だ。母親がちょうど通りかかった。

「瀬介。今日は早めに帰るの?」

 最近、学友とよく夜遊びばかりしているので、母親は心配していた。地元の不良に絡まれているのではないかと。でも、そんな事はない。ただ、本当に学友と楽しい放課後を過ごしているだけで、母親の心配は杞憂なのだ。

「大丈夫だよ、母さん。遅れそうだったら電話するから」

「そうしてくれると、助かるんだけど」

 そわそわとする母親を背に、俺は玄関を飛び出した。

 玄関を出て、長い石畳の道を進み、門を潜ってやっと家の敷地の外に出た。

 外では既に学友が待っていた。不貞腐れた表情で、鞄を持つ学友の厳水地。俺が門から出てくるなり、「よぉ、遠川。遅いぞ」ときつい口調で咎めた。

「スマン」

 詫びの礼をすると、水池は溜息をつきながら「その言葉は聞き飽きた」と、踵を返して歩き出してしまった。

「あっ、ちょっと待ってくれよ!」

 面をあげて、俺はすぐさま水池を追った。

 肩を並べて共に通学路を歩いた。

「飽きたって何だよ。随分な言い方じゃないか、厳」

「言った通りだ。お前はなんでもかんでも、きっちりし過ぎなんだよ。もっと気楽にいこうぜ」

「そうかな」

 俺は首を捻った。

 俺は水池を待たせてしまった。その事をただ詫びただけである。それ程きっちりとしているだろうか。普通だと思うがが、どうやら水池とはどこか違うらしい。

「それより、お前。昨日は大丈夫だったか? お、俺さ、ついお前を連れ回しちゃって、親とか心配しなかったか?」

 厳は視線だけをこちらに向けて訊ねた。

 昨晩、俺と厳は日付が変わる頃まで、遊び耽ってしまった。実は言うと、厳はテレビゲームという者にとことん縁のない人間で、自宅に電気機器がないのだ。当然、テレビゲームも一切ない。だから、とある友人の家で遊び呆けてしまった。

 厳は、ついゲームに夢中になってしまい、時間を忘れて遊んでしまった。俺も、一緒に遊んでしまい、家に帰ったのはほぼ深夜二時過ぎだった。

 厳は責任を感じていた。俺の親父は厳格だと、地元でも有名であり、夜更けまで遊んでいるとなると、雷鳴が轟くかの如く、近所中に罵声が飛び交った、と一時期有名にもなった。俺が親父にこっ酷く怒られたのではないかと、胸の内でソワソワしているのだろう。

「大丈夫。こないだは、ちょっと女中に手助けしてもらって、俺があたまかも帰ってるかのように見せ掛けておいてもらったから」

 ちょっとばかし嘘をついてしまったが、仕方ない事だった。

 厳の視線が前に戻った。「そうか、ならいいんだけどさ」と安堵の一言を漏らした。

「厳こそ、大丈夫かよ? 夜更けまで遊んでたって、親にバレたら」

 俺よりも、厳家の心配をしていた。だが、こちらも、俺の杞憂で終わった。

「な〜に。俺の親なんて、息子が何しようが無関心さ。親父は『そうだ! とことん遊んでこい!』と言うし、母親は『自分の身なんだから、私は知らない』と言う始末だ。それに普段から、家に帰らない事だってある。別段、深夜に帰宅しようが、うちの家族は無関心だ。唯一、心配してくれるのは、住み込みの女中くらい。全く、呆れて物も言えないぜ」

 俺は思わず小笑いし、厳が「何だよ」と、こちらにきつい視線を送った。

「いや。スマンよ。予想通りだったから、つい面白くなっちゃってね」

 厳は溜息をついた。俺に視線だけを送りながら、「全くお前って奴は自由だな」と、一言漏らすのだった。

「しかし、こないだのゲームは面白かったよな」

「あぁ。ゲームって物に触れた事なかったから新鮮だったぜ。ゲームに限らず、最近の電気機器は凄いな。色々とあれこれ出来ちまう。俺の家に、一つくらい欲しいもんだぜ」

 厳家に電気機器がない事は、街ではちょっとした有名な話だ。

 自宅は神社で、家は俺の家と同じく古くからある和式の家屋だ。どういう経緯か知らないけど、水池の母親の萌葱さんは、酷く機械嫌いらしく、見るだけでも嫌悪感を現すんだとか。おかげで、自宅に機械は一切なく、暮らしが全部昔。まるで江戸時代の暮らしが、現代にタイムスリップしたかのようだと、厳は言っていた事があった。

「うちの母親ときたら、水神を祀る一家の名前を保つ為に、機械を使いたくないのか、それとも機械に恨みでもあるのか、ただ単に使いたくないだけなのか。全くわかったもんじゃねー。おかげで、女中が悲鳴あげてるっていうのに、お構いなしだからな。親父も何にも役に立たないし」

 何だか聞いているだけでも、大変そうな一家だ。俺の家には、最低限テレビや洗濯機と冷蔵庫という三種の神器くらいは揃っている。それなのに、それさえもない厳家というのは、果たしてどうなのだろうか。

「んー……。うちにある電気家具をわけてあげたいくらいだ……」

「やめとけ、やめとけ。境内に入れるだけでも、家電壊しに行くぞ。使えようが使えないようが、徹底的に破壊するのが俺の母親だ」

「家電粉砕人間か?」

「そうなんじゃないか」

 厳は微笑みかけた。どこかツボにでも入ったのだろうか。これといって強く咎める様子も見せなかった。

「止めとく。こっちも、家電はあまり持ってないんだ。壊されたら困る」

「懸命な判断だな。来られたところで、困るし」

 元々持っていく気は微塵もないけど。

 通学路を、俺と厳はだいぶ進んできた。辺りに学生の姿も多くなってきた。学校が見えてきた。

 二人で校門を潜り、校舎の中へと姿を消した。


 太陽は高く空に昇っている。雲が自由に漂っている。届きそうにないその雲に、俺は無意識に手を伸ばして欲していた。まるで綿飴のような柔らかそうな雲を、この口一杯に頬張ってみたかった。

「ま、そんな事出来ないけどさ」

 幼稚な愚考に、俺は微苦笑する。

 昼休み、俺は暇潰しに校舎の屋上にやってきていた。昼飯は既に腹の中に収まってしまっている。この天気の良い日に、こうして屋上にやって来て、昼寝するのは俺のちょっとした日課でもあった。

 身体を起こして、眼下に広がるグランドの様子を窺う。

 午前中、授業という名の下に拘束されていた学生達が、今では自由気ままにサッカーや野球に遊び呆けていた。男女混同の、混戦試合が窺える。独りだけの観客をもろともせず、試合は続いていた。

 俺はまた寝そべって、空を仰いだ。

 吸い込まれそうな青色の空を目に焼き付けながら、俺はそっと瞼を閉じていく。

「おっ、ここにいた」

 その時だった。屋上の扉が開き、そこから訊き慣れた学友の声が耳に入ってきた。俺は片目の瞼を開け、学友を視認する。

 厳だ。俺は寝そべりながら、手をあげて挨拶する。厳も、「よぉ」と一声出して、俺のすぐそこに座った。俺は寝そべっていた身体を起こした。さっきから起きたり寝たり。ちょっとばかし、今日の昼寝は面倒な物になってしまった。お陰で眠気は微風と共にどこかに過ぎ去って行ってしまった。

「どうしたんだよ。厳が珍しく屋上(こっち)にやってくるなんてさ」

 いつもだったら、サッカーや野球に明け暮れているのが常だ。屋上に顔を出す事は、滅多にない。厳は結構活発屋だ。あまりその場に止まる事はせず、常に動き続けている。厳はそういった人種だ。その場に怠慢(ぐーたら)と過ごす、俺とは正反対だ。

「今日はそんな気分じゃねーんだ。ちょっと、お前に折り入って頼みたい事があってよ」

 俺はキョトンと、豆鉄砲を食らった鳩のような顔つきになった。厳が俺に頼み事など、これまた珍しい事だ。

 俺は何を頼まれるかと、ちょっとばかし胸が躍った。まるで少年のように。

「俺をさ、ゲーセン? ゲーサン? 兎に角よ、そのテレビゲームの集会場みたいな処に連れてって欲しいんだよ」

 厳は俺に向かって、顔に両手をついて言った。俺はまた豆鉄砲を食らった。そして、次の瞬間、何故か笑みが零れた。

「アハハハ。何かと思ったら、ゲーセンに行きたいのか、厳は」

 笑われたのが恥ずかしいのか、怒ったのか。厳は頬を赤くしながら、俺を睨み付け、そしてそっぽを向いた。

 共に高校男児である。今更ゲーセンに連れてってくれ、と言われたところで、笑えない話ではない。

「わ、悪かったな。お、俺はな!」

「あぁ、わかってるよ。家に家電無いから、テレビゲームの娯楽を知らないんだろ」

 今では、多種多様のゲームがこの世には溢れている。厳は、それに一切触れた事がない。厳にとって、それは未体験且つ夢のような娯楽道具なのだ。

「だったら、一人で行けばいいじゃないか」

 俺はあまりにも可笑しいので、笑い声混じりの返事を出した。すると、厳は「あ、あのな。そんな得体の知れない遊郭に、一人で行く気はねぇ」と、怒気混じり腕組混じりで、威勢のいい上っ張りを張った。

「初なんだから、厳は」

「う、うるせぇ!」

 軽く頭を拳で小突かれ、俺は「スマンスマン」と、謝りつつ、やはりどこか笑い声が混じってしまっていた。それに、厳は咎める事はなかった。

「ゲーセンね。

 厳は、何か興味……って言っても、何もかも初めてじゃ、わからないか」

「逆に問いたいが、ゲーセンには何があるんだ」

 そうだな、と俺は思いながら、頬に手を添えた。そして、ゲーセンにある物を軽く連想してみる。

 まず、王道としては格闘やアクションゲームだろう。後はガンシューティングに麻雀、最近じゃ音楽系列のゲームも、多数出てきている。ドラムなりギターなり、決められた音譜を演奏しきるというものまで。ただ、まずやってもらいたいのは、格闘ゲームだろうか。キャラをいかに動かし、いかにコマンドを入れ、いかにコンボで攻めていき、相手を屈する。これ程熱の上がるゲームは他とない。なかなか、面白いジャンルのゲームだ。

 俺が幾つか例を挙げてみると、やはり格闘ゲームに興味を惹かれたようだった。元々、何かと戦っている厳にとって、格闘関係は興味が惹かれるのだろう。

「やっぱりそうきたか」

「な、なんだよ」

 ほぼ予想通り。

「いや、何でもない。ただ、戦好きって事はよーくわかったよ」

「ふん。お前に言われたくないね」

 そう言って罵りあっておきながら、結局俺と厳は面を合わせて笑っていた。

「しかし、お前には何のゲームを薦めようかな……」

 格闘ゲームといっても、結構ある。そこから何を選びだすか。ちょっとばかし頭を悩ませた。

 ただの殴り合い蹴り合いの格闘系か、ちょっと能力混じりの格闘系か。大きく分類すると、こうなるだろう。

「無論、能力混じりの方が、面白そうだ」

 前言撤回。悩む必要もなかった。厳の思考を考えれば、すぐに答えは出るものだった。

「初回プレイくらい、奢ってやるよ。そして、俺が乱入して」

「おぉ、いいぜ。頼まれた試合だ。負ける気はしねぇ」

 初めてのプレイだというのに、厳の奥底では闘魂が燃えているような気がした。ただ、所詮初心者。数年通いつめている俺に、勝てるわけがない。放課後が楽しみだ。


 六時限の授業を、俺と厳は全て踏破した。残るのは放課後のみ。

 放課後という解放が訪れると同時に、俺と厳は学校を後にしていた。

 ゲーセンに行くのは、俺と厳だけではない。何人かの学友を引き連れての、厳の歓迎大会を催す事となった。駅前近くのゲームセンターに寄り、早速一人がプレイを始めた。厳はそれを傍から見て、ルールなどを学んでいく。俺がちょこちょこと解説を加えるだけで、厳はどうやら出来るという。

「大丈夫か? まだ数分と経ってないぞ」

 俺は心配しつつ、約束通り一回分のプレイ代を奢った。厳はその金で、何と無謀な事に乱入したのだ。

 椅子に座り、ディスプレイを凝視。操作レバーとボタンを、既に握り、押していた。

 相手違うキャラを選んだ。

「おいおい、厳。いいのか? もう少しいろいろと見た方が」

 見切り発車もし過ぎだ。それだというのに、厳は俺の心配を余所に、「なぁに。相手のパターンは既に見切ってる。あとはこのキャラのパターンを、やりながら覚えていけば、負ける相手じゃない」と、豪語する。その自信がどこから湧いて出てきたのか、俺は心底疑った。

 因みに、選んだゲームは、某伝奇小説を元に作られた格闘ゲームだ。多種多様のキャラ数に、地元では人気のあるゲームだ。且つ、馴染み易いという点で選んだのだが、果たして大丈夫だろうか。

「んー、西洋侍女といのか……、このキャラの種族(ジャンル)は」

「メイドだろ」

「コマンド入れると、花瓶や本投げるだの、椅子置くだの、家にある掃除道具ばっかりで戦うキャラだな……」

 とか言いながら、既に相手のHPを半分にまで削る恐ろしさ。一方厳はまだ三分の一程度のダメージで済んでいる。

「弁当爆発ってどういう事だよ……」

「梅サンドだな」

「ところどころ台詞がおかしい」

「それは作者による原作の誤植が元ネタだ。別に、ゲーム自体がおかしいわけじゃないぞ」

「変わったキャラだな」

 そう言い終えて、相手を結局のところ倒してしまった。殆ど圧勝だった。一ラウンド目はそこそこの戦いであったが、以降はほぼ完封に近い。

「遠川……、厳は化け物か……」

 泣きながら、俺の下に寄ってくる対戦相手。そこそこの腕前だというのに、初心者にここまで完封されると、プライドが折られたのだろうか。終始肩を落としていた。

「い、意外とやるな、厳」

「そうか? 普通にやっただけだけど」

「ま、マジで?」

 俺は恐る恐る向かいの本体に座って、五十円硬貨を入れた。乱入し、キャラを選んで、早速バトルに移る。

 まずはお手並み拝見と言わんばかりに、手頃なキャラを選んで挑んでみた。一ラウンド目は、お互いに様子見で厳が一勝。次に俺が続けざまに二勝して、あと一勝すれば俺の勝ちである。ならば、後は倒しに行くだけだ。

 四ランド目は始まると同時に、厳は果敢に攻めてきた。そして、俺に反撃の好機さえ与えない。完封である。そのまま、逆転してしまい、勝利は持っていかれてしまった。

 厳。お前、強過ぎる……。本当に初めてなのか?

 誰もが、「こいつ、出来る」とどこか感覚で感じ取っていた。その後、大会そっちのけで、乱入をしてみたが、ところん敗退。俺達以外の者がやってみても、厳を敗退に持っていく者はいなかった。


 時間もそこそこに、俺達は切り上げた。

 流石に、長居してしまい、厳は心底疲れた様子だったが、満足している面がどちらかというと勝っていた。

「いやー、楽しかった。ゲーセンがあんなにも楽しい処だったなんて知らなかったぜ。全く、お前のお陰だよ」

「そ、それはどうも」

 俺の肩を叩きながら、厳は豪快に笑っていた。本当に楽しかったのだろう。こんなにも、厳が笑った事は今まで少ない。

「また行こうな」

「おう。そんときは負けねえからな、覚悟しておけ厳」

「ふん、望むところだ」

 いい好敵手が出来てしまった事に、俺の胸が馳せた。

 やがて、俺達の帰路は別々となる。住宅街のど真ん中で、俺と厳は、それぞれの家路に向かって歩くのだった。

「またな、厳」

「お前こそ、またな。


 ◆◆◆


 家に着くなり、女中に迎えられた。

「お帰りなさいませ」

 床に(おでこ)がついてしまう程に、面を下げる女中。俺は微苦笑しながら「別にそんな事しなくてもいいよ」と、言って横を通り過ぎた。

 板張りの廊下を通っていき、自室に帰ってきた。

 自室は綺麗さっぱりに片付けられていた。俺が学校に行っている間に、女中が整理整頓しに来たのだろう。全く、別にそんな事しなくてもいいのだけれど。

 座椅子に座って、テレビに電源を投じる。時間帯的に夕方であった為に、ニュースが中心的に流されていた。

 これといって、面白そうな話題はあがっていない。日々起こる犯罪が、いつもどんな時も、ニュース番組を騒がせる。途絶える事のないその話題に、俺は飽き飽きして、電源を落とした。

 溜息一つついて、座椅子に凭れた時だ。襖から、何か小さいものが叩く音がした。テレビの音で掻き消されていたから、ずっと気付かずにいた。

 俺は席を立って、襖を開けると、一匹の三毛猫が部屋に入ってきた。ちょこんと、いつもの定位置に座った。座椅子のすぐ横に身体を丸ませているのが、うちで飼っている毬の特等場所(せき)だ。

「何しに来たんだよ。いつもは、母さんの処にいる癖に」

 襖を閉めながら、猫の毬に話しかけた。毬の片耳がピクリと反応する。丸まる姿は相変わらず、目を瞑ったままだ。俺に興味ないのだろう。

無視(シカト)ですか。まあ、いいけどさ」

 俺は、和卓の上にあった女中が用意してくれた和菓子を手に取ると、頬張り始めた。

 硬い煎餅を口に放り込む。バリボリ、と部屋中に響く煎餅を咀嚼する音。毬の耳がピクピクと(せわ)しく動いている。俺はその様子を横目で見ながら、二枚目の煎餅に手をつけた。

「五月蠅いにゃ」

 咀嚼音で満たされた部屋に、突然罵声が響いた。咀嚼が止まる。視線は確りと毬を捉えていた。

「何だ起きてるなら、狸寝入りしなくたって」

 ムクっと、毬は起き上ると背伸びをして、和卓の上にひょいっと乗った。そして、和菓子に目をやる。だが、気に召した和菓子がなかったのだろう。こちらに視線を向けると、その場に座った。

「母さんはどうしたんだ?」

 俺は再び煎餅を頬張った。

「親父さんと話し中にゃ。何だか深刻な事話しちょったけどにゃ」

 毛繕いしながら、毬は話した。

「ふーん。二人がね。じゃあ、何かあったのか、な?」

 親父と母親が話しあう事など、滅多にない。親父は根っからの亭主関白であり、家族の誰にも厳しかった。母親はそんな亭主に淑女として接していた。二人が面を合わせる事は、年に数回だ。会話だって、殆ど皆無に近い。

 会話をする、という事は、一家にとって重要な事が起こった時、と常日頃から決まっている。

「どうせ、向こう(うら)の世界の出来事が絡んでるんにゃろ。そのうち、おまいさんにも、話しが吹っかけかれてくる」

 俺は頭を掻きながら、「全く、人任せなんだからな……」と、苦笑した。それを毬は横目で見ながら「嬉しい癖に」と、小突くように言うのだった。


 部屋で煎餅を何枚目食べた後だろうか。母親が真剣な面持ちを引き下げて、俺の部屋を訪れた。内心、「やっぱりか」と思いながら、母親を出迎えた。

 和卓を挟み、母親が俺の前に座った。俺と毬が、母親を凝視する。母親は俯きながら、たどたどしい口調で話し始めた。

「瀬介には、あまり頼みたくない事なんだけど」

 一間あける。一挙に言えないのは、母親のいつもの癖だ。いつも、俺の身を案じているから、つい心配性が表に出てきてしまう。このまま、告げていいのだろうか、と思い留まっているのがわかった。「何だい、母さん」と、俺は言葉を促す。母親は面持ちをあげ、「そ、そのね……」と少しばかし言葉を紡いだ。

「調べてもらいたい事があるのよ……。そ、その、貴方の学友の厳さんと一緒に」

 俺は小首を傾げた。毬は欠伸をして、母親の頼み事を訊いている。

「厳と?」

「そ、そう……。黒線……、の事なんだけど」

 黒線、という単語を訊いた瞬間に、俺の眉間に皺が寄った。毬の欠伸も、咄嗟にどこかに消え失せた。

 黒線。日本国内で、今でも密かに行われている人身売買をしている団体の総称だ。黒線には、容赦なく子供が、身体を金の為に売られている。売られた子供達は買手達によって、様々な実技実験の生贄として、この世から命を散らす存在となっている。

 母親は、「黒線とある研究所が密接に関係している。だから、調べてほしい……」と、言った。

「母さん、瀬介にはそんな危ない事させたくないんだけど……、でも、貴方にしか頼めないの……」

 俺は「仕方ないなぁ」と、重い腰を上げた。

「いいよ、母さん。その頼み、引き受けてもいいよ」

「ご、ごめんなさい。母さんが不甲斐無いばかりに……」

 母親は、この一家において、位は低い。父親を筆頭に、兄貴、俺と続いて、最下位なのだ。これは、遠川家が代々の慣わしであり、故に、母親は父親と兄貴とは滅多に話す事はない。いや、話せないのだ。気軽に話せるのは、俺くらい。つまるところ、頼み事は全部俺に回ってくる算段だ。

「いいんだよ、母さん。別に母さんが悪いわけじゃないんだからさ」

 全く、昔の慣わしをずるずると今現代でも引き摺っている。だから、俺は嫌いなんだ。今どき、こんな位制度布いてるのは、この家くらいだろう。

「厳と組めばいいんでしょ。向こうには話し行ってるの?」

「厳家からの依頼要請だから、知っているわよ」

「そう。わかった。んじゃ、後はやっておくから。あっ、そう。何か手掛かりとかさ、ある?」

「えっ、あ、御免なさい……。それは一つもないの。厳家に舞い込んだ依頼の『ついで』って形だから、本当に黒線があるかどうかなんてわからないの」

「じゃ、じゃあ仕方ないね。んー、まあ頑張ってみるよ」

 そう言って、母親に背を向けた。母親は涙を啜りながら、ただ「御免なさい……」と繰り返すのだった。


 自宅を出る。外は漆黒の天蓋が夜空を演出している。月夜の光が、足許をよく照らしている。静寂な夜中。微風は少しばかし今日は冷たい感じがする。

「毬。いるか?」

 背後に声を投げかける。返事さえしないが、気配はハッキリと感じ取っていた。動物の気配ではなく、妖気という気配を。

「久々の暴れ事だな、毬」

 毬は答えなかった。俺の後ろにちょこんと座っていて、何の動作も起こさない。まるで置き物のような三毛猫。夜にだけ、尻尾は二股となる。

「さて、行くか」

 俺はゆっくりと歩き出した。毬も、少しずつ俺と絶妙な距離を置きながら、歩き始めるのだった。


 ■■■


 鬼血を引き下げた少年と、妖気を漂わせる猫が、夜の繁華街を闊歩していた。

 少年の持つ特殊な血、鬼血は異能者の中でも極僅かな者が持つ特異な血である。異能者としての力に加え、先祖返りという身体の可能性を極限に高める事が出来る。

 遠川家は、鬼の血をひいた一家である。

 少年が妖怪猫と話せるのは、鬼血がなせる技であった。

 少年と猫は、既に終電を終えた駅で、厳家の者と合流した。辺りには人気もなく、車さえも通っていない。虚しく信号機が灯っているが、誰もそれを頼りにする事はない。

「よぉ」

 二人が共々挨拶をした。


 ◆◆◆


 厳とは、学友の他にもちょっと変わった情で繋がっていた。

 異能者同士というちょっとした仲間感覚。元々、異能者とは世間では己の真の姿を隠して生きる者。異能者は非日常的な存在として、今まで扱われてきた。言わば、宇宙人のようなものだろう。本当にいるのかいないのかわからない。そうした曖昧な存在で、異能者は今まで成り立ってきた。今更、その常識を覆す事は出来ない。いや、もはや禁忌として扱われてきた。今ある常識を崩してはいけない。それが、俺や厳との間の約束事だった。

「んで、お前は黒線調べろと?」

 厳は、目立たない服装で身を固めている。そして、肩から水の入ったペットボトルを提げているのは、何だかおかしな図ではあるが、厳にとってはこれが常なのだ。

「厳は?」

「忌み山行けって言われたよ。最近、物騒何だと。警察から直々に言われたよ」

 忌み山は市内の北地方にある山の、この市独特の呼び名だ。過去に、ある儀式が行われた、という事で、以来この街に住む者は、あまりこの山に寄るはない。

「しかし、今でも黒線ってあるんだな。とうの昔に滅んだかと思ってたぜ」

 厳が言葉を吐き捨てる。俺も「全くだ」と、嫌悪混じりで吐き捨てた。

「んじゃ、また後でな」

 厳は踵を返すと、山の方へと歩き始めた。


 厳を見送ってから、俺は感覚を研ぎ澄ませた。

 深夜の街並みは静寂だから、感覚を研ぎ澄ませるだけで、何かと異変を感じ易い。研ぎ澄ませていけば、虫の(はね)の音さえも感じる事が出来る。微音の類いはお茶の子さいさいだ。

「毬は何かわかるか?」

 毬は基本妖気だから、俺とはまた違った物を感じ取る事が出来る。

「いや。これといって、ないにゃ。それより、お前の鬼血の気配が強いにゃ。全く、迷惑極まりない」

 毬は耳と鼻をピクピクさせながら、ちょこんと俺の足許に座る。辺りをキョロキョロと見ているが、おかしな処は見当たらないらしい。となると、黒線の実態を掴むまで少しばかし探すのは時間を要するかもしれない。

「こりゃ、一日そこらじゃ難しそうだな」

 頭を掻きながら、苦笑する。いきなり前途多難かもしれない。先が思いやられる……。

「兎に角、このまま突っ立ってるつもりかにゃ?」

 毬がこちらを見定めるように、確りとした視線を送って来る。「な、なわけないだろ」と、言葉に詰まりながら、答えると、歩き始めた。と言っても、何処に行こうかなんて決まってはいない。

「おまいさん、過去の黒線については、何か知っておるかにゃ?」

 人気のない歩道を歩いている時、毬は俺の背中めがけて質問を投げかけた。俺は足を止め、「人身売買が裏で行われているって事くらい」と答えた。

「そうか。なら、買手がどうとか、売り手がとうとか、知らないわけだにゃ」

「ま、まあ」

「ふむ、なら、事前知識として教えておこう。

 黒線の全容は人身売買で成り立ってる。売り手は大概が、裏世界の者、魔術士や異能一家異端一家の者だ。ただ単なる金欲しさか、時には余計な者だからという名目で売られる事が数々。買手もまた前者と同じ」

 「ふーん」と感心の声をあげながら、白いガードレールに腰かけた。

「買手は確かだいたい実験の名目で買ってるんだよね」

「その通りだにゃ。実験というと、魔術士が大概。魔術の研究の上で、人体が関わるとなると、無闇に人様を使う事は出来ない。だから、黒線からそれ用にわざわざ買って、実験する」

「実験って言ってもよ、何するんだよ」

 人様を使う程の実験など、ちょっとばかし興味が惹いてしまった。毬は「訊かないでおいた方が身の為にゃ」と制止する。

「まあ、相手言うなら、生贄、とだけでも言っておこう」

「生贄ねぇ……」

 奉仕品ならぬ奉祀人体ってとこか。血腥い話である。

「しかしよぉ、魔術協会が黙ってないんじゃないか。人買って魔術の実験なんてするなんて、人道に背いてないか?」

 世界の魔術士を統括する協会の事を、魔術協会と呼んでいる。ありとあらゆる魔術の総結集している場所、と俺は認知している。多分、違うのだろうけど。

「なぁに。人買って実験しようが、魔術という存在自体が一般に明るみに出てこなければ、幾ら人を実験で殺めても、無感じゃよ、協会の奴らは」

 どうやら、魔術研究において避けられぬ道、という事で扱われ、別に殺人という事を咎める事はないらしい。

「納得いかんな……」

 俄然、黒線を突き止めたくなってきた。誰かが無作為に買われ、売られる、その人身売買という仕組みが、俺は異様な程嫌悪感を抱いていた。売買された子供達が可哀想だ。折角の命を、そんな事で踏み弄る事が。

「おまいさんらしいな」

「ん? 何だよ、毬」

「顔に出てるにゃ。そういった悪組織を懲らしめたい気持ちが」

 どんな顔になっていたのだろうか。自分自身だから、わからない。

「愚直」

「褒め言葉だね」

 ガードレールから腰を下ろすと、また歩き始めた。


 時刻は既に深夜二時を回ろうとしている。そろそろ、帰らないといけない時間帯だ。ふと、空を見上げる。月夜の光が弱くなっている事に気付いたのだ。要因は、月に雲が陰っていたからだった。毬がポツリと「ひと雨くるにゃ」と言った。

「えっ、マジで!?」

 傘なんて持ってきていない。急いで帰らないと。毬天気予報士曰く、「もうすぐで土砂降りな雨がやってくるにゃ」と。

 畜生、自宅まで結構な距離がある。走ってもざっと三十分くらいはかかる。

「おまいさん、ここは雨宿りしていこう。ちょうど近くに、忌み山がある。木々ばかりだし、ちょうどいい」

 俺は「そうだな」と小さく頷くと、住宅街から忌み山へと入っていった。そして、近場にある木々に腰かけた。そして少し経った後、突然土砂降りになって、辺りは雨音で一杯になってしまった。静寂だった夜が、一瞬にして騒々しくなった。

 グシャ。

 音がする。雨音ではない何か。

 グシャ。

 またした。明らかに雨音ではなく、踏みつけたような音だ。木の根に腰かけていた俺は、辺りを見渡した。

 木々が生い茂っている中で、一人分の人影が視界に入った。木々の間を駆け抜け、消えてしまった。

 忌み山に人影? 厳だろうか。いや、あいつならもう帰ってるだろ。

「なぁ、あれ厳かな」

 俺は毬に訊いた。毬はハッキリと「違う。人……、女だにゃ」と答えた。

 人影からして、傘は持っていないだろう。おまけに、こんな夜中に忌み山で駆けているなど、おかしな話だ。誰も寄らぬこの山で、時間帯で、雨の中で、走っている。

 俺は気になって、その影を追い始めた。

 木陰を抜けると、酷い雨が身体を襲ってくる。でも、俺はお構いなしに影を追った。

い やがて、影の後ろを捉える。

 みすぼらしい格好の、年頃同じくらいの女子が走っていた。木陰に隠れた。

 俺は顔についた雨を拭いながら、その木陰に寄っていった。

 木陰を覗き込むと、そこには身体中泥塗れの女子が、腰かけていた。息を荒げ、今にも眠ってしまいそうな程弱っている。

「君、大丈夫?」

 俺は声をかけた。その刹那、女子は意識を突然ハッキリさせて、後ろに飛び退いた。そして、俺を怒気と恐怖の混じった視線で凝視する。だが、次の瞬間、前のめりに倒れ込んだ。

 俺は咄嗟に手を差し出し、その子を受け止める。身体は酷く冷え切っていた。襤褸襤褸の服は、ただ被っているだけ。着ているという感じではなかった。

 脆弱な身体。だんだんと弱っていく息。瞼は閉じてしまい、意識を失っている。俺が幾ら声をかけても、一切反応を見せなかった。

「おい! おい!」

 身体を揺さぶる。微動だにしない。

 駄目だ、完全に弱っている。

「毬。ちょっと身体貸せ」

「仕方ないにゃ……」

 毬は突然青き妖火に包まれ、そして真の姿を中から現した。猫の時の姿からは想像できない凛々しい姿。白き毛並みに、凛とした双眸、三つに別れた尻尾、鋭利な牙を持っている。これが毬の本当の、妖怪猫としての姿なのだ。

「乗せろ」

 猫の時とは声の威勢が違う。低く轟くような声。猫の時とは正反対である。

 毬の背中に乗ると、早速走り始めた。森の中を、住宅街を、駆け抜けていく。その最中、息はどんどんと弱っていくのがわかった。

「毬、スマン。急いでくれ!」

「わかってるよ。全くお前はお節介なんだから」

 見ず知らずの者にここまで熱心になるなんて、とんだ馬鹿者だ、と毬は思った。

 白き閃光は、遠川家へとまっしぐらに進んでいくのだった。何の音も立てず、何の気配さえも感じさせず。誰も、毬の姿をそう簡単に視認は出来ない。ものの数分で、俺達は自宅前についていた。その後、毬は終始眠ってしまった。猫から真の姿になるのは、結構な疲労を伴うのだ。普段はなってくれないものの、こういう時だけ真の姿になってくれる。

 俺にとってはいい相棒である。

 俺は女子を部屋に担ぎ込むと、すぐさま身体を温めてやるのだった。結局、その子が今宵目覚める事はなかった。ただ、身体は持ち直し、今となってはぐっすりと静かに眠っている。そうして看視しているうちに、外には昨晩の雨を忘れさせてくれる程の、爽やかな朝の天気が訪れていた。

すげー、馬鹿馬鹿しいテーマに基づいて書いてます。でも、だからこそ書いてみたかった。そんな思いで書いている作品です。ある意味、自分に対する戒めみたいなものかもしれない(笑。後は、タイトルの“倖”という意味に一発で惚れたので、という点でもあるかもしれない。兎に角、馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、楽しんでもらえたら幸いです。基本的に書くのは遅い――というより、毎回書く量は多いので――ので、投稿は遅めです。でも、完結出来るように頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします。

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